猫な彼女
「、、、ふぅ」
男は緊張をほぐすようにため息をついた
この短髪の男は、あるアパートの部屋の前にいた インターホンを押す一歩手前である
その部屋に住んでいるのは、全く面識のない大学生の女だ
その情報だけは男の頭の中にあった
ちなみにこの男は別にセールスマンとかではない
この部屋に住んでいる女と同じ、大学生である
聞くところによると、女は男の一つ年下らしい
そんな年下女の部屋のインターホンを今から押さねばならなかった
別に押したくもないのに、である
この男の名は【瀬戸秋也】
大学生になってから上京し、1人暮らしを始めた男である
住んでいるアパートの大家は父親の知り合いで、特別に何かと優遇してもらっていた
上記のような状態になる約30分前
学校もバイトも休みの瀬戸は、買い物に出かけていた
何日か分の食料を買い、スーパーの袋を両手に家路についていた
「はぁ、、、買い物とか、めんどくせえなぁ」
ため息をつき、情けない事を呟く
「自炊ってヤツがこんなに面倒だとはなぁ、、、てゆうかしてないけど」
両手の袋に入っているのは魚の缶詰めや、惣菜のサラダなど、最初から完成しているモノばかりだ
「まあ栄養バランスは大丈夫だと思うけど、、、あったかいもんくいてえなぁ、温度の話じゃなくて、、、こういう時にお袋の大切さがよく分かる、、、」
瀬戸はため息混じりにそう呟き、路地裏に入った この路地裏の先に瀬戸が住むアパートがあるのだ
「ニャァ~」
すると、路地裏の狭い隙間から猫の鳴き声が聞こえた
「ん、、、お、今日もいるじゃねえか」
瀬戸はしゃがみ、手で猫を呼んだ
その猫はトラ柄で、全身黄色っぽいのとオレンジ色っぽいので包まれていた
人懐っこく、瀬戸の手にもすりついてきた
「お前、やたら人懐っこいし、毛並み綺麗だし、、、誰かに飼われてんな~」
瀬戸はしゃーっと全身を撫でた
「じゃあな」
瀬戸は立ち上がり、猫に別れを告げた
猫が好きな瀬戸にとって、なかなかの至福の時間だった
その路地裏を抜け、少し歩くとアパートが見えてくる
瀬戸が住んでいるアパートは2階建てだった
1階部分が白、2階部分が黄色になっていて洋風な感じだった
とは言っても決してオシャレな訳ではない
安っぽい、という表現は失礼だが、あまり好ましくない年季の入り方をしていた
瀬戸は一階の角部屋に住んでいた
アパートの前まで行くと、誰かが瀬戸の部屋のインターホンを押していた
「ん、、、?」
瀬戸が目を凝らすと、向こうも気づいたようだ
「あっ、、、瀬戸君!」
そう名前を呼んだのはこのアパートの大家だった
「大家さん、、、どうかしましたか?」
瀬戸は部屋の前まで行き、大家に訊ねた
「いや~、、、まあどうというか、、、ねえ?」
くねくねと誤魔化した言い方をする
この大家が、瀬戸の父親と友人の大家である
色白で痩せていて、どうにも頼りない様子だ
年齢は40代後半だがもう一回りは若く見える
ちなみに大家は瀬戸の父親の事も[瀬戸君]と呼んでいた
「とりあえず、、、このカステラ、一緒に食べないか?」
大家は両手でカステラの箱を持ち上げた
「おっ、いいんですか?是非頂きたいっすね」
瀬戸は嬉しそうにそう言うと、大家を部屋へ招き入れた
麦茶を用意し、2人はカステラを食していた
「美味いっすねえこれ、、、甘くて」
瀬戸はパクパク食べていた
「そうかい、、、それは良かったよ」
大家はゆっくりとカステラを口にしていた
「いやホント美味いなぁ 丁度、3時のおやつですね!」
瀬戸が時計を見ると、昼の3時を少し回っていた
「、、、、、」
大家はチラチラと瀬戸の様子をうかがっていた
「、、、どうかしたんすか?大家さん」
少し様子がおかしい大家に瀬戸は訊ねた
「、、、実は、瀬戸君に頼みたい事があってねぇ、、、」
大家は申し訳なさそうに頭をかきながら言った
「頼みたい事、、、ですか?」
「うん、、、瀬戸君の隣の部屋の人の事なんだけど、、、」
「えぇ!?嫌ですよ!隣人関係の事は!」
瀬戸はすぐに拒否した
「ま、ま、そう言わずにさぁ、、、」
大家は穏やかな喋り口調で瀬戸をなだめる
「あのね、実は、、、瀬戸君の隣に住んでる人、、、」
大家は急に声のトーンを落とし、真剣な雰囲気になった
「え、、、は、はい」
瀬戸もつられて緊張した面もちになった
(家賃滞納者かな、、、やっぱり【ヤ】のつく人、、、?それともよくキレる最近の若者、、、?それかちょっとめんどくさいご老人か、、、?)
