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二章

 二章


 ぶつぶつ。

「仕事も一通り片付いたっていうのに」

 ぶつぶつぶつ。

「この昼時に、なんで俺は事務局なんかにいるんだ……?」

 はあ……。

 ため息。

「仕事が欲しいなら分けてやるぞ?」

 横から局長が言ってくる。

「……それは遠慮する」

 オーウェンはくるりと振り向いてそう言った。

 本当ならば、今頃は昼食を摂りに行っていたはずだが――。

 ――金が、なかった。

 あるはずの金が。

「シェリアに財布なんて持たせるのが悪いんですよ、オーウェンさん」

 まだその場に残って仕事をしている同僚からそんな声がかかった。

「ああ。……確かにあれは不用意だった」

 オーウェンはまたため息をついた。

 昨日の。

 カレヴィを発見して、追いかけたときに――。

 財布を渡されたシェリアは、どういうわけだか、こともあろうにカレヴィが食べていた料理の分まで金を払っていたのだ。

 一人前ならまだしも、カレヴィは大食漢であったらしく。

 食料費が二日分ほどさらりと吹き飛んだ。

 ……さすがに二日分の浪費は見過ごせないので、今日はシェリアに簡単な乾燥食を買って来させることにしたのだが。

「あの三つ編み眼鏡、どこの市場まで行ってるんだ」

 机に突っ伏してオーウェンは呟いた。

 シェリアはまだ帰ってきていないのだ。

 ぐううう……。

 腹の虫が鳴った。

「オーウェン……わたしの食料でよければ分けてやるぞ」

 見兼ねたのか局長が珍しく気を使ってそう言ってくる。

 しかしオーウェンは「遠慮しておく」と首を振って冷静にそれを断っておいた。

 魔物である局長の食べ物は、人の食べるような食べ物でないことが多いのだ。以前、断るのも失礼かと思ってその「食べ物」を受け取ったときには、なにやら得体の知れない動物の――あるいは魔物の――肉を渡された。

 今も、局長が片手に手にして示しているのは、なにやら得体の知れない植物の――あるいは魔物の――蔓である。

 断られた局長は、そうか、と首を傾げてそれを口に放り込んだ。

 きゃああああ、と局長の口の中から奇妙な悲鳴が聞こえた。

 おそらく断末魔。

 ――どうやらどこぞの魔物の身体の一部であったらしい。

 食べなくて良かった、とオーウェンは思った。

 オーウェンはちらりと局長に目をやる。

 緑の髪――その頭に、今日は包帯を巻いていて、片目が隠れていた。

 昨日オーウェンとシェリアが魔法ギルドのこの事務局に戻ってきたときにはすでにそのような状態で、聞けば局長が魔法使いギルドでの用事を済ませ、戯れに例の巨大猫が収容されている自警団の牢屋に赴いたところ、うっかりと目のあたりに傷を負ったらしい。

 ちょうどオーウェンの琥珀色の目と同じほうの目を。

 怪しい。

 非常に怪しい。

 ヘルガとの会話で自分の片目が魔物の目に変わっていることを知り、それから、一瞬だけ局長の目と入れ替わったのではないかと疑った。

 そのときはすぐにその考えを否定して魔法ギルドに戻ったのだが、戻ってみれば局長はその目に包帯を巻いていた、と。

 怪しい。

 どうも期が上手く重なりすぎているような気がするのだ。

「なんだ?」

 オーウェンの視線に気が付いた局長は怪訝な顔をして尋ねてくる。

「いいや、なんでもない」

 目を逸らしてオーウェンは言った。

 ――仮に局長の目と入れ替わったにせよ、言ってみれば、「ただそれだけのこと」。

 故意に隠しているのがやや気になるところではあるが、局長には局長なりに自尊心とやらがあるのだろう。

 知性を持った魔物というのは自分たちを人よりも高等な存在だと思っている節があるから、一介の事務員である――ましてや自分よりも格下の――オーウェンの目と入れ替わったとあっては面目が立たないのだろうから。

 包帯姿の局長を目にしたときには一瞬だけ、この局長こそが今回のフェアリーアイズ現象を引き起こした犯人かと疑ったが――局長ならば面白がってやりかねないのではとオーウェンは思った――、局長が、故意にそれを引き起こすならば、もっと賢い方法で行うだろうとも思う。

 正体不明な昼食を摂りつつ今も黙々と机の上の資料を読んで仕事を片付けているこの化け物局長ならば、この数ヶ月で人々のうちに起こったフェアリーアイズ化を、一夜でやっのけてしまうに違いない。

