scene4
さて、放課後に梓を案内すると決めた一騎。
学校を出てすぐの川の土手をのんびり下ってゆき、やがて左へ折れて住宅地へと入って行く。
いつもの一騎の帰り道だ。
正直なところ、町の中心であるショッピングモールはうろつけたものじゃないし、かといってあまり変な穴場を一騎は知っていることはない。
ただ、帰り道の近くにある喫茶店だけは自分のお気に入りだし、伊予市駅正面にある小さな出店の集まりは梓を案内するには十分だ。
従って、まずは自宅へ寄って自転車を取ってから伊予市駅に行き、帰りに自分御用達の喫茶店へ行こうと決めた。
そんな案内コースを考えながら、一騎は梓を誘導しつつ帰り道を急く。
すると不意に、梓が足を止めた。
「どうした?」
「なぁ、この公園てなんなん?」
梓が指差すのは、ロケットを模したアスレチックが備えられた、通称ロケット公園。
昔、一度だけあまり仲良くない友達と野球や鬼ごっこをして遊んだ記憶があるが、正直なところ一騎にとってはどうでもよかったし、結局なにかしらの理由で喧嘩した気がする。
同年代の子供からしたら、妙に達観したきらいがある一騎は嫌悪の対象にしかならないのも仕方ない。
「ああ、ここはロケット公園だな。昔、一度だけ遊んだことがある」
「ホンマ?一騎の思い出の場所?」
「いんや、それほどでもないな…。昔の事だよ」
あの日の事を思い出しながら呟く。
その横顔を見てなにかを思ったのか、梓は一騎の服の袖を引っ張る。
「ん?」
「な、な。ちょっとだけ寄ってこ」
「は?」
「ほら、ええから」
梓の意外な力の強さに、引っ張られながら一騎はびっくりする。
そのまま引っ張られてその辺の遊具に座らされた。
一騎をここまで引っ張ってきた梓は背負っていた鞄を一騎に投げ渡すと、んーっと背伸びをする。
「へぇ…ここが一騎が遊んだ場所なんねや」
「まぁ、一回だけだよ。大概はまた別の公園」
「ほんまぁ。せやけど、これ所々錆びてるし危なない?」
鉄棒の柱のてっぺんを指でなぞりながら問う。
今ごろの遊戯具は安全性第一のため、かつて公園に備えられたブランコや滑り台、迷路などは撤去され強化プラスチックや鋭利な部分を極力なくしたものに変えられたり、段差を極力減らしたりされている。
なので、かつて一騎がよく遊んだ迷路のある公園もそれが潰されたし、昔生えていた桜も一旦斬り倒されて、虫が付きにくい品種の観葉植物に変えられたりした。
時代は変わる…そんな流れに取り残されたような感覚を覚える。
「…そうだな。昔のなごりってやつか。いずれはなくなるんだろうけど」
「それは仕方あらへんやよね。列車だって…来年みずほ・さくらが出来るから寝台列車とか容赦なく消されるやろ。…あかん、そんな昔に浸ったらと、なんやまた旅に出たなる」
お前いつの時代の人間だよ、という突っ込みはなんとか飲み込んだ一騎。
それを差し引いても、昔あったものがなくなるというのはそれを知る者には名残惜しい。
…内心では消えるのを悔やむなら使えよ、というのが本音だが。
「旅好きなんだな、梓は」
「うん、旅は好きや。なんにも考えんでええし、列車にゆらり揺られて微睡むのはもっと好き。せやから…きっと私はまた旅に出る」
遠くを見つめて、羨望のような眼差しを虚空に投げる。
それは確かに流離いの旅人のようで。
そして、僅かな儚げを醸し出して。
…そのとき、彼は何を感じたのだろうか。
一騎は、おもむろに立ち上がると梓の横に並んだ。
「一騎?」
梓は突然横に並んできた一騎に若干驚きながら見上げる。
一騎は意識こそ梓に向けども、梓を見ることなく告げた。
「一人で…行くのか」
「うん…きっと」
梓の趣味は主に移動費に掛かる。
それを生業にする者には楽しいが、基本的に同年代の人間からすればそれはあまりにもったいなさ過ぎ、高過ぎる。
だが…一騎とて同じだった。
「だけど、誰かと一緒なら楽しい……よな」
「せやね。きっと楽しい。けど…私についてくる人なんか……」
梓はそこではっとなった。
そういえば、出会いの日に助けてくれたのは…誰?
