15.謎のおっさん、辞める
「さて……俺が退任する事でギルドマスターの席が空位になるワケだが、その代わりを誰が務めるか……それが問題だ。そこでこれから誰に押し付け……ゴホン、任せるかを決めようじゃねえか」
「今押し付けるって言いましたね!?薄々そうじゃないかと思ってましたけど、実は色々と面倒臭くなったから誰かに押し付けたいだけですよね!?」
「言ってないしそんなつもりは毛頭ねえ。下らない言い掛かりをつけるのは止めて貰おうか」
失言に対してユウがすかさず突っ込みを入れるが、おっさんはそれを華麗にスルー。
ここはギルド【C】の本拠地である城の、大会議室である。
百人を超えるギルドメンバー全員が入れるほど広い部屋に、現在ログインしているメンバーが勢揃いしている。
おっさんは壇上でホワイトボードを背に、ギルドメンバー達に会議の趣旨を説明していたところである。
それを受けて、ギルドメンバー達は……
「「「「「王様だーれだ!?」」」」」
「キングは一人!この俺だァー!というわけで命令だ、三番は一枚脱ぐべし!」
「てめえら何王様ゲーム始めてやがる!俺も混ぜやがれ!」
「師匠ストップ!混ざろうとしないで!」
ある者達は部屋の一角で王様ゲームを始めており……
「ロンっ!ロンっ!ロンっ!ロンっ!ロンっ!ロンっ……!国士……!48000点……っ!」
「残念、頭ハネだ……!ピンフのみ……!」
「ジャラジャラうるせーぞてめえら!自動雀卓まで持ち込みやがって!」
「師匠ストップ!イッテツ・バスターはルールで禁止されています!」
ある者達は全自動雀卓を持ち込んで麻雀に興じており……
「ボールを相手のゴールにシュゥゥゥゥゥーッ!」
「超!エキサイティン!」
「鉛弾をアホ共の頭にシュゥゥゥゥゥーッ!」
「師匠ストップ!エキサイティンしちゃダメです!」
ある者達はバトルドームでエキサイティン!していた。
おっさんが彼らの所に乱入し、それをユウが必死に止める。
「いい加減にしろよアホ共、ちったぁサブマスターの連中を見習ってだな……」
ギルドメンバー達に向かって魔力弾を乱射した後におっさんはそう言って、真剣に会議に臨んでいるであろう幹部達に目をやる。すると、そこでは……
「俺のターン、ドロー!よし、俺は真紅の死神レッドを召喚し、大鎌を装備してお前のユニット全てに攻撃する!これでお前のフィールドのユニットは全滅だ。次のターンでトドメを刺してやるぜ!」
「流石だと言いたいが……甘いぞテツヲ!トラップカード【緊急召集】を発動し、手札の龍王カズヤを特殊召喚する!更にその特殊能力でデッキから【分類:テイミングモンスター】のユニットを一枚、手札に加えるぜ!」
「ちぃっ……!ならば俺はカードを一枚伏せてターンエンド!」
テツヲとジークがカードゲームをしていた。
「俺のターン!クソバカ二匹にダイレクトアタック!」
「ちょっ……テツヲさんとジークさんが言葉では言い表せないとんでもない状態に!?」
おっさんの無慈悲なダイレクトアタック(物理)により、二人のHPが風前の灯火と化した。
「はい、じゃあ次はギリギリまでスカートをたくし上げてみましょうか!良いですわゾ^~これ」
更におっさんが視線を移すと、そこではアンゼリカが女性のギルドメンバーに自作のちょいエロな際どい衣装を着せて撮影会を行なっていた。
「おっ、なら次はギリギリまで脱いで縛ってみるか。良いゾ^~これ」
「やばいですよ師匠!なんかもう色々と見えそうになってるんですけど!?」
おっさんはアンゼリカの背後に忍び寄ると、服の上からブラジャーとパンツを奪い取る神業を繰り出した後、見えそうで見えないギリギリまで彼女の服をはだけさせた上でロープで亀甲縛りにし、天井から吊るした。ここまで約一秒の早業。
「あーもうグッダグダじゃねえか」
「いつもの事ですしおすし」
「うちのギルドで会議とかまともに進行する訳ないじゃないですかー」
基本的にこのギルドには頭のネジが何本か吹っ飛んだ奴しか居ない為、まともに進行する事自体が稀であるのだが……今回は皆、いつも以上にハジけていた。
そんなギルドメンバー達を軽くしばき倒し、おっさんは改めて話を進める。
「いい加減にしろよクソ共。これ以降無駄口を叩いた奴ぁギャラルホルンを吹いたと見做して俺と二人で最終戦争させんぞ」
おっさんの脅しに、ようやくギルドメンバー達が大人しくなった。
「横暴だ!」
「我々は理不尽な要求に対して反逆する!」
「つーかおっさん以外がギルドマスターとか有り得ないですしおすし」
「そもそも辞める必要があるんですか(正論)」
「諦めんなお前!どうしてそこで辞めるんだそこで!もう少し頑張ってみろよ!ダメダメダメ諦めたら!周りの事思えよ!応援してる人達の事思ってみろって!あともうちょっとのところなんだから!」
……と、思ったら大間違いである。彼らは一斉に親指を下に向けると、おっさんにブーイングや野次を飛ばした。
西暦2039年四月某日、ギルド【C】本城の大会議室にて最終戦争勃発。