 ――というか、この局長が本気を出せば、オーウェンたちが躍起になって調べているフェアリーアイズ現象の犯人の特定など、一瞬で済んでしまうと思うのだが。

 局長いわく「そんなことに時間を割いている暇はない」のだそうだ。

 オーウェンは局長のその言葉をあまり信じてはいないが、片付けても片付けても減らない机の上の紙の山を毎日横目に見ているので、強く言うのはどうも憚れる。

 魔法使いギルドめ……。

 心の中で毒づいた。

「それにしても、本当にどこに行っているんでしょうね」

 同僚が言う。

 シェリアのことだ。

「さあ」

 局長は資料から目を上げ、ふいっと窓の外に目を向ける。

「しかし、そろそろ帰ってくるだろう」

「本当か?」

 オーウェンも顔を上げた。

 局長がこういうふうに言うときには、無責任な推測ではなく、明確な予告であることをオーウェンは知っている。

 果たしてその直後に――。

「先輩先輩、先輩~っ!」

 ばたんと部屋の扉が開かれ、シェリアが駆け込んできた。

 騒々しい。

「なんだ?」

 オーウェンは振り向いてシェリアに目を向ける。

 ……どうも頼んだはずの買い物を手に持っている様子がないのは気のせいだろうか、とオーウェンは思いつつ、「どうしたんだ」と尋ねる。

「大事件ですよ! それはもう、大事件ですっ。私、実はフェアリーアイズだったみたいなんですよ~っ」

「ああ?」

 シェリアも、オーウェンと同じように最近まではフェアリーアイズ現象の影響を受けていなかった。

 オーウェンはシェリアの顔をまじまじと見る。

 茶色の双眸。

 ……今見ても、フェアリーアイズ化しているようには見えないが。

「あ、疑わないでくださいよ~。ほら、片方……少し薄くなってるじゃないですか。前はこんなことなかったんですよ。――残念ながらどっちが自分の色なのかは分からないんですけど」

 言われてみれば少し目の色が違う。

 同系色での入れ替わりらしい。これは気付きにくい。

「まあ、俺ですらフェアリーアイズになっちまったんだからな。俺よりも魔力の低いお前なら、もっと早くにそうなってたんだろう」

 これは詳しく調査せずとも分かっていることだが、フェアリーアイズ現象は、魔力の低い者ほど影響を受けやすくなっているらしい。

 偶然か、あるいは犯人が故意にそうしているのか。

 この事件が愉快犯によるものだとしたら前者である可能性もあるが……、しかしそこまでしてこんな事件を起こすのにはあまりにも犯人側に負荷が大きすぎる気がする。

 使われている魔法はやたらと高度だし、費やされた魔力も相当の量のはずだ。

 愉快犯でなくとも、魔力の抵抗を受けて、たまたま、フェアリーアイズ化の影響の受けやすさに違いが出ているのだとも考えられるが――。

 ……後者であれば、充分に警戒しなくてはならない。

 魔力の低い者からフェアリーアイズ化が進むというのが偶然でないとすれば、魔力の高い者の炙り出しである可能性が高い。

「わ、私だって、魔法ギルドに来る前と比べれば魔力だって強くなったんですよぉ」

 シェリアが言う。

「……記憶力はあまり良くなってはいないようだがな」

 ぼそりと局長。

 え? とシェリアが首を傾げた。

 オーウェンも言う。

「俺が頼んだ遣いはどうした?」

「あ」

 はたと気が付いたようにシェリアが固まった。

 やはり忘れていたらしい。

「す、すみません先輩。市場で品を見ていたら、手鏡を勧められて、ちょうど――」

「――ちょうど自分のフェアリーアイズに気が付いて、俺の遣いのことはすっぱりさっぱり忘れちまった、ってわけか」

 あわわわわわ。

 シェリアが慌てたような声を上げる。

 オーウェンがシェリアの薄茶色の三つ編み頭をぐしゃぐしゃと掻き回してやろうと両手を乗せると――。

 ぐう。

 腹の虫が鳴いた。

 これはシェリアのほうから。

 オーウェンはため息をついた。

「……怒らないでやるから、俺の財布は返してもらおうか」

「は、はい~。すみません~っ」

 財布を受け取って鞄に入れ、立ち上がる。

 出かけるぞ、とシェリアを促す。

「え? どこへですか?」

 きょとんとした表情でシェリアが言った。

 オーウェンは言う。

「どこへ、じゃねえよ。魔法使いギルドにだ。昨日のカレヴィとの接触、交戦の報告。それから、カレヴィの魔道具の入手経路の問い合わせ。魔法使いギルドが追っている魔法使いとやらに関して改めて情報開示を求めること」

