SHOT14: CARIN
SHOT14: CARIN
(・・・ここは、どこだ・・・)
低い音量で流れるジャズを耳にして、トオルはゆっくりと目を開いた。そこは誰もいない喫茶店の中だった。周りに人影はない。薄暗い照明で照らされた店内は意外に広く、カウンター席以外にもいくつもテーブル席があった。トオルはその中でも一番端のテーブル席に座らされ、毛布をかけられていた。
「・・・寝てたのか・・・つっ!」
立ち上がろうとして全身の激痛に阻まれた。特に右脇腹が痛む。
(くっそ、俺は何を、)
混乱して何も思い出せないトオルは、ふと、膝の上になにか重たいものを感じた。ふと目を下ろすと、膝に抱きつくように白いワンピースを着た少女が突っ伏していた。一瞬にしてすべてを思い出したトオルは背中に冷たいものを感じたが、静かな寝息を聞いてほっと肩をなで下ろした。
(なんとか、守れたみたいだな)
気づいたときには左手でハルカの頭をなでていた。さらさらとした髪の間を滑らかに指が通り抜ける。熟睡する少女が微かに笑ったように見えてトオルは思わず頬を緩めたが、
「ウィー・・・」という機械音を聞いてビクッと肩を振るわせた。音源は喫茶店の入り口の自動ドアが開く音だった。「Closed」の表示を無視して現れたのは黒髪に深い緑の目をした一人の少女だった。背はハルカよりは高いが、トオルよりは頭一つ分くらい小さい。ほっそりとしたその少女は白いタンクトップにターコイズ色の膝丈の短パンをはいていた。山用の厚底スニーカーを履き、顔にはいくつかの絆創膏が張られている。右肩には彼女の身長と同じくらいのサイズの狙撃銃が一丁担がれていた。なぜかはわからないが、その背の低い少女を見た瞬間トオルは二つのことを確信した。一つは彼女が味方であること、もう一つは彼女が自分よりも年上であることだ。
「おっ、目が覚めた?」
少女はうっすらとした笑みでトオルに近寄ると、近くの適当なテーブルに腰掛けた。
「あの、あなたは?」
トオルが恐る恐る聞くと、
「ハッハッハ!やっとだ!やっと敬語がきたよ!っしゃー!」
ぽかんとしているトオルをよそに少女は続ける。
「いやぁ、最近の連中は年上に対する礼儀がなってないからさ、なかなか誰も敬語使わないんだよね〜」
「は、はぁ」
無理も無い、という感想は心の中にしまっておく。少女はすっ、と右手を出すと。
「あたしはカリン。春風カリンだ。よろしく、島崎トオル!」
握手を求められていることに気づいて右手を出そうとしたが、
「痛っ!」
「あ、ごめん。怪我してたんだったね。握手は怪我直ってからで良いか」
と言ってカリンは手を戻した。今度はトオルが訪ねる。
「あの、カリンさんはなんで僕の名前を・・・」
「あぁ、だってそりゃ君、初日から『神楽』を使いこなした赤ガントレット日本刀の一年生。霧ヶ丘じゃもう有名人だよ?」
カリンの言葉にトオルは驚きを隠せなかった。
「えっ、じゃああなたも霧ヶ丘高校の?」
「うん。霧ヶ丘高等学校3年、実戦科狙撃科の特級生だ」
「特級生?」
「あぁ、新入生の君はまだ知らないか」
カリンは得意げに人差し指をたてると、
「特級生というのは、その学年、科において最も優秀である、あるいは優秀になると思われる生徒のことで、特級生はその科の顧問とは別に特別なコーチを持ってマンツーマンで訓練メニューが組まれるのよ」
「つまり、三年の狙撃科で最強、ってことですか?」
「そうなるね」
「すっげぇ!」
目をウルウルさせるトオルをみてカリンは得意げに笑ってみせた。
「まぁ、あんたも明日からは突撃科の特級生だろうけどね」
「えぇ!?」
「今日のデュエル、」
カリンは急に真剣な顔になる。
「あれは本当にすごかった。録画データを見せてもらったけど、あれは新入生対抗戦としては多分歴代一の名勝負だった。あんたが『神楽』を使ったってのもあるけど、あの剣術は普通じゃないよ。あの鷹尾リヒトってのもすごかった。きっと彼も中継科の特級生になるよ」
「へー」
トオルは少しスケールの大きすぎる話に、「とりあえず」の返事を返した。
「ところで、カリンさんですよね?僕とハルカを助けてくれて、治療までしてくれたのは」
「あぁ、たいしたこと無いよ〜。気にしない気にしない」
カリンはトオルに向かってウィンクすると、
「大事な後輩だからね」
頼もしい先輩がいるな、とトオルは思った。見た目は少し悩ましいが。
ちょっといつもより長めです。