17.謎のおっさん、ペットを飼う(2)
城塞都市ダナンを出てすぐの所にある、草原フィールドの一角。
そこには初心者プレイヤー達と、彼らが練習相手として狩るべき弱いモンスター達の姿があった。おっさんとカズヤが草原を歩くと、初々しさの残る初心者たちの視線が二人に集まった。
「おい見ろよ、あの二人組……」
「え、誰?」
「バッカお前知らねーのかよ。あの二人、トッププレイヤーの中でも一、二を争う凄腕らしいぜ……」
「目つき怖ぇ~」
「あの装備、幾らするんだろうな……」
「うわ、本当にドラゴン連れてる……ペットのモンスターも強そうだな……」
二人へと遠慮がちに視線を向けつつ、ひそひそと話す初心者たちを横目に、おっさん達はこのフィールドに棲息するモンスターを捕獲しようと近付いていった。
「アイツにするか」
「いいんじゃないか」
おっさんが目をつけたのは、白い狼型のモンスター【ホワイトウルフ】だ。このあたりには何匹もの狼が徘徊しているが、その中でも他の個体より一回り大きく、強そうな狼であった。
「まずは警戒心、敵対心を抱かせないようにそっと近付き、優しく接する事だ。そうした後に捕獲アビリティを使うといい」
「おう。やってみるぜ」
カズヤのアドバイスを背中に受けて、おっさんは狼に近付いていった。
言われた通りに、おっさんは狼にそっと近付く。そして、狼を警戒させないように優しい笑顔を浮かべながら、その頭を撫でようと手を伸ばす。
「キャイン!キャイン!」
その瞬間、狼は恐怖しながら尻尾を巻いて、一目散に逃げ去った。
さて……ここで、狼の視点で今のシーンを振り返ってみよう。
草原で暮らす白い狼。彼は他の狼たちと共に、このフィールドにやってくる初心者プレイヤーと戦い、彼らの練習相手となり、経験値になるのが役目の雑魚モンスターである。
彼らに自我は無く、やられては再び復活し、何度も同じ役目を繰り返すさだめにあった。
だがこの日、突如それまで相手にしてきた初心者達とは全く異質な存在があらわれた。
その者は突然、音も気配もなく一瞬にして目の前に現れると、獰猛な笑みを浮かべながら、彼の頭を鷲掴みにしようと手を伸ばしてきたのだ。
殺される。
自我を持たず、これまで何度も初心者達と戦い、死んでは生き返ってきた狼の中に、初めて恐怖という名の感情が生まれた。
狼は逃げた。必死に逃げた。ステータスの限界を超え、凄まじい速度で草原を駆けた。口から涎を垂れ流しながら、全てをかなぐり捨てて遁走した。
「待てコラァ!逃げるんじゃねえ!」
だがそれをおっさんが追う。逃げる狼をダミ声で怒鳴りつけながら、その厳つい見た目とは裏腹に華麗なランニングフォームと、ウサイン・ボルトもビックリな猛ダッシュで狼を猛追する。フィールドに居た初心者プレイヤー達は限界を超えたスピードで必死こいて逃走する白い狼と、殺人鬼のような形相でそれを追いかける神速中年オヤジの姿を見て二度驚いた。
「逃がさねえぜ?さあ大人しくしな……なーに、悪いようにはしねえぜ」
ホワイトウルフに追いついたおっさんは、哀れな狼の首の後ろに手を伸ばすと、その体を掴み上げた。そして【捕獲】アビリティをしようとする。
狼は恐怖した。どうやらこの恐ろしい存在は自分に危害を加えるつもりは無いらしく、殺気や敵意といったものは感じられない。
だが、このままだともっと――死ぬよりも恐ろしい事が待っている。そんな予感に囚われる。だがもはや逃げ場は無い。
その状況下で、狼は……
『ホワイトウルフを倒した。経験値30を入手』
『狼の毛皮を1個入手』
その時突然、おっさんの視界の隅に表示されるシステムメッセージ。見れば、おっさんが掴みあげていた狼のHPが突然0になり、その体は四角いポリゴンの群になって四散、消滅したではないか。
想像を絶する恐怖と絶望の中、狼が選択したのは自ら死を選ぶ事による逃避であった。その意志に応え、システムは強制的に彼のHP残量をゼロにし、死に至らしめたのであった。何という事か。おっさんは自ら手を下す事なく、一匹の哀れなモンスターを撃破してのけたのである。
ちなみにこの狼は、数分後には再びフィールドのどこかで復活しているので安心してほしい。突然芽生えた微かな自我も、復活している頃には元通りに無くなっており、おっさんに対する恐怖も覚えてはいないだろう。
「……何もしてねえのに死んだ」
一方、捕獲しようとしたモンスターが突然死亡した事に、おっさんは困惑顔であった。
「バグか。仕事しろ煌夜」
おっさんは早速、バグ報告のメールを開発室の友人宛に送る事にした。
狼「くっ……殺せ!」
FoWさん「おk」