 シェリアはオーウェンの言葉に少し首を傾げた。

「あのチンピラさんとの交戦のことなら、一応、昨日のうちに魔法使いギルドのほうに報告しておきましたけど」

「え」

 オーウェンが言い、その場にいた者も一斉にこちらを振り向いた。

「シェリアなのに」

「今日は雨か?」

「俺、今日は早く帰って寝ることにするよ」

 ひそひそと囁き声。

 皆、ひどい言い様だ。

 黙々と資料に目を通していた局長も手に持っていた書類を置いて立ち上がり、ぽん、とシェリアの肩を叩いた。

「あまり無理はしないようにな」

「わ、私、どれだけ信用されてないんですか?」

 局長が首を傾げる。

「少なくとも、今日も、オーウェンに任された遣いは忘れて帰ってくるだろうと、確信していたが」

 おかげでまだ昼食にはありつけていない。

 それは……とシェリアがごにょごにょと口ごもる。

 オーウェンはシェリアの頭を小突いた。

「言い争うな。待たせるな。俺は早く、腹の虫を治めたい」

 部屋の扉を指差す。

「や、やっぱり怒ってるじゃないですか~」

 シェリアはそう言いつつ歩き出したオーウェンの後ろについた。


 ***


 カレヴィに関する報告を済ませたあと、魔法使いギルドが追っている魔法使いに関する情報を求めてみると、やはり「開示できない」という答えが返ってきた。

「極秘だと、申したはずです」

 昨日の新人らしき事務員とは別の者。

 淡白で素っ気ないその態度にオーウェンは頭に来て殴りかかろうと身を乗り出し、シェリアに止められた。

「カレヴィは、規格外の魔道具を使っているようだぞ。あんなもの、そこらの道具屋では売ってない。……というか、扱ってない。あんたたちが追っている魔法使いとやらから仕入れた物じゃないのか」

 捕まえて地面に組み伏せたあとにカレヴィが使った魔道具。

 オーウェンがカレヴィを放すと発動し、小さな爆発を起こした正体不明な道具。

 がっしりと押さえていたのだから、道具を取り出せばオーウェンにもすぐに分かるはずなのに、そういった動きはなかった。

 ……ということは、あらかじめ仕込んであったに違いない。

 カレヴィも「俺様にはうかつに触れないほうが身のためだぜ」と言っていたくらいだから、常時なんらかの逃亡用の手段を展開しているのだろう。

 しかしオーウェンの知る限りでは、見ても攻撃を食らってもさっぱり分からないなどというような都合のいい魔道具があるという話は聞いたことがない。

 しかも、そのときには深く考えなかったが、至近距離での爆発だったというのに、カレヴィのほうはまったく被害を受けていなかったような気がする。

 おそらくなんらかの保護壁を展開して爆発の巻き添えを食らうのを防いだのだろうとは思うが、しかしそうなるとその爆発を起こした魔道具とは別に、保護の魔法が組まれた魔道具が必要となり……もちろんカレヴィはそんなものを取り出すような素振りは見せなかったわけで。

「規格外ならば、自作したのではないですか?」

 魔法使いギルドの事務員が鬱陶しそうな顔をしてそう言う。

 おいちょっと待てよ、とオーウェンは今度こそ立ち上がった。

「てめぇ……、昨日対応した奴は新人らしかったから見逃してやったが、もしやあんたも新人なのか? 新人にしては随分と失礼な態度だが。……資料は読まなかったのか? カレヴィは魔法使いじゃないんだぞ」

 ――魔道具は、なんらかの魔法を道具に籠めたものだ。

 当然、作るには魔法に関する知識がいるし――なにより、道具に籠めるための魔法が使えるような魔力を持っていなければならない。

 魔法使いギルドは魔法使いに関して基準を設けていて、魔力の高さや習得している魔法の数などを基に魔法使いあるいは一般人の区別をつけるが、魔法使いでない者が魔道具を作ることはできない。

 法で定められているわけではない。

 能力が、ないのだ。

 魔道具が作れるほどの者ならば必然的に魔法使いに分類されるのだから。……魔法使いでないカレヴィは、自分で魔道具を作ることはできないはずなのだ。

 オーウェンの言葉に、事務員はしまったというような表情を浮かべる。

「てめぇの仕事をてめぇで把握してないんなら、持ってる情報は全部よこせ。てめぇらが追っている魔法使いとやらに関する情報もだ。そうでないならこっちに協力を求めようとするな」

 言った。

 シェリアは「あちゃあ、また先輩の事務員さんいじめが始まった」と呟いているが、この件に関しては完全に魔法使いギルド側に落ち度があるので、オーウェンはその言葉に対しては素知らぬふりをして、事務員を睨みつけた。

 事務員はしどろもどろになりつつ答える。

「そう言われましても情報の開示は手順を――」

「……ここに昨日受け取った資料がある。これを全部置いって、この件から手を引いてもいいんだが?」

「そういうことを勝手に決められましても」

「この件に関しては俺たちが局長から一任されているんだ。局長を除けば魔法ギルドで一番魔法に長けているのは俺だからな。なんならそちらの言うように、きちんと、きっちりと、手順を踏んで突っぱねてやってもいい」

 ぐっと事務員が詰まる。

 渡された資料では、魔法使いギルドは五度カレヴィと交戦しているらしい。オーウェンはカレヴィを捕まえたもののうっかりと逃げられてしまったが――魔法使いギルドのほうは、捕まえることもできずに軽くいなされてしまったようだ。