瀬戸は色々と想像をめぐらした
そんな中、大家はゆっくりと口を開いた
「、、、猫を飼ってるんだよ、、、」
「、、、は?猫、、、?」
瀬戸はキョトンとした声で答えた
「うん、、、瀬戸君も知ってるだろ、、、?ここは猫や犬、ペット全般は禁止なんだよ、、、」
大家は眉間にシワを寄せながら困った表情で言った
「い、いやまあ、、、知ってますけど、、、」
瀬戸は拍子抜けした様子だった
「だから、、、瀬戸君、私の代わりにバシッと言ってくれないかい、、、?」
「え、、、?」
瀬戸は思わず聞き返した
「あの、、、頼みたい事ってそれですか、、、?」
「うん、、、ずっと困ってたんだ、、、」
「ちなみに隣にはどんな人が、、、?」
「女子大生だねぇ、、、」
「はぁ!?女子大生!?」
「えっ?う、うん、、、」
瀬戸が急に声を荒げた為、大家はビクッと体を震わした
「だったら大家さんが自分で言ってくださいよ!俺、てっきりヤのつく人かと、、、」
「む、無理無理無理!無理だよ!言える訳ないじゃないか!」
大家は首と手を激しく振りながら言った
「なんでなんすか!大家さんからしたらめちゃくちゃ年下じゃないすか!」
瀬戸は全く納得いかず、大家を問い詰める
「だ、だって、、、もしだよ?もし僕が行って注意して、、、」
〔なんだよアンタ、めちゃキモなんだけどー〕
〔オヤジがうっせえんだよ あと18歳分若返ってからこい加齢臭ヤロー〕
「な、なんて言われたら、、、もう僕半年と2ヵ月ぐらいは部屋から出れないよ、、、」
大家は頭を抱え、震えながら言った
「い、いやでも相手は女の子だし、、、」
「若い女の子に言われるのが辛いんじゃないかぁ!」
大家はヤッキになって言い返した
「う~ん、、、つうか、猫ぐらいいいじゃないっすか?俺、猫好きだし」
「僕は嫌いなの!」
大家は間髪入れずに言い返した
「でもなぁ、、、お隣さんとはあんま揉めたくないし、、、」
瀬戸は頭をかきながら困った様子で言った
「頼むよ~、、、君のお父さんからも言われてるんだ 言うこと聞かない時は容赦なく追い出してやってくれって」
「え、、、なにさらっと脅してんですか!」
「お願いします!他の住人から苦情来る前にさ!」
「う~ん、、、」
両手を合わせて頼み込む大家に、瀬戸はしぶしぶ了承した
そうして冒頭に戻る
「、、、ふぅ」
瀬戸は緊張をほぐすようにため息をついた
「確か、、、年齢は俺の1つ下か、、、」
瀬戸は大家から聞いた情報を頭の中でまとめる
(大家さん、、、カステラ食ったらさっさと帰っちまうし、、、せめて一緒に来てくれよな)
瀬戸はため息をついた
「名前は、、、川野由夏、か、、、」
瀬戸は大家から聞いた名前を表札で確認し、改めて息を整えた
(よし、、、!)