一緒に行きたい場所へ文句も言わずつれていってくれたのは…誰?
出会いの日の出来事が、今この瞬間に重なる。
「……せや。一騎が一緒なら、ほんまに楽しいかもしれんな」
「本当か?」
一騎は梓を見た。
ほぼ同時に梓は一騎を見上げた。
目と目が合う瞬間…とは、誰が言ったことか。
互いが、互いの目が同じと知る。
「ほんま…や。私は、一騎とまた何処かへ行きたい」
楽しかったから、また行こうね…ではなく、もう一人は嫌だ…という気持ちのほうが強いように思えた。
それもそのはず、梓は去年転入したというのは、ほぼ名目上でしかない。
彼女は…転入してからの大半を、病院のベッドで過ごしたのだから。
「ああ…また、行こうな。必ず」
「約束…やで?」
「ああ。なんなら指切りでもするか?」
茶化すように、一騎は小指を立てて梓に差し出す。
梓はなんの迷いもなく、自分の小指で一騎のそれを絡める。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーますっ」
梓の紡ぐ、約束の童歌。
謡いきってから小指をほどいて、夕焼けのように眩しい笑顔を浮かべた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あの時点ですでに夕刻を回っていたので、一騎は梓を家まで贈って帰り、それから実家まで帰っていった。
案外梓の家は一騎の伊江からすぐそばのようで、明日は一緒に登校することも約束した。
家につき、食事をし、風呂に入ってさっぱりした面持ちでベッドに腰掛けると、枕元に放っておいた携帯が明滅しているのを認めた。
なんだろう、と思い携帯を開くと、輝夜からメールが届いていた。
内容を開く。
from:赤石輝夜
件名:re.
はろはろー
梓ちゃんとは楽しく帰ったかい?ww
ミシリ、と携帯から音が聞こえたのがよく分かった。
付けられていたか、仕組まれていたか。
どの道、明日このバカップルに小一時間問い詰めねばならないのはよく分かった。
メールで来ているが、メールで返すのもかったるいので値は張るが電話のほうが手短にすませられる。
なので、アドレス帳から輝夜の番号を呼び出してコールした。すると、僅か1コールで繋がる。
『やっ、まさかメールじゃなくて電話とは。やっぱりめんどくせ?』
「まぁ、な」
一騎はどちらかと言えば、ものぐさな人間だ。
確かになんでもそれなりには出来るであろうが、一騎は頑張ろうという気持ちをなかなか持たない。
そのため、時にはクラスメイトや先生と思い切り衝突することも多々あった。
確かにやる気を出さないのは悪いことなのだが、そうなってしまった理由も輝夜や住人はよく知っているのであまり気に止めない。
『あはは、一騎らしいね。それで、梓ちゃんとはどこまっでいったの?』
「そうか、明日お前の机にトカゲのしっぽを置いておいてやろう」
『ごめんなさい調子こきました』
向こうから土下座をかますような音が聞こえたので、一騎はとりあえず許してやることにした。
それからしばらくして、輝夜から続けて話される。
『真面目な話、どうなの?一騎は仲良くできそう?』
「なんで俺なんだよ」
嫌味とかではなく、純粋にそう思って問い返す。
一騎から見て、梓は自分の趣味と同じだし、話も合うし、楽しくやれていると思う。
それは対人関係に聡い輝夜ならすぐ感じ取れるはずだ。
それをわざわざ聞くというなら、他の意味合いがあるのだと思うが…無論、分からない。
『まぁ…いいんだけどね。ごめんね、変なこと聞いてさ』
「いや…いいさ」
『だけど、ね』
そこで言葉が切られる。一拍置いて輝夜は続けた。
『一騎…。梓ちゃんを題辞にね』
一瞬、言葉の意味が理解できない。
一体、何を俺に伝えたいんだ?
思考がぐるぐるしているうちに、輝代は深く考えないで、と付け足して切ってしまった。
「本当に…何が言いたいんだ…?」
布団に入って寝付くまで、その事についてずっと考えていた。