 五度の交戦、計十三人。

 昨日はシェリアを店に取り残してきたためにオーウェンは一対一でカレヴィとやり合う羽目になったが、魔法使いギルドは常に二人以上でカレヴィに挑んでいるらしい。

 それを、何度やっても退けられ。

 オーウェンに任せる直前には、五人で一気に襲い掛かったとか。

「俺がやっても敵わないかもしれないしな? 報告した通り、現に俺はカレヴィに負けてる。今のままだと二の舞を演じそうだ」

「……あなたともあろう方が、随分と弱気ですね。怖気付きましたか」

 事務員は苦し紛れにそんな言葉を並べてきた。

 挑発。

 どうやらこの事務員もオーウェンの顔は知っているらしい。

 やはり、新人ではないな、とオーウェンは思う。

「そう思うならそっちの情報も出してくれるよな?」

 事務員の言葉に、飄々と答えた。

 ため息。

「魔法使いの正体は我々にも分かりません」

 ぽつりとそう言った。

「その魔法使いの目的も」

 オーウェンは眉をひそめる。

「なんだそれは?」

「正体も目的も分からないなら、――つまり何も分かっていないってことですよね?」

 シェリアも首を傾げてそう尋ねた。

 その言葉に事務員は首を振る。

「……いいえ。違います。間違えました。目的は分かっているのです」

「あ? どっちなんだ」

「どっちもです。つまり、目的は分かっていて、『目的の目的は分からない』」

 ややこしい。

「要するに、カレヴィに絡んでいる正体不明の魔法使いがいて、最終目標は分からないもののその最終目標に至るまでの手段に問題があるってことか」

「ええ。その通りです」

 頷いた。

 話を聞くと、魔法使いギルドはその正体不明の魔法使いの目的――手段を、カレヴィの素行から知ったのだと言う。

 それで慌てて、カレヴィを捕らえて尋問して、魔法使いの正体を暴こうとしているのだと。

 オーウェンは尋ねる。

「その目的ってのは」

 事務員はまだ少しためらってから、「ドラゴンの死骸の入手です」と、声を小さくして言った。

 ドラゴンの死骸。

 魔物の王族とも言われるドラゴンという種族。その身体には高い魔力が貯留さるため、死骸は魔法使いたちの垂涎の的となる。

 禁術――公にできないような実験にはドラゴンの死骸が用いられることも多々あり、そういう事件の場合には、必ずと言っていいほど凶悪な「失敗作」相手にしなければならないわけで。

 正規の経路での入手ならばなんら問題はないのだが、そうではない闇市場を介しての入手である場合は、十中八九、禁術に用いられると思わなければならない。

 そして、例の正体不明の魔法使いも、カレヴィを通してドラゴンの死骸を入手しようとしているからにはそれをまっとうな研究に使用するとは考えにくい。

 使い道などいくらでもあるのだ。

 ――そんな重要なことを他所のギルドに任せるなよ。

 オーウェンは頭を抱えたが、事務員いわく、効率を重視した結果だという。

 本来ならば魔法ギルドか魔法使いギルドの本部が動くような事件。

 しかし、うだうだと手をこまねいているうちに、カレヴィにドラゴンの死骸を入手されたりしては困るのだ。

 もちろん本部には掛け合ってはいるものの、本部は本部で忙しない。

 そしてなんやかんやで動いた結果、魔法使いギルドの面々はカレヴィの捕獲に失敗しているわけで。

「で、仕方なく、局ちょ……俺たち魔法ギルドを頼ったってわけか」

「恥ずかしながら」

 事務員の言葉にオーウェンは唸る。

 与り知れぬ知識と知恵を持つ局長は、この件の詳細も、オーウェンに任せる前から察していたはずだが――それでもオーウェンに任せたということは、何か考えがあるのか。

 オーウェンには分からない。

「……さっきも言った通り、俺は昨日、カレヴィに負けてるんだ。――尽力はする。しかし、捕まえられるとは限らない。情報が欲しい」

「私個人の判断では提供できません」

「まだ言うか」

 なかなか手強い。

 一瞬また青筋が立ったが、とりあえず根気強く問い詰めていくことにする。

「……察するに、カレヴィはドラゴンの死骸そのものを探してるわけじゃないんだな? 闇市場にゃ眉唾な『ドラゴンの肉』がごろごろしているしな。……そうじゃないから、魔法使いギルドもカレヴィに目を付けたんだよな?」

 事務員はうっと詰まる。

 ドラゴンは特徴のある生き物だが、巨大なので、市場に出回るときにはたいていぶつ切りにされる。

 ぶつ切りにされてしまえば他の肉塊と見分けがつかない。

 いくら魔力が高く、他のものよりも存在が際立つ生き物であるとはいえ、ざくざくと細切れにされてしまっては、測定器で測るか――ただし魔力を測る測定器というのはべらぼうに高い器具である――、あるいはよほど勘の鋭い者でなければ、その魔力の緻密さを見分けることはできない。