思い切って、インターホンを押す指に力を加えた
ピンポーン
「、、、、、」
音が部屋の中と瀬戸の耳に響き渡る
(、、、緊張してきた、、、)
瀬戸は胸を押さえ、気を落ち着かせる
ガチャ
すると目の前のドアが開いた
「、、、何か?」
中から出てきたのは女子大生の川野由夏だった
上下灰色のスウェットを着用し、髪は寝癖がついたまま
更に妙なメガネをかけていた
(え、、、なにそのメガネ、、、漫画とかにしか出て来ねえような渦巻いてるメガネだ、、、)
瀬戸はそのメガネに呆気にとられていた
「、、、何か?」
川野は不機嫌そうな様子でもう一度訊ねた
「あっ、、、お、俺、隣に住んでる瀬戸秋也ってモンなんだけど、、、」
「はぁ、、、」
川野はぼーっとした様子で頷く
「あ、あのさ、、、君、猫飼ってるだろ、、、?」
瀬戸はおそるおそる川野に訊ねる
「、、、、、」
川野はメガネ越しにじーっと瀬戸を見る
「ここ、猫とか犬とか、ペット飼うの禁止だからさ、、、あんま良くねえんじゃねえかと思って、、、」
「飼ってないですよ」
川野はたどたどしい喋り方の瀬戸の言葉を遮った
「、、、え?」
「私、猫とか飼った事一回もないですし、、、飼おうとか思った事もありません」
「え、、、そ、そうなの?」
瀬戸は驚いたと同時に気まずくなった
ニャァ~
すると川野の部屋の奥からそんな声が聞こえてきた
「あ、、、ご飯かな」
川野は小さい声でそう呟いた
「え、、、?」
瀬戸はもう一度驚き、耳を疑った
「それだけですか?では、、、」
「ちょっ!ちょっ!ちょっと待って!」
ドアを閉めようとする川野を瀬戸は足を挟んで止めた
「え、、、まだなにか?」
川野はめんどくさそうに訊ねる
「いや、、、今、猫らしき声がしたもんで、、、あれ?気のせい、、、」
ニャァ~
「ではないよね!猫いるでしょ!」
「え?まあ猫いますけど、、、なにか?」
「なにかじゃねえよ!その話をしにきたんだろ!」
とぼけた態度の川野に瀬戸もイラつきだした
「そうは言われましても、、、遊びに来てるんですよ」
「、、、は?なにが?」
「ですから猫が、です」
「、、、遊びにって、、、」
瀬戸は川野の態度にたじろいだ
「友達なんですよ 友達が遊びにくるぐらいいいでしょ?」
「いや友達って、、、てゆうか夜まで普通にいるんだろ?その友達 じゃあそれは飼ってるっていうんじゃ、、、」
「じゃああなたは友達を家に連れて遊ぶ時、昼しか入れないんですか?夜になったら追い出すんですか?」
「う、、、」
「夜まで遊んだり、ご飯食べたりしたら友達を飼ってる事になるんですか?たまに泊まったりしちゃダメなんですか?大家さんに許可もらったりするんですか?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくれよ、、、」
ガンガン言い責めてくる川野に瀬戸は全く追いつかなかった
「落ち着いてますけど」
川野は小さくため息をついた
「つまりさ、、、猫とか、家に入れちゃダメなんだよ」
「、、、友達を家に入れちゃいけないと、、、」
「えぇ!?なんでそうなるんだよ!」
「そういう事ですよね 私は猫しか友達がいませんし、、、その唯一の友達を家に呼んじゃいけない、、、そういう事ですよね」
「う、、、」
(なんだよこいつ、チョーめんどくせえよ、、、)
瀬戸はこの会話をする事にうんざりしていた
「まあ、、、俺も猫は好きだから、気持ちは分かるけど、、、」
瀬戸はため息混じりに呟いた
「、、、あなた、猫が好きなんですか、、、?」
「え、、、お、おう」
「、、、それは嘘ですね」
「は、、、?な、なんでだよ!そんな事まで決められる筋合いはねえぞ!」
「いいえ あなたは猫好きではありません」
川野は下を向き、ゆっくりとメガネを外した
「何故なら、、、猫好きは絶対に、猫を飼ってる、なんて言い方はしません」
川野は顔を上げ、メガネを外した顔で瀬戸に言い放った
「え、、、!?か、かわ、、、」
「、、、かわ?」
「あ、いや、、、」
(なんだこいつ!メガネ外したらめちゃくちゃかわいいじゃねえか!)
瀬戸は急に目を合わすのが恥ずかしくなってきた
「今、私の名を呼ぼうとしましたね 確かに私の名は川野です なにか言いたい事があるならおっしゃってください」
川野はキッと睨みながら寄りつめた 背が低い為、瀬戸の顔を見上げるような形になる
「い、いや、、、」
(ち、近寄んなよ、、、)
