SHOT5: SERPENT
SHOT5: SERPENT
爆煙が晴れてもトオルの混乱が解けることは無かった。自分が土壇場で投げた雪羅の鞘はリヒトのサーペントによって防がれた。そこまではわかった。しかしそこからが理解できない。一体あの爆発はなんだったのか。あんな爆発で、なぜリヒトには傷一つないのか。一度見ただけでは理解できなかった。
そんなトオルをよそにリヒトのサーペントはゆっくりと修復して行く。吹き飛んだMBQが再び集合して来ているのだ。
「サーペントはクロータイプではあるが引っ掻くことが目的ではない」
リヒトは手品の種明かしでもするように楽しげに告げる。
「サーペントのクロー部はMBQに反応して爆発するようになっているのさ。しかも方向は触れた方向に集中するから俺への被害は無い。俺の完全オリジナルの特性だ」
「オリジナルの特性・・・?」
MBQはその内部に『特性』を記憶することが出来る。大抵のものは鉄、プラスチックやガラスなどのMBQ発見以前に使われていた旧素材の特性を受け継いでいるのだ。しかし無論、サーペントのクローのように無色透明でMBQに反応して爆発する物質など存在しない。そんな『存在しない特性』を持つ物質を作るためには、
「MBQのデータ改竄用の特殊機器が要るはずだ。そんなものを個人で準備できるはずが無い、って?」
「ッ・・・?」
考えていることを先にいわれてトオルは我に返る。そう、存在しない特性のデータをMBQに書き入れるにはMBQの内部データ改竄用の特殊な機材が必要となる。簡易的なものでも冷蔵庫くらいのサイズと自動車くらいの値段になる。自分でデータを入力して自在に特性を作成できるものならその更に上だ。それに全く新しい特性を入力するには膨大なプログラミング知識が要求される。それがすべて個人にできるとはとても思えない。しかしそんな疑問をリヒトは笑い飛ばした。
「鷹尾和仁」
リヒトはそれだけいうと一度言葉を切った。
「元新日本海軍の所属で海上のエース狙撃手として名を馳せ、『823』の時の訓練で事故死した、俺の値親だ。」
悲しむでも無く、懐かしがるでも無く、ただ事実だけを冷静に語る。
「親父が死んで、おふくろは元々居ねぇ。妹と二人きりになった俺には多額の資金だけが残った。それはそれはMBQのデータ改竄用の機材を買ってプログラミングを学ぶには十二分だった、ってわけだ」
「・・・なんで、そうまでして強い武器を作りたかったんだ?」
トオルは純粋な疑問をぶつけた。答えは一瞬の間も空けずに帰って来た。
「リトを守るためだよ!」
ほとんど怒鳴るようにリヒトは告げる。その言葉には確かな殺意があった。
「俺の妹はまだ幼かった。親父が死んだショックで俺以外と話せなくなった。あいつは社会から嫌われ、友達も居ねぇ。そんなあいつを守るためには力が必要だったんだ!俺は別にテロなんか憎きゃねぇ。本当に憎いのは、リトを一人にした連中だ。おれは、あいつら全員を叩き潰せるだけの力が欲しいんだ、要るんだよ!」
リヒトは誰に向けているのかもわからない絶叫を放った。それはただひたすらに力を求める弱者の嘆きであると同時に、あらゆるものをねじ伏せる殺気に満ちた猛獣の威嚇でもあった。その悲痛な叫びに、トオルは静かに応える。
「お前は、間違ってるよ」
「あぁ!?」
リヒトに睨みつけられてもトオルの言葉はぶれない。心も。ただまっすぐに、自分の思いを放つ。
「たしかにあんたの妹は大変な思いをしたのかも知れない。いや、したんだろう。それにあんたの気持ちもわかる。家族を苦しめられたことに対する怒り。俺にも姉貴が居たけど、今はどっかに消えちまった。誰かが姉貴を苦しめたのかも知れない。でも、それで人を憎むのは間違ってる。傷つけるのが人でも、助けるのも人だ、傷を癒すのも人だ!それに、」
トオルは一度言葉を区切った。一息、深く息を吸い込む。
「あんたの妹さんだって、復讐なんか望んでないんじゃないか?」
リヒトが歯を噛み締める音がギリギリと響く。地下十階の全体に響くような深く大きな音だった。
「黙れ・・・」
そしてリヒトは言う。
「てめぇに何がわかる!俺たち兄弟の苦しみの何がわかるんだよ、あぁ!?」
リヒトはため息のような深い息をつくと。閉じていた足を再び開くと全身に力を込めて身構える。
「何かを守るのには力が要るんだよ。その力ってのを見せてやるぜ、負け犬」
雪羅を構え直すトオルに、リヒトは全身全霊の殺意を向けた。『倒す』のではなく『殺す』ための力をその身に宿し、大切なものを守るための憎しみの力を手にした少年が静かな咆哮を放つ。
トオル対リヒト、再開!