 だから、他の魔物の肉をドラゴンの肉と称して売り捌く者も多い。……というか、たいていの「ドラゴンの肉」は、そうした偽物がほとんどだ。

 ――カレヴィは、それでは駄目だと。

 確実にドラゴンの身が手に入らなければ駄目だという行動をしているのだ、とオーウェンは見当付けた。

「どういうことですか?」

 シェリアが首を傾げる。

 オーウェンは言う。

「情報だ。カレヴィはドラゴンに関する情報を欲しがっているんだ」

 誰がどこでドラゴンの肉を入手したか、ドラゴンはどこで死んだか、誰がドラゴンを殺したか――。

 例えばそこに百のそれがあって、九十九の偽物に埋もれていようとも。

 突き詰めれば最後には本物にたどり着く。

「なるほど~。……でもそれ、徒労に終わる可能性が高くありませんか?」

「ああ。だから、魔法使いギルドは最近どこかでドラゴンが死んだってことを知ってるんじゃないかと思う」

「死んだんですか?」

「俺が知るか。推測だ、推測。――でもその通りなんだろ?」

 オーウェンは事務員のほうに目を向ける。

 事務員はさらに縮こまっていた。

 図星らしい。

「……死んだ、という情報だけです。いつ、どこで死んだか、死因はなんなのかなんて、知りませんよ。ましてや死骸の所在なんて」

 事務員はおずおずとそう言った。

 ふむん。

 頷く。

「分かった」

 オーウェンは重々しく口を開く。

「つまり何も分からないってことだ」

 事務員はオーウェンの言葉に呆れたような顔をする。

 そっちだって何も分からないくせに、と思うが、言い争っても仕方がないことなのでその表情は無視しておくことにする。

「……魔道具の出所は分からない、カレヴィさんと絡んでいる魔法使いの正体も分からない、ドラゴンの死骸の在り処も分からない。本当に分からないだらけですねぇ」

 シェリアがそう言う。

「だから、そう言ってるじゃないか」

 こちらには言い返しておく。

 とにかく厄介なのが、魔道具だ。

 オーウェンも昨日の一度きりで捕まえるのを諦めたりするつもりはないが、何か対策を立てなければどうしようもない。

 事務員はため息をついて言う。

「魔道具に関してはこちらも調べておきます。魔法使いギルドの、カレヴィと交戦した事務員に関して聞きたいのであれば、連絡しておきますので、そちらで本人の所を訪ねてください」

 どうやらこれ以上、有用な情報は引き出せないようだ。

 分かった、と頷いてオーウェンは魔法使いギルドをあとにすることにした。


 *** 


 だいぶ遅めの昼食を摂りながら、オーウェンはまた資料をめくる。

「どうやらカレヴィさんは、ドラゴン以外のものも探しているようですね?」

 シェリアも資料を覗き込み、もごもごと口を動かしながら言う。

 ――これも何故かオーウェンのおごりだ。

 オーウェンは乾涸びたパンを食べているというのに、シェリアのほうは、野菜と肉を挟みこんだパン。

 なんとなく理不尽。

 一応、「俺が支払うのか」と聞いてみたら、昨日と同じくきょとんとした目で見つめられてしまったので、早々と諦めることにしたのだが。

「ああ。どうやら人を探しているようだな」

 カレヴィが目撃された店を訪ねて聞き出したことだ。

 というより、聞き進めていくと、最近はドラゴンではなく、もっぱら人探しに専念しているらしい。

「探しているのは『女』」

「ええっと、『ぬいぐるみのようなものを常に持ち歩いている』」

「――『長髪で、ふりふりのドレスを着た』」

「『十歳くらいの』……」

 少女だ。

 しかもご丁寧に、美少女、と書いてある。

「ロ、ロリコンめっ!」

 思わず資料を握り締めて叫んでしまった。

 さすがに弁護できないです、とシェリアも呆れたように言う。

 シェリアも少女であると言えば少女であるのだが、こちらが「ぎりぎり少女」だとすれば、カレヴィが追っている少女は「純正少女」だ。

 とてつもなく若い。

 幼い。

 しかも美少女。

 シェリアとは比べ物にならない。

「……先輩、どうして私のほうを見てため息をつくんですか」

「不可抗力だ」

 オーウェンはふいっと顔を背けた。

 ふみゅ~っ、とシェリアが奇妙な鳴き声――泣き声を上げたが、オーウェンはそれを無視して資料を読むふりをする。

 しかし、資料に視線を落とすと、気になる注意書きが目に入った。

「なになに、この少女は当――魔法使いギルドが追っている魔法使いである疑いがあり、注意が必要だ?」

 そんな馬鹿な、とオーウェンは思う。

「え、悪女さんなんですか?」

 シェリアも驚いた表情。

 外見からはとても害のある少女には見えない。

 ぬいぐるみのようなものを常に持ち歩いている、ということを除いては、ごく普通の少女だ。

 どこにでもいるような少女。

 現に、辺りを見回せば、こちらに向かって駆けてきている少女がちょうど、どんぴしゃりでそんな格好で――。

「うわっ」

 ぶつかった。

 結構な衝撃を受け、食べかけのパンを放り出してしまい、ああ、と未練がましくそれを横目に見つめつつ、オーウェンはぶつかってきた少女もろとも後ろに転ける。

 尻餅。

 ……痛い。

「ごめんなさい」

 オーウェンが痛みを堪えて顔をしかめていると、少女が顔を上げて謝ってきた。

 少女と目が合う。

 目を見張るほどの美少女。

 少女愛の気など持ち合わせていないオーウェンも少女の顔に見とれて茫然自失したが、一瞬ののち、その美少女が眉をひそめてオーウェンのほうをじいっと見つめていることに気付いて我に返った。