瀬戸は自分と川野との間に手を入れ、距離を置こうとした
ニャァ~
すると川野の部屋の中から、猫が玄関まで出てきた
「あ、、、トラ吉 向こう戻って」
川野は猫と話す時は、高い声で喋っていた
「トラ吉、、、あっ!」
瀬戸はその猫を見てピンときた
「?」
川野は不思議そうに振り返り、瀬戸の方を見る
「お前、、、路地裏の横にいつもいる奴だろ!」
瀬戸は先ほど見た光景を思い出していた
「え、、、トラ吉と知り合いなんですか?」
「まあそうだけど、、、」
瀬戸はにやつきながら呟いた
「、、、なに笑ってるんですか?」
川野は不思議そうに首を傾げる
「くくっ、、、いや、良い名前のセンスしてるなぁって、、、」
瀬戸は笑いをこらえながら言った
「なっ、、、」
川野はかぁーっと赤くなり、恥ずかしくなった
「う、うるさいですね 初対面の人間に失礼です!てゆうかさっさと帰ってください!」
川野は瀬戸の手を払い、玄関を閉めようとした
「あっ、ちょ、、、」
ウニャァォ~
するとトラ吉が瀬戸の足元までやってきた
「あ、、、トラ吉、危ないから」
トラ吉は、川野の言葉を無視し、瀬戸にスリスリする
「おーおー、どした?」
瀬戸はしゃがんでトラ吉の頭を撫でる
「へへっ、やっぱどっかの家で飼われてると思ってたんだよ こいつ小綺麗だし、全然痩せこけてねえから」
瀬戸はトラ吉のアゴを掻いたり、全身を撫でたりしている トラ吉は気持ちよさそうだ
「だから飼ってませんって ほらトラ吉、おいで」
川野はしゃがみ、玄関の中から声をかける
だがトラ吉は全く動かず、瀬戸に懐いているようだ
「、、、ちょっと もう帰ってくれます?」
川野はキッと瀬戸を睨む
「え?でも、トラ吉ついてくるぜ?」
「、、、、、はぁ」
川野はため息をついた
「とにかく、玄関前だと目立ちますから、中入ってください」
「え、、、中?」
「はい」
「、、、、、」
玄関のドアを閉め、瀬戸は靴を履いたまま立っていた
「トラ吉が離れるまでそこにいてくださいね」
川野はさっさと部屋の中に入って行った
「なんでだよ!てゆうか中入って行くな!」
「んも~、、、いちいち騒がしい人ですね」
川野はそう答えるが、玄関まではやってこない 奥から声だけが聞こえた
「じゃあもうペット禁止だとかなんとか言わねえから家に帰してくれ!」
「だからダメですってば トラ吉がついて行ったらどうするんですか その時に誰かに見られたりしたらまた面倒な事になります」
「だったらお前、こいつ抱っことかしろ!」
「無理やりして、私がトラ吉に嫌われたらどうするんですか?」
「知らねえよ!」
瀬戸は不毛なやり取りにため息をついた
「、、、はぁ、分かったよ、、、こいつもその内、そっちに行くだろうしな」
瀬戸はもう一度しゃがみこみ、すり寄ってくるトラ吉を撫でる
「、、、なぁ、一つ聞いていいか?」
瀬戸は、姿が見えないが奥の部屋にいる川野に話しかけた
「、、、なんですか?私が答えたくない質問には答えませんが」
「お前さっきさ、、、飼う、って言葉に反応してたけど、、、なんでだ?」
「、、、別に大した理由はないですよ 私は小さい時から、、、猫を飼ってる、なんて思った事、一回も無かっただけです」
奥の部屋から川野の声だけが聞こえてくる
「、、、そうなのか、、、?」
瀬戸はその説明にあまりしっくりこなかった
「おかしいじゃないですか 飼ってる、なんて表現、、、別に捕まえて縛り付けてる訳じゃないんですし、、、ただ知り合って、一緒に住んでるだけですから」
「、、、ふ~ん」
瀬戸はトラ吉の頭を撫でながら相槌を打つ
なんとなく川野の言いたい事が分かったような気がした
ニャウ~、ニヤァ~
トラ吉は2、3歩廊下を歩き、瀬戸を見て鳴く
「ん、どした?」
瀬戸はトラ吉の目をじっと見てみる
どうやら部屋の奥へ誘っているようだ
「へっ、、、ダメダメ 俺入れねえからさ」
瀬戸は手を振りながらトラ吉に言った
「トラ吉、、、?」
すると川野が奥の部屋から顔を出した
ニャオウ~ ニャァ~
トラ吉は川野に向かって鳴いた
「うんうん、、、」
川野は頷きながら聞いている
「えっ?なんて言ってるか分かんの?」
瀬戸は驚きながら川野に訊ねる
「正確には分かりませんよ でも雰囲気でだいたい分かりませんか?」
「まあ、、、なんとなくはな」
「仕方ありません 入ってください」
「え?」
「あなたはトラ吉のお気に入りみたいですね、、、」
川野はため息混じりに言いながら部屋に戻っていく