◆
「もう俺の独断で新しいギルマス決めんぞアホ共。まあ順当に行けばサブマスの誰かをそのまま昇進させるべきなんだが……」
後に第一次イグニスの乱と呼ばれる武力衝突が勃発し、単身でギルドメンバー達を武力制圧したおっさんはそう言って、サブマスター達へと目線を向ける。
まずユウと視線がかち合う。おっさんの殺人的視線を受け、ユウは冷や汗をかきながら目を逸らす。
「よし、ここはユウに……」
「!?」
「……いずれは任せたいと思っちゃあいるが、流石に他の面子と比べると経験不足だな。今はサブマスターのままにしておこう」
おっさんのフェイントにユウが椅子から転がり落ちた。
それを横目で見つつ、おっさんは他のメンバーへと目線を向けた。
「ジーク……」
「おっ、俺か?いよいよ俺の時代が来るか?いや、ようやく時代が俺に追いついたと言うべきか」
おっさんに名前を呼ばれたジークが、眼鏡のフレームを指でクイッと上げつつ立ち上がり、ドヤ顔を披露する。
「……には任せられねえな。このアホにギルド資金を運用させたら三日も持たずに溶かすわ」
おっさんが冷酷かつ的確な判断を下し、ジークが着席する。
このジークという男、魔法工学の腕前ならばおっさんに勝るとも劣らぬほどの腕前であり、ギルド【C】が独自に開発した様々な魔導機械、魔導兵器は彼が居なければ、その多くが生まれなかったであろう。
だがしかしこの男、所謂マッドサイエンティストであり、とにかく高性能な物を愛するがゆえにコストや汎用性といった物を度外視し、ただひたすらに性能だけを追求する悪癖がある。
そんな奴にギルド資金を自由にさせてはいけないというのがギルドの総意であり、サブマスターかつ魔法工学チームのリーダーでありながら、彼には予算を自由に使う権限が与えられていない。
「ついでに似たような理由でゼリカも却下だ。となると後はこの二人しか居ねえんだが……」
そう言ったおっさんの視線の先にいるのは、鍛冶チームのリーダーであるテツヲと、料理チームのリーダーのクックの二人だ。
おっさんはこの二人を、新たなギルドマスター候補と定めたようである。彼らの前でおっさんは一度目を閉じ、少考する。
暫しの間そうした後に、おっさんは目を開くと新たなギルドマスターを指名した。
「……よし。次のギルドマスターは……クック、おめえに任せたい」
おっさんが指名したのは、料理長クックであった。
「ふむ……。構いませんが、僕を選んだ理由を聞かせていただいても?」
おっさんは頷いて語りだす。
「おめえら二人を比較して、テツヲは創業に向いたタイプだと俺は思った。積極性があり、新しく何かを始めるのに向いている。逆にクック、おめえは既存の物を維持・発展させるのに向いていると俺は判断した」
「……成る程。つまり創業の時期は終わり、今は守勢の時期であると」
「その通りだ。このギルドがまだ出来たばかりの頃なら、俺はテツヲを指名していただろう。だが今はしっかりとした地盤が出来上がり、安定した状態だ。俺もどっちかというとテツヲと同じタイプだからな……今の状態のギルドを束ねるならばクック、おめえが最適だと判断した」
おっさんの言葉を受け、クックは僅かに考えた後に頷いた。
「……わかりました。僕でよければ引き受けましょう」
「おっ、そうか?助かるぜ」
「ただし条件があります。任期は一年間とさせていただきます。その間は僕がギルドマスターを務めさせていただきますが、その後はまた改めてふさわしい人物にその座を明け渡そうと思います」
「そうか。良いんじゃねえか?その頃には新人達も育ってるだろうしな。今は未熟でも、一年後にはギルドマスターに相応しく成長している事を期待しようじゃねえか」
「ええ、そうですね」
「あの……師匠にクックさん?なぜこっちを見てるんです?」
おっさんとクックに優しい視線を向けられたユウは冷や汗をかきながら、必死に目を逸らした。
◆
その後しばらくして、おっさんの正式な退任と同時に、ギルド【C】の新たな組織表が発表された。
――――――――――――――――――――――――――――――
【2039年度組織表】
ギルドメンバー 総勢131名
【ギルドマスター】
クック(料理チームリーダー兼任)
【サブマスター】
テツヲ(鍛冶チームリーダー)
ジーク(魔法工学チームリーダー)
アンゼリカ(裁縫チームリーダー)
ゲンジロウ(木工チームリーダー)
ユウ(販売チームリーダー/次期ギルドマスター候補)
【一般ギルドメンバー】
124+1名
【終身名誉ギルドマスター/ギルドマスター相談役】
謎のおっさん(名目上は一般ギルドメンバー)
――――――――――――――――――――――――――――――
この日はギルド【C】にとって新たなスタート地点となった日であり、またアルカディア全体においてもまた、特別な意味を持つ日となった。
後にこの日はこう呼ばれる。
人喰い鴉が鳥籠から解き放たれた日……と。
ゴールデンウィークなんて無かった。




