11.5 迷える騎士と魔王の遭遇
諸事情により大変遅くなりまして申し訳ない。
今後も更新ペースが安定しないと思いますが、少しずつでも更新は続けますのでよろしくお願いします。
時間はおっさんとシリウスが闘技場で激闘を繰り広げる、少し前に遡る。ある日シリウスは、城塞都市ダナンの一角にて偶然、とあるプレイヤーと遭遇した。その人物はシリウスの率いるギルド【流星騎士団】と並ぶ、アルカディアの頂点に君臨するギルドの一角を総べる者。
その人物は銀色の長い髪をツインテールにしている小柄な少女で、黒いマントの付いた衣装を着ている。片目には奇妙な紋章の描かれた黒い眼帯を付けており、手には黄金色の長杖を携えていた。
その少女のキャラクターネームは、エンジェ。ギルド【魔王軍】を率いるギルドマスターであり、シリウスにとってはライバル関係にある相手だ。
彼らは元々それほど親しい訳でもなく、また領地システムが実装し、互いに北部と南部へ領地を持つようになってからは尚更、顔を合わせる機会も無くなっていた。久しぶりに会ったエンジェに、シリウスは声をかける。
「エンジェさんですか。奇遇ですね」
「ああ、シリウスか。言われてみればそうだな。息災なようで何よりだ」
挨拶をしたシリウスに、エンジェはそのように返してすれ違おうとする。その様子に、シリウスは違和感を覚えた。シリウスの知るエンジェは、常に誰彼構わず威圧的な態度を取り、シリウスを見れば何かと理由を付けて突っかかって来るような人物だった。
だが今、シリウスの目に映る彼女はどうであろう。ぱっと見では以前と変わらないように見えるがよく観察してみれば、以前とは異なり落ち着きと、確固たる自信のような物が感じられる。
「エンジェさん」
「む?何用か」
違和感を覚えたシリウスは、エンジェを呼び止めた。その声に、エンジェは足を止めて振り返る。シリウスは、そのエンジェの目をじっと見つめた。するとやはり、シリウスは違和感を感じた。今の彼女の目には、以前にはなかった力強い意志の光が感じられる。
「少し会わない間に様子が変わったみたいですが、何かあったんですか?」
その正体を確かめるべく、シリウスはエンジェにそう問いかけた。エンジェはその問いを聞くと、微かに微笑んで言う。
「なに、大した事ではない。単に己を見つめ直し、知る機会があっただけの事だ。我ながら随分と回り道をしたものだが……私はようやく己の意志を、願いを自覚した」
「それは……ッ!?」
エンジェの言葉の意味を尋ねようとするシリウスが、驚きのあまりその言葉を途中で止めた。その理由はエンジェが発動した、とあるアビリティにある。
「【Force of Will】……」
「ああ、そうだ。とは言え私のこれは強力な分、制限も厳しくてな。今は使えないのだが」
エンジェが言うように、彼女の周りに浮かび上がった、黄金色に輝く光の文字――【Force of Will】の発現時に現れるものだ――は、一瞬で消え去った。
シリウスはそれを見て、思わずエンジェにこう言っていた。
「エンジェさん。僕と戦って貰えませんか」
エンジェはその言葉を聞くと、一瞬驚いた顔をする。だがすぐに何かに気付き、納得したような表情を浮かべると、シリウスに向かって言った。
「……成る程。貴様、行き詰っているようだな。……その表情を見る限り、図星か」
エンジェの鋭い指摘に、シリウスは思わず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
【Force of Will】。システムの縛りという名の世界の理、それすらも打ち破る、大いなる意志の力。
遡ること約半年前、以前おっさんやカズヤが発動したそれを見て、当然シリウスもその存在を知っていた。そして、それを目の当たりにした時の感情もまた、忘れられる物ではなかった。
――何も出来なかった。
あの時、炎神イグナッツァの【神の重力】の前に、シリウスは抵抗すら出来ずに無力化された。
だがそれは、このゲームのルールが、システムがそう定めた以上は当然の事である。当時はまだ、【神の重力】に対抗するための手段である【半神化】を習得する方法は無く、それを除いても神であるイグナッツァとの力の差は、今以上に大きかった。
あれは完全な負けイベントだ。そんな物をどうにか出来る方がおかしいのだ。それは重々承知の上だ。
――だけど、あの二人はそれを覆して見せたじゃないか。
かつて行なわれたβテストにおいて、シリウスの攻略貢献度ランキングは1000人中、3位であった。数多くのプレイヤーとパーティーを組み、その盾で彼らを助けた。βテストの舞台となったダンジョン【試練の塔】の攻略もハイペースで進め、要所のボス戦でも、ボスの強力な攻撃を一手に引き受けて攻守に渡って大いに活躍した。