「え、、、?」
「なにしてるんですか?トラ吉が誘ってるんですよ まさか断るんですか?」
川野はひょこっと半分だけ顔を出し、瀬戸を睨む
「い、いや、、、いいけど、、、いいの?」
「トラ吉のお願いですからね」
川野はそう言うと、部屋に戻った
「そうか、、、じゃ、お邪魔します、、、」
瀬戸は改めてそう言いながら靴を脱いだ
トラ吉に先導され、部屋までの一本道を歩く
「まさか飼っ、、、あ、いや、遊びにきてる猫ってのがお前の事だったとはなぁ~」
瀬戸はトラ吉の背中を見ながら言った
部屋の前まで行き、ドアを開けずに立ち止まった
「、、、、、」
(やっぱ、、、ちょっと緊張すんな、、、女の子の部屋な訳だし、、、)
瀬戸は深呼吸し、息を整える
ニャ~ウ
早く開けろ、と言わんばかりにトラ吉が鳴いた
「ちょ、ちょっと待てよ、、、心の準備がまだなんだよ」
瀬戸はもう一度息を整える
「、、、よし」
瀬戸は小さい声でそう呟き、ドアに手をかけた
「し、失礼します、、、」
瀬戸はサッとドアを開けた
「、、、え」
瀬戸は目を丸くして驚いた
部屋にはまだ、猫が5匹もいたのである
そこにトラ吉も紛れ、6匹になった
「あ、、、その辺テキトーに座ってください」
川野はその中の猫2匹と同時に遊んでいた タイプの違う遊び道具2つを器用に使いこなす
「あ、、、う、うん」
瀬戸はとりあえずガラス製の透明なテーブルの奥に座った
座るとすぐにトラ吉が、瀬戸の胡座をかいた足の上に乗ってくる
「、、、随分トラ吉に好かれてますねぇ」
川野はパタパタと道具を使いながら瀬戸に話しかける
「そうだな、、、確かに、外で会う時もいつもスリスリしてくるしな」
「、、、へぇ」
川野の表情は分かりやすいほど曇った
「、、、?」
「ちょっと危ないですね、、、最近は変な人多いって聞きますし、、、外ではもっと警戒心を持ってもらいたいです」
川野は遊ぶ手を一切止めずに言った
「、、、確かに、、、なんかすげえなぁ」
瀬戸は感心したように言った
「? 何がですか?」
「俺なんかはさ、トラ吉にスリスリされて、かわいいなぁこいつ、ぐらいしか思わなかったんだよ でもお前はちゃんとその先まで考えてて、、、よっぽど、猫が好きなんだろうなって」
瀬戸はゴロゴロ鳴っているトラ吉を撫でながら言った
「、、、私にとっては普通なので」
川野は特に表情を変えず、猫と遊んでいた
「じゃあやっぱりさ、ペットショップとかの猫のコーナーとかよく行くのか?」
「私はペットショップは大っ嫌いですね なんだったらペットって言い方も嫌いです」
川野は瀬戸の言葉をバサッと切った
「あ、、、そう?」
「あんなの、、、おかしいですよ 病んでますよ、、、地獄みたいです」
川野と遊んでいた猫はそろそろ飽きたのか、2匹とも遊ぶのを止めた
「、、、あんなゲージに入れられて、、、そもそもあの子達は、どうやってあの店頭に並んでいるんですか?狭いゲージに何時間も入れられてトラックに揺られて、、、想像したくもないです」
川野は悔しそうに強く下唇を噛み締めた
「、、、、、」
その言動や態度から、川野の猫に対する思いが強く伝わってきた
「じゃあ、、、あれか?保健所とか行って猫引き取ったりとか、、、」
「私はした事ありませんしこれからもしません」
川野はまた瀬戸の言葉はバッサリ切る
「だって、、、目の前にいっぱいいるんですよ、、、?全員なんて無理ですし、その中から生きる子を選ぶなんて、、、そんな神様みたいな事、私は出来ません、、、」
川野は長イスの形になっているソファーに直接座らず、地面に座ったままもたれた
「でも、、、それが出来る人はすごく尊敬しますし、これからも続けて欲しいと思います、、、」
「そっか、、、じゃあ、いわゆる捨て猫とかは、、、」
瀬戸は順番に思いつくままに言ってみた
「、、、もし見かけたら、、、家まで連れて帰るかもしれません」
川野は膝を曲げ、半分だけ顔をうずめた
「でも、、、それを考える度いつも思うんです、、、私は、この子しか連れて帰れない、、、世界中には、今も寒がって、怖がってる子達がいっぱいいるのに、って、、、」
川野は目線を下げ、虚ろ気な表情で言った
「、、、結局、どれもこれも逃げてるだけですけどね、、、自分の力ではどうにもならないから目を逸らしてるだけ、、、何の解決にもなってません」
川野は少し開き直ったような言い方だった
「そんな事ないと思うぞ?」
「、、、え?」
瀬戸からの意外な言葉に川野は顔を上げた