 視界に違和感がある。

 ――転んだ拍子にサングラスがずれてしまったらしい。

「!」

 冷やっと背筋が凍る。

 大いにまずい。

 オーウェンは慌ててサングラスをかけ直し、美少女をやや手荒く引き離して立ち上がった。

 しかし、見られたはずである。

 不審そうな表情でまじまじと見つめていたのだから。

 フェアリーアイズ。

 琥珀色の瞳の、――その異変を。

 冷や汗を浮かしつつ恐る恐る少女に目を向けると、少女はまだこちらを見ていた。

「――だ」

 少女の沈黙にオーウェンは焦る。

 何か言わなくては、と。

「大丈夫か?」

 乾いた口を開いた。

 オーウェンを真っ直ぐに見たまま、少女はこくんと小さく頷いた。

 そうか、それは良かった、本当に良かった、いやあ一安心だ、とオーウェンは口早に意味のない言葉を紡ぐ。

 少女は――。

 オーウェンの顔に両手を伸ばして――身長が頭一つ半ほど違うので、背伸びをして爪先立ちもしているようである――、そっと、指先で頬に触れた。

 時が止まったかのように。

 抵抗できず。

 オーウェンは、少女に魅入られた。

 ――灰色の双眸。

 少女はフェアリーアイズ「ではなかった」。

「ごめんなさい」

 ぽつりと呟き。

「本当に――」

 少女が口ごもる。

 なんだ? とオーウェンは首を傾げる。

 どうやらぶつかったことに対して謝っているわけではないらしく、何か言いたそうな様子をしている。

 オーウェンは少女の言葉を待つ。

 ――しかし少女は何も言わず、ふいに、はっと気が付いたように手を引いて、警戒するように後ろを振り返った。

 つられてオーウェンもそちらに目を向ける。

 少女が駆けてきたその方向。

「待ちやがれ、この小娘!」

 柄の悪そうな男の声がした。

 聞き覚えのある声。

 その男は人ごみを掻き分けて駆けてきて、立ち止まっている少女の姿を見つけると、なにやら悪そうな笑みを浮かべて足を速め、さらに数歩ほど進んだところで、少女の後ろに立つオーウェンに気付いて視線を上へとやり――。

「あ」

「……あ?」

 かち合った視線の二人、間の抜けた声を上げた。

 ――カレヴィ。

「あらら、チンピラさんなカレヴィさんですね~」

 シェリアが緊張感なくのほほんとそう言う。

 カレヴィのほうは、オーウェンの顔を見たままゆっくりと口を開き――。

「やっべ……!」

 開ききったところで我に返って逆方向へ。

「このっ、待ちやがれ!」

 オーウェンも駆け出す。

 このやりとり、昨日もしたような気がするが。

「先輩~! この子はどうするんですかっ」

 駆け出したオーウェンの背中にシェリアが声をかける。

「――――」

 一瞬、振り返り。

「放っておけっ。カレヴィのほうに専念しろ!」

 そう言った。

 おそらくこの少女こそが資料に書かれている美少女とやらなのだろうが、なにしろこの美少女は、カレヴィに追われているのだ。

 魔法使いギルドはこの少女こそが、ドラゴンの死骸を求めている魔法使いだと思っているらしいが、それならば、取引相手であるカレヴィがこんなふうに少女を追っている理由が分からない。追われる理由がない。

 だからオーウェンは、ともかくカレヴィを捕まえることにしたのだ。オーウェン一人では昨日のように失敗するかもしれないので、少女のほうは諦めよう、と。

 事情はカレヴィを捕まえて聞き出せばいい。

「援護しろ、俺の周りに保護壁を展開しろ。そんでそのまま維持!」

「えっ、ええっ! 無理ですよ、止まっていただかないと! そんな高度な技術はありませんよぉ」

「んなもん、気合でどうにかしろっ」

「そ、そんなあっ」

 シェリアが涙目になりつつオーウェンを追う。

 基本的に、保護の魔法は結界のような性質を持つので、「人」ではなく「場所」を対象に展開する魔法なのである。

 オーウェンの言う維持というと、すなわち追尾のことだ。――追尾にはいちいち魔法の展開場所を推移させなければならないので、精密な展開技術が要されるし、魔力の消費も半端ではない。

