SHOT10: TRUCK
SHOT10: TRUCK
霧ヶ丘高校初日は結局午後いっぱい病室で過ごした。多くの生徒は昼で帰宅したが、島崎トオルと鷹尾リヒトは要経過観察ということで午後まで居させられたのだ。今は二人で駅に向かって歩いているところである。夕日がまぶしい駅に向かう大通りなのだが、車の影は無かった。
「ったく、リトは大丈夫なぁ」
両手を型の上から背中にまわし、いかにも高校生らしい形の四角いバッグを持つリヒトが深いため息をつく。
「おまえ、マジで妹思いなのな」
「妹が居る連中ってのはみんなそんなもんだろ」
「えっ、そうなのか?俺の友達は『マジで妹ウザすぎる、売りたいわ』とか言ってたぞ」
「・・・そいつあったら殺してやる・・・」
「・・・お前、シスコン?」
「ちげーよ!」
そんな会話をげらげら笑いながら繰り返していた。
「あれ、あれなんだ?」
声を出したのはトオルだった。背中の小さなナップサックを持ち上げるように膝を軽く曲げ伸ばししながら、歩いている大通りの少し向こうの方を見る。そこには道を横断しようとする一つの人影があった。身長は低く、黒髪が腰くらいまで伸び、肌は白っぽい。白いワンピースを身に付け、白いサンダルを履いていた。歩くスペードはすごくゆっくりで、足を引きずっているようにも見えた。身長120センチの人影に目を釘付けにされていたトオルとリヒトだったが、ふと大きなエンジン音をきいた。少女の少しだけ向こうの小道から窓の無いトラックが大通りに入って来たのだ。それもまっすぐ例の少女に向かって。しかもかなり速い。
「おい、あれって、」
言ったのはリヒトだった。
「あぁ。自動操縦の物資汎用用トラック。完全にシステムが暴走してやがる!」
二人が鞄を放して地面を蹴るのは同時だった。
「あれはお前が吹き飛ばせ!人命救助のための器物破損とそれにおいてのNAWMの使用は法的に認められている!」
「イェッサー!」
ガントレットを展開する時間が無駄だと判断したリヒトは走りながらサモナーを操作し、サーペントを召喚した。すぐにサモナーをポケットにしまう。
「うぉぉぉおおっ!」
リヒトは一気に道の真ん中にいる少女のもとまで走ると通り過ぎ様に彼女の体を軽く後方に押した。
「きゃっ!」という短い悲鳴が聞こえた時には、すぐ後ろから追っていたトオルが彼女を抱きかかえ、なんとか踏ん張って走って来た速度を殺した。そのまま、後ろを向き、これから爆発するであろうトラックに背中を向けた。少女をかばうために。直後、リヒトがその手を無人トラックに叩き付け、凄まじい爆風が巻き起こった。少女の長い黒髪が爆風になびかれ大きく揺れる。トオルは前方に転がりそうになる体を、片足を前に出すことでなんとかしのいだ。爆風は3秒ほど吹き荒れ続けた。
少女がトオルに力一杯しがみついて震えていることに気づいたのは爆風がやみ、重心を後ろにかけていたトオルが尻餅を着いた後だった。
「泣いて、るの?」
トオルの位置からでは彼女の表情は見えなかった。しかし、そこに居るのはやはり恐怖や不安に満ちた少女だった。さすがに放っておけるトオルではない。
「もう大丈夫だよ。怖いのは居なくなったから」
自分でも笑ってしまうくらい不器用な言葉だったが、それでも少女はこくりと頷いてくれた。あまりにも可愛らしいその姿についつい抱きしめそうになる衝動を抑え、トオルは少女に質問を始めた。
「君、名前は?」
「・・・」
返事は無かった。
「お母さんとはぐれちゃったの?」
「・・・」
やはり返事は無い。
「君、」
そこまで言って初めて気づいた。少女の震えは止り、その肩がゆっくりと上下していた。
「その子、寝ちゃってんな」
言ったのは今までどこに居たのかリヒトだった。
「おまえ、今までどこに?」
「交番だよ」
「交番!?」
「器物破損の報告とそれを許可する法的な作業って奴よ。ったく女の子助けて書類書かされるたぁ、この国もなんかねぇ〜」
なるほど、とトオルは思った。いくら無人とはいえ、自分たちはついさっき公共の輸送トラックを木っ端みじんに吹き飛ばしているのだ。おそらく空ではなかっただろう。そこまで思ってトオルはふと思い出した。
「・・・あれ、弁償しなきゃあかんの?」
「・・・なんかなまってるぞ・・・」
リヒトは一息つくと、
「トラック自体は安い量産品だから法的な保護で俺らの負担はねぇが、積んでたスーパーの魚達は残さずグリルだ。100万相当だとよ。これは半分しか保護が出ねーから、50万俺らが払わなくちゃ、」
「まじかー!!」
「ならなかった」
はっ?、とトオルは間抜けな声を出した。対してリヒトは至って冷静に、
「だから、俺がもう払っといたって」
「・・・お前、妹と二人暮らしだろ?そんな金どっから・・・」
「前にも言ったが、俺の親父は元新日本海軍のエーススナイパーだ。金には困んねー。まぁ、もうくたばったけどな」
「リヒトぉ〜」
目をうるうるさせてるトオルから照れくさそうに目を背けると、
「まぁ、友達だろ?当然だろ」
とだけ言った。