「全然逃げてなんかねえよ そこまでちゃんと向き合って考えてんじゃねえか」
「、、、、、」
川野は驚いた表情で瀬戸を見る
「解決にはなってねえかもしんねえけど、、、逃げてるなんて事は絶対ねえ」
瀬戸は力強くそう言い放った
「、、、ふふっ」
川野は小さい声で笑った
「ん、、、?なんだよ?」
「いえ、、、そんな事、言われたの初めてで、、、」
川野は嬉しそうに笑いながら言った
「そ、そか、、、?みんなそう言うと思うけどな!」
瀬戸は照れくさそうに笑いながら言った
「家族はみんな私と同じ考え方ですけどね」
「まあ少数派だろうなぁ その考え方は 友達とかに聞いてみろよ」
「いえ、私、友達はこの子達しかいないので、、、」
「、、、え?」
瀬戸はまた目を丸くした 今日は驚いてばかりである
「あの、、、人の友達は、、、?」
「いません 今は猫の友達しかいませんね」
川野は横に歩いてきた猫のアゴをさすりながら言った
「あ、そうなんだ、、、」
「誰も私と友達になろうなんて思わないでしょうしねー、ま、みんな猫に対して何も考えてない人ばかりですから別にいいですけど」
川野の膝の上に猫が飛び乗った 川野は撫でながら自分の鼻と猫の鼻をくっつける
「、、、じゃあ、俺が友達になるよ」
「え、、、?」
川野は思わず顔を上げ、瀬戸の顔を見た
「な、何言ってるんですか、初対面なのに、、、」
「つかもう友達だろ?なぁー?」
瀬戸は、自分の足の上のトラ吉に言った
ニャウ
トラ吉は川野の方に向かって短く鳴いた
「、、、そうでしたね あなたはトラ吉のお気に入りでした、、、」
川野はフッと微笑んだ
「トラ吉に免じて、お友達になりましょう」
川野の膝の上の猫は、膝から降りた
「おう」
瀬戸は笑顔で返事をした
「、、、というか、その前に、まだお名前を聞いていません」
「え?そ、そうだっけ?ごめんごめん 俺、瀬戸秋也」
「瀬戸秋也、、、ですか 私は川野由夏です」
川野は瀬戸の前まで行き、小さく頭を下げた
「あ、よろしくお願いします」
瀬戸もつられて頭を下げた
「では、、、秋也くん、と呼ばせてもらいますね」
「えぇっ?秋也くん!?」
瀬戸は思わず口に出して確認した
「、、、? はい、私より年上のようですし、敬称をつけてお呼びするのが礼儀かと思ったのですが、、、」
「い、いやまあそうだけど、、、」
「では、秋也、と呼んだ方がいいですか?秋也」
「いやいやいやそれはおかしいわ!絶対なんか違う」
「そうですよね では秋也くん、と」
「、、、まあそれでいいよ」
瀬戸はとりあえず納得した
(もしかしてこいつ、とんでもなく常識ねえ奴なんじゃねえか、、、?)
瀬戸はだんだん川野に疑いを持ち始めた
「、、、では秋也くんは私の事をなんて呼んでくれるんですか?」
「え?ああ、じゃあ川野で」
「それはダメですよ」
川野はすかさず却下した
「え?なんでだよ?」
「川野はただの家の名前です 私の存在を指し示すモノではありません 友達なんですから互いに個々を認め合った呼び名で呼び合いたいです」
「つまり、、、由夏と呼べ、と」
「私は秋也くんより年下ですから、由夏ちゃん、というのもアリかと」
「由夏にします」
瀬戸は川野の案を無言で却下した
「それにしても、、、トラ吉はなんでこんなに秋也くんに懐くんでしょうね?」
川野は瀬戸の膝の上にいるトラ吉にぐっと顔を寄せる
「うっ、、、」
(ちか、、、)
瀬戸は一気に近づいてくる川野に緊張した
「ワイロでも貰ったのかなぁ~?」
川野はトラ吉を撫でながらモフモフの毛の中に顔をうずめた
「っっ!!ちょっ、おい、、、」
瀬戸は思わず声に出した
「? はい?」
「あ、あんまベタベタすんなよ、、、その、俺がいんだから、、、」
「、、、?」
川野は不思議そうに首を傾げる
「別に見られたって構いませんけどねー?」
川野はもう一度、トラ吉の毛に顔をうずめた
「ちょっ!や、やめろよ!」
「、、、、、!」
川野はサササッと瀬戸から離れた
「、、、な、なんだよ?」
瀬戸は急に離れる川野に訊ねた
「もしかして、、、変な事考えてます?」
川野はおそるおそる瀬戸に訊ねた
「なっ、、、だ、だからお前がガンガン来るから、、、!」
「最悪です、、、みんな、ケダモノがいるから気をつけて!」
川野は周りの猫達に声をかけた
「う、うるせえな!別に何も考えてねえよ!」
「トラ吉も気をつけて!」
「それやめろ!」
ニャ~ン
すると猫が川野にすり寄ってきた