シリウスは手応えを感じていた。現実世界では普通の高校生でしかない周防北斗でも、この世界ならば、本物のヒーローになれるのだと、そう思っていた。
だが彼らを見た時に、そのちっぽけな自信に罅が入った。
当時は使えない、地雷スキルだと言われていたスキルを好んで使っていた青年。他人から発せられる雑音など一切意に介さず、最前線で戦い続けた孤高の魔法剣士。彼と彼の愛用するスキルを馬鹿にしていた者達も、いつしかその姿に魅了されていた。
その姿は、シリウスの理想とする英雄その物だった。
そして、もう一人。ふざけた格好とふざけた名前の、存在そのものが冗談のような男。卓越した戦闘技術と鋭い感性、そして凄まじい行動力と常人離れしたインスピレーションを持ち、一体次は何をしでかすのか予想できない。その存在に皆が驚き、戸惑い、惹かれ、恐れおののいた。
だがそんな良くも悪くも人目を引くその男はしかし、他人の評価などどうでもいいと言わんばかりに我が道を突き進む。
その強さは、かつての周防北斗が望んだ物だった。
――負けたくない。
シリウスは考える。彼らと自分の差はいったい、何によるものか……と。そうして考えて出た答えが、【Force of Will】、即ち意志の力。それは、かの世界の理を捻じ曲げる反則スキルだけを言っているのではない。それ以上に大切な物は、それを可能にするほどの強い、確固たる意志である。
そしてシリウスは考えていた。己の中にある、絶対に譲れない意志とは何か……と。その答えを探し求めて、数ヶ月が経過したが……未だ、答えは出ていない。
そして今、目の前にそれを成した者が居る。シリウスは、エンジェと剣を交わす事で、何かヒントが得られるのではないかと考え、戦いを申し込んだ。
「さて、戦ってくれとの事だが……お断わりだ」
だがそれに対するエンジェの答えは否。にべもなく断って、エンジェは踵を返す。その小さな背中に向かって、シリウスは尋ねた。
「……理由を、聞かせてもらえませんか?」
エンジェはシリウスに背中を向けたまま、顔だけで振り返って言う。
「悪いが、貴様との戦いに興味が無いのだ。……いや違うな、別に貴様に落ち度がある訳ではない。今の私は相手がアナスタシアであろうと、レッドであろうと、カエデであろうと同じ答えを返すであろう」
今のエンジェが戦い、超える事を望む相手はただ一人。それ以外の相手との戦いに、もはやエンジェは興味を抱いていなかった。
「ここまで言えば既に気付いているかもしれんが、私が【Force of Will】に目覚めるに至った願いとは、すなわち【兄さんを超えたい、認めてもらいたい】という物だった訳だ。それに気付くのに、我ながら随分と回り道をしたものだ。答えはいつも、すぐ近くにあったというのにな」
「エンジェさん……」
「そういう訳で、今の私は兄との戦い以外に興味は無いのだ。例外を上げるとすれば、それは兄上が超えるべき目標としている……おっさんくらいの物だ」
エンジェはそう言うと、再びシリウスに背を向けた。そして、まるで独り言を言うような口調で、エンジェは語り始める。
「兄上は、この世界で出会った者達と心を通わせたいと願った。ヒトと、作られたモノが真にわかりあえる事を願い、それを成せると信じた」
「おっさんは、自由を求めた。誰かが定めたつまらない摂理や束縛を破壊し、無茶苦茶で面白可笑しい世界を創造しようとした」
「不死鳥の阿呆は自分の弱さや愚かさを認め、受け入れ、それでもなお愛する者のために、何度倒れようとも諦めず、立ち上がろうと決意した」
「飛び抜けた才能や並外れた強さ、あるいは斜め上に突き抜けた愚かさ。奴等はそれを以て、大いなる意志の力へと至った」
エンジェが語るのは、彼女が見てきた男達の物語。シリウスはそれを黙って聞く。
「……恐らくは皆、中途半端に強く、賢いゆえに気付かず、至れない。己の根源たる願い、それに真っ向から向き合う事が出来ずにいる。我がそうであったように。恐らくは貴様が今、そうであるように」
最後に一言、言い残してエンジェは立ち去った。
「この世界で、貴様は何を成す?」
――その質問に対する答えを、シリウスはまだ出せないでいる。
嘘次回予告
やめて!Force of Willの効果で防御力を無視されたら、半神化で回復したHPが一気に消し飛んじゃう!
お願い、死なないでシリウス!あんたが今ここで倒れたら、カエデさんやレティとの約束はどうなっちゃうの?
HPはまだ残ってる、ここを耐えればおっさんに勝てるんだから!
次回「シリウス死す」。デュエルスタンバイ!