 もちろん人の特定の部位を目標として魔法を展開することも不可能ではないが、それはそれで難易度が高い。

 ちっと舌打ちをして、そのまま、カレヴィに迫る。

 昨日のようにまた魔道具の罠を掛けてくるかと覚悟したのだが、どうやらカレヴィは人気の多い場所ではあまり魔道具を使いたくないらしく――他人の迷惑を考えてのことではなく、単に一般人のせいで誤爆して魔道具を無駄に消費するようなことを避けたいからだと思うが――、攻撃はなく、追いついた。

 呪文を唱える。

 ――ぼこっと地面が盛り上がった。

「うわっ」

 カレヴィが転ける。

 オーウェンは、追撃。

 拳に眠りの魔法を乗せ、起き上がったカレヴィに攻撃を加える。

 カレヴィがまた何かの魔道具を使っているらしく、ぱちっと小さな電気が散るのを感じたが、シェリアが保護壁を上手く張っているのかはたまたカレヴィの魔道具の威力が弱いのか――たぶん後者だろうが――、昨日と同じく効き目は薄く、そのまま、殴った。

 魔法を一時的に物体に乗せるのは魔道具を作るのと同じような仕組みだ。

 しかし、魔道具よりは簡単。

 乗せられた魔法の効果は元の魔法よりも若干弱くなるが……オーウェンの拳打をもろに食らったカレヴィは、ふらっと傾いだ。

 倒れまいと耐える様子を見せながらも、またばったりと倒れる。

 ――この様子からすると効き目は数十秒程度だろうか。

 その隙にオーウェンは鞄の中から縄を取り出した。

 しゃらっ。

 軽やかな金属音。

 魔法の効果を弱める特殊な鉄を編みこんだ、対魔法使い用の捕獲縄だ。

 よほど強力な魔法である場合にはあまり用を成さないが、カレヴィのような、魔道具使いが使う道具程度のものならば、完璧に発動を封じることができる。

 意識が戻らないうちにふん縛ってやった。

「おおおお前、またお前か! 卑怯だぞっ……!」

 カレヴィが吼える。

 オーウェンはカレヴィを見下して言う。

「何を言ってやがるこの変態め。年端もいかない美少女を追っかけ回しているお前が、俺のことを、卑怯だと?」

「お、俺の趣味で追っかけ回してるわけじゃねえよッ」

 ぶんぶんと首を振って、そう否定した。

 ……まあ、言い訳は牢屋の中に放り込んでからゆっくりと聞くとして。

 オーウェンは後ろを振り返る。

「シェリア」

 振り返りつつ、その名を呼んだ。

 しかし、そばにはいない。

 ――まだ、へろへろとオーウェンが来た道を走ってきていた。

 そして到着するなり、はああっと深い息を長く長く吐きつつ、ぺたんと地面に膝をついて座り込んだ。

「情けないな。……これくらいで根を上げるとは」

 オーウェンは言った。

 シェリアは恨めしげにオーウェンの顔を見上げる。

「そんな、先輩、ひどいじゃないですか、保護の魔法を、気合で、維持しろって言ったのは、先輩なのに」

 息も絶え絶え。

 一応努力はしたらしい。

「……追尾だと? 鬼か、お前は」

 オーウェンとシェリアを見比べて、カレヴィも呆れたようにそう言った。

 魔法使いでないカレヴィでも、保護の魔法の座標を推移させることが困難なのは容易に分かるらしい。

 しかしオーウェンはとりあえずその言葉は無視しておくことにする。

「シェリア。お前、浮揚の魔法は使えたか?」

「浮揚……。一応使えますけど、何に使うんですか?」

「こいつを眠らせて、運ぼうと思って」

 オーウェンはカレヴィを指した。

 ――カレヴィのような小悪党は、縄をかけた後でも足蹴りやら頭突きやらをかましてくるので油断できないため、素直に自分で歩いてもらおうなどとは思わないほうが身のためなのだ。

 ぶんぶんとシェリアは首を振った。

「無理ですよー、重すぎますぅ」

「おい待て重いとはなんだ! 人を見かけで判断するんじゃねえ」

 カレヴィがまた吼える。

「じゃあ軽いのか?」

「おうよ。少なくとも実家で飼ってた牛よりは軽い」

 重そうだ。

 ため息。

 ちなみにオーウェンは浮揚の魔法は使えない。

 浮揚の魔法だけでなく、浮遊に関する魔法全般が苦手なのだ。

 こう、浮遊というと、ふわふわしているような、柔らかそうな感じがどうも、女々しいというか……可愛らしくて。

 性に合わないので真面目に習得する気になれなかったのだ。

「そうか。それならまあ仕方がないな」

 オーウェンはそう言って頷いて、カレヴィに眠りの魔法をかけた。

 昏倒。

 あちゃあ、どうするんですか? とシェリアが尋ねてきたので、どうもこうもないと返事をして、オーウェンはカレヴィを担ぎ上げようと試みる。

 くそ重い。

 早々に諦めた。

 オーウェンは言う。

「うん、つまりあれだ。――魔法使いギルドの連中を呼んで来い。浮揚の魔法が使える奴か、あるいはこいつを運べるくらいの人員を。人目が痛いから、なるべく早く呼んできてもらえると助かる」