「あ、ご飯の時間だね」
川野はキッチンの方へ向かった
「、、、急に雑なコント終わったな、、、」
瀬戸がそんな事を呟いているとトラ吉もキッチンに向かって小走りで行った
「あ、、、」
妙に取り残された気分になった
「はぁ~い、みんな食べてね~」
川野は皿を6つ出し、食べやすいように間隔をあけて置いた
猫達は一気にがっつきだす
「、、、由夏って、、、大学の為に東京に来たのか?」
瀬戸はふと、気になった事を訊ねた
「初対面の相手に質問責めとは、、、なかなか非常識ですね 秋也くん」
「あ、わりぃ、、、なんとなく気になって」
「まあいいですけど、、、そうですよ 東京の大学なんで、通う為に上京しました」
「そっか、、、俺と同じだな」
瀬戸は安心したように息をつきながら言った
「ちなみにさ、どこの大学行ってんの?」
瀬戸はなんとなく興味本位で訊ねた
「私は、卆壬〔そつみ〕大学ですね」
「え、、、そ、卆壬!?」
瀬戸は目を見開いて聞き直した 卆壬大学とは日本で最も入学困難と言われている大学で、世界的にもそれなりの知名度を持っている 賢い人間の代名詞としてよく使われる程の大学だ 附属の高校もある
「はい 私は別に行きたくなかったんですけどねぇー」
「なかったんですけどねぇーって、、、そんなすげえ奴だったのかよお前って!」
「そんな大した事ないですよ?ちょっと勉強が得意だったってだけの話で、、、」
「いやいやすげえって!卆壬だろ!?あの卆壬!俺なんかなんとなく卆壬大学の近くは通らねえようにしてんもん!そっち行ってもわざわざ遠回りして帰ったりするぐらいだぞ!?」
瀬戸は興奮しながら口数多く喋る
「、、、、、」
あまりの瀬戸の盛り上がりように、川野はポカーンとしている
「さっき、俺と同じだ、なんて言ってチョー恥ずかしいよ!俺なんか4流大学だし全然違うよ!すげー!卆壬に行ってる人間って勉強ばっかしてる堅苦しい人間ばっかだと思ってたけどそうでもねえんだな!」
「、、、ふふふっ」
瀬戸の様子を見て、川野は楽しそうに笑った
「ん?」
「秋也くんは、、、面白い人ですね」
川野は嬉しそうに微笑みながら、テーブルを挟んだ向かいに座った
「え、、、そ、そうか?」
瀬戸は照れ笑いしながら答えた
「はい、、、お友達になれて良かったです」
川野はテーブルに肘をつき、両頬に手を当て瀬戸を眺めながら行った
「、、、っ」
瀬戸は、川野が優しく微笑む姿にドキッとした
「、、、?どうかしましたか?」
瀬戸の様子がおかしい事に気づき、川野はグッとテーブルに乗り出した
「な、なんもねえって、ハハ、、、」
瀬戸は顔を逸らし、笑いながらごまかした
(くそ、かわいい顔しやがって、、、中身は変なヤツのくせに、、、)
瀬戸は落ち着いて心拍数を下げた
「、、、、、」
川野は更に乗り出し、ジロジロと瀬戸を見る
「な、なんだよ、、、大丈夫だって」
瀬戸は近づいてくる川野に動揺しながらも平静を保った
「、、、やっぱり、、、面白い人です」
川野はニコッと笑いながら言った
「は、、、はぁ?」
瀬戸が動揺しながら聞き直すと、川野はバッと立ち上がった
「よし、では行きましょう」
川野は壁にかけてあったキャップ付き帽子を手に取った
「え?ど、どこにだよ」
「お買い物です 秋也くんも一緒に来ましょう」
川野は猫達がご飯を食べているのを確認した
「え、、、はぁ!?なんで俺が!?」
「つべこべ言わないでください さあ立って」
川野は瀬戸の手を握り、立ち上がらせた
「っっ!」
瀬戸はビクッと反応したが、その手は離さなかった
瀬戸はそのまま勢いで川野に連れられ外を歩いていた
「つか、、、その格好のままでいいのかよ?」
瀬戸は川野の姿全体を見た
上下灰色のスウェットのまま、寝癖のついたセミロングの髪は帽子で少しは隠れているものの、女の子なら気になるところだろう
「、、、私の体ばかり見て、また変な事考えてるんですね」
川野は両手で体を隠すような素振りを見せた
「考えてねえ!アホか!」
「冗談です」
川野は無表情でそう言ったが、瀬戸の反応を見てクスクス笑っていた
「つうか、、、信用しすぎじゃねえの?部屋に上げたり、買い物付き合わせたり、、、俺初対面だぜ?」
瀬戸は先ほどから気になっていた事を訊ねる
「確かに、、、秋也くんは変な事ばかり考えているので信用なりませんが、、、」
「考えてねえ!つかしつけえよ!」
「でも、、、秋也くんは猫が好きですからね それだけで、私はある程度信用出来ると思っています」