 じろじろと見られているのだ。

 どうやら昨日のオーウェンとカレヴィ――と自警団の兵を巻き込んだ交戦については街の者に知れ渡っているらしく、今日は、人だかりはできなかったが。……ちらちらと、よそよそしくこちらを気にしてくる様子がなんとも不愉快だ。

 分かりました、と言ってシェリアは魔法使いギルドのあるほうへ駆けていった。

 手持ち無沙汰。

 カレヴィの魔道具について調べてみるのもいいが――うかつに触れて魔法を発動させると厄介な気がするので、どうも気が乗らない。

 どうしたものかと首を傾げていると、横のほうから声をかけられた。

「やあ、オーウェン」

 知っている声。

 ――ヘルガ。

「奇遇だな」

 オーウェンも応える。

 診療所ではなく街の市場でヘルガに会うのは初めてだ。

 市場だというのに白衣のままのヘルガにはどうも違和感を感じるような、いやしかしヘルガらしいような、微妙な感じだ。

「奇遇……、か」

 ヘルガが意味深な笑みを浮かべる。

 ――奇遇だよな? オーウェンはヘルガの笑みに首を傾げるが、まあおそらく深い意味はないだろうと思ったので、それについては尋ねない。

 ちらりとヘルガは視線を落とす。

「今日は上々なようだな」

「まあな」

 カレヴィのことである。

 ふむ、とヘルガは頷いてオーウェンのほうへ視線を戻す。

「――相方がいないようだが?」

「ああ、魔法使いギルドの連中を呼びに行かせたんだ。俺ではこいつは運べないからな。もうすぐ戻ってくると思うが――シェリアに何か用なのか?」

 オーウェンの言葉にヘルガは首を振る。

「いいや。ただ、状況を把握しておきたいと思って」

「うん?」

 またもや意味深な言葉。

 眉をひそめるオーウェンに、なんでもない、とヘルガは言った。

 オーウェンが考えあぐねて口を開きかけると、遠くから「先輩~」とシェリアが呼ぶ声がした。

 魔法使いギルドの事務員と思われる者が数名、シェリアの後ろをついてきていて、地面に転がっているカレヴィを目にすると、そのうちの一人が「うわ、本当にやったのか」と驚いたように口を開いた。

 オーウェンは魔法使いギルドに顔を知られているが、オーウェンのほうも、魔法使いギルドの一部の人員と面識がある。

 知っている顔。

 資料に書かれた、カレヴィと交戦して退けられたという魔法使いの一人だ。

「おう、任せていいか」

「ああ」

 オーウェンの言葉に魔法使いギルドの事務員は頷いた。

 シェリアがオーウェンのそばに寄ってくる。

「先輩先輩、急いで呼んできましたよ」

 存分に褒めろと言いたいらしい。

 オーウェンはシェリアの頭に片手を乗せ。

「そうかそうか。偉いぞ。これを俺の昼食を買いに行くときにもやってくれたら完璧だったんだがな?」

 ぐしゃぐしゃと混ぜっ返した。

 んにゃにゃっ、すみません、と奇声。

 涙目のシェリアをいじっていると、ふわりと背後で空気が軽くなった。

 振り返ってみれば、ぐったりと失神したままのカレヴィが仰向けになって宙を浮いていた。

 浮揚の魔法。

 魔法使いギルドの一同の誰かが唱えたらしい。

 ……これ以上、オーウェンの出番はなさそうだった。

 見世物じゃねえぞ、と集まりかけていた野次馬たちに一喝してから、「帰るぞ」と言ってシェリアを伴ってその場を離れる。

 ふっとヘルガが笑った。

「……まあ仕方がないか」

「ん?」

「油断についての話だ。最後の最後で気を抜くと、痛い目に遭う」

 意味深。

 ……最後もなにも、すでに済んだ話だ。カレヴィは気絶してしまっているのだし、油断のしようもないだろうに、とオーウェンは思う。

 オーウェンが怪訝な表情をすると、また「なんでもない」とヘルガは首を振った。

 すっとヘルガがその場を離れる。

「ヘルガさん、また今度~」

 シェリアはぶんぶんと手を振ってそれを見送る。

 オーウェンはヘルガの様子が気になったので姿が見えなくなるまでじっと見つめていたが、シェリアが不思議そうな表情で「帰らないんですか?」と尋ねてきたので、ふいっと顔を逸らして、魔法ギルドへと戻ることにした。

 しばらく歩き――。

 気のせいだったか、とほっと息をついた、その瞬間。

 かっと背後で閃光が弾けた。

「な……っ」

 オーウェンはすぐさま駆け戻る。

 その現場。

 ――魔法使いギルドの面々が全員、倒れて気を失っていて、縄で縛られて地面に転がっていたはずのカレヴィの姿も、消えていた。

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