川野はある程度、とは言ったがやたらと自信に満ち溢れた表情だった
「、、、なんの根拠もねえ信用だな、それ、、、」
瀬戸は少し呆れた様子で息をついた
「、、、ん?」
瀬戸は川野の言葉に少し違和感を覚え、ある事に気づいた
「あのさ、、、最初は、俺の事猫好きじゃないって言ってたよな、、、?」
瀬戸は出会ってすぐの時を思い出していた
「え、、、?ああ、言いましたね」
「じゃあなんで今は俺の事、猫好きだと思うんだ?」
「トラ吉に話しかけてたからですよ」
川野はスパッと言い切った
「え?」
「猫好きは自分では意外と気づかないんですよ、、、普通の人は猫には話しかけません」
「え!?そうなの!?」
瀬戸は驚きながら聞き返す
「はい、だから猫に話しかけていた秋也くんは間違いなく猫好きだな、と判断したんです」
「そうだったのか、、、」
瀬戸は考えた事もない事を言われ、少しタメになったような気がした
「何よりトラ吉のお友達ですから、、、信用するにはそれだけでじゅうぶんですよ」
「、、、ふ~ん」
(そっか、、、なんとなく由夏の事が分かってきた気がする)
「それにしても今日は天気がいいですね、、、私は汗をかきたくありません」
「だよな、、、もう6月半ばだし、湿度も温度も高めだな、、、」
2人は存分に太陽を浴びながら道を歩く
「公園の芝生に寝転がってゴロゴロするなら、この太陽は気持ちいいでしょうね、、、」
川野は太陽を見ながら呟いた
(俺のアパートのお隣さんは、、、性格も、生活も、、、)
「てゆうか買い物って、、、何買うんだよ?」
「秋也くんが想像しているような変なモノは買いません」
「何も想像してねえよ!」
「ふふっ、、、トラ吉達のご飯ですよ」
川野は手を口に添え、小さく笑いながら言った
「あと、遊び道具も思い切って新調しようかと」
(、、、あと、買い物の計画も、全ての中心が猫な彼女で、、、)
「あ、そうだ、、、他にも買うモノ、ありました」
川野は急に思い出したように言った
「え?」
「買い物に付き合ってくれたお礼に、秋也くんに晩御飯をご馳走しましょう」
「え、、、マジで!?」
「はい 私、結構料理上手ですよ?」
「やった!最近缶詰めとかばっかでさー!あったかい飯食いたかったんだよ!」
「、、、その代わり、私の部屋に猫がいる事をこれ以上責めないよう大家さんに言って貰えますか?」
「、、、え?」
(変なとこ多い奴だけど、、、)
「上手く言いくるめて頂ければ、これからもたまには手料理、作りますよ?有料で」
「えっ!?有料かよ!?」
「当たり前です 今日は無料ですけどね」
「う~ん、、、ま、そりゃ今日食べる料理次第だな」
「、、、イジワルですね」
川野はスネた口調で呟く
(でも、多分イイヤツだから、、、困ってたら助けてやりたい)
「ま、でも大家さんには上手く言っといてやるよ 一応、昔からの知り合いだし」
「ホントですか?」
川野の表情はパァーっと明るくなった
「おう、せっかく友達になったのに、追い出されちゃ会えなくなるからな?なんなら大家さんと一緒に対策考えるよ その時は由夏も来いよ」
「はい♪ありがとうございます♪」
川野はやたらと嬉しそうに返事をした
「まあ、まだ上手くいくって決まった訳じゃ、、、」
「私、、、秋也くんのコト、好きみたいです」
川野はくるっと瀬戸の方へ振り返り、唐突に言った
(、、、、、え?)
「は、、、お、おま、何言って、、、」
瀬戸は慌てすぎて口が上手く回らない
「まさか秋也くんがそんなにトラ吉達の事を考えてくれてたなんて、、、感激です」
川野は拳をギュッと握りしめ、喜んでいる
「あ、、、え?」
「仕方ありません これから私の部屋にトラ吉がいる時は連絡してあげますよ」
「しなくていいから!」
(やっぱり、、、この子は本当に、、、)
「あ、そういえば秋也くんの服装、、、どことなくトラ吉を彷彿とさせる、、、」
「意識してねえよ!黄色っぽいだけだろ!」
「この髪色はレオンを意識してるんですか?」
「普通に黒だろ!てかその猫知らねえから!」
「あだ名はジェジョン ジェイコムなどがあります」
「あだ名言われても分かんねえよ!つかジェジョンはともかくジェイコムはレオンから離れすぎだろ!」
「んも~、いちいち騒がしいですよ 秋也くん」
「急に大人ぶんな!」
(どこまでいっても、、、猫な彼女です)
作者は猫が好きなのです
川野由夏のような友達が欲しいです