8話
十字公園に行くのなんて、何年ぶりだろう。
砂場が、太めの十字形だから、十字公園。
正式にはまた、別の名前がついている。
十字公園は、ちぐの家のすぐ前で、あまり十字公園の存在を知っている人はいない。
小学生の時は、ちぐの家で、ちぐの弟、絵空とゲームをしたあとに十字公園で遊んだりしていた。
男子数人とちぐで、秘密基地を作った事もあった。
ちぐの家が見えてきた。
黒い屋根の二階建ての一軒家。
ちぐの家の前を通りかかると、絵空がミットを持って、ユニフォームを着て飛び出してきた。
「あっ!さや兄!」
「おっ、絵空。久しぶりだな」
「久しぶりじゃないよ。何年ぶりだよ!また遊んでよ!!」
「またな。今から野球か?」
「うん。試合なんだ」
「そうか。頑張れよ」
「さや兄は?」
「お前の姉ちゃんと会うんだよ」
「ふぅん。付き合ってるの?さや兄とちぐ。」
こいつ。小学四年生のくせして。
「違う違う!ちょっと会うだけ」
「さや兄、何焦ってるの?ま、頑張って」
そう言い残すと、絵空は行ってしまった。
うぅ。小学生にこんな事言われる俺って・・・。
気を取り直して、十字公園に入る。
そんなに広い公園でもないけれど、建物の陰になっていて日向がほとんどない。
キィ-----キィ-----
公園の入口から見て一番右端。
ブランコをこいでいる人影が見えた。
「よお」
影に向かって声をかける。
「よっ、久しぶり」
ちぐは、ジャージのままだった。
俺もちぐの隣のブランコに座る。
「久しぶりだね。ここで会うの」
最初に話し掛けてきたねは、ちぐだった。
「うん。てか、学校でもほとんど会ってないよな」
「二年間、かな」
「そう。二年間」
ブランコの揺れる音が風が、木葉を揺らす音と共に響く。
嬉しさと、何とも言えない寂しさが込み上げてきた。
「大輝」
「ん?」
「卒業式の時、何で逃げたの?」
・・・あ。あの時。
予想外の事を聞かれた俺は、即答できなかった。
理由も、何て説明すればいいのか、言葉が見つからない。
「伝えなきゃ駄目だって思ったけど・・・伝えたら駄目だって思ったから」
「何を?」
ちぐは、俺の方は見ないでブランコを少し揺らしながら聞いている。
「またお前の家でゲームしよう、今度ケンカしたら絶対負けないって、また秘密基地作ろうって、・・・これからも、ちぐって呼んでいいかって」
頑張った。俺、頑張った。こんな事、もう言えない。
「いいよ」
「へ?」
「また家に来ていいし、秘密基地作ってもいいし、ケンカは知らないけど、ちぐって呼んでほしいから」
今度は、ちゃんと俺の方を見て言った。
姉貴の言っていた通り。
ちぐは、変わっていないと思う。俺の親友のちぐは、ちゃんと目の前にいる。けど、やっぱり何か違うような気がする。
「背、伸びたね」
「伸びたぜ。ちぐ、ぬかした!!」
「ぬかされたぁ。もう、これじゃケンカしたいなんて思わないよ」
「とか言って、一年の時先輩の顔面殴ったんだろ?ちぐ。」
「え。何で知ってるの?」「その、ちぐが助けた奴が言ってたんだよ」
「ばれちゃた?」
「ばれちゃた、じゃねぇよ!相変わらずだよな!」
何となく、さっきより笑顔になった気がする。
「あのさ・・・」
「なに?」
聞いてもいいのだろうか?今聞いたら、ちぐはまた遠くに行ってしまいそうな気がする。
「俺の友達が言ってたんだけど、ちぐ小学生の時から変わったの?」
こんな聞き方しかできなかった。
ちぐの表情が笑顔のまま暗くなるのが分かる。
「それ、女子から?」
「ん、まぁ」
ちぐは、思いっきりブランコをこいで、高いところから飛び降りた。
揺れるブランコを止めて、また座りなおす。
「変わってない。本当のあたしに戻った」
「戻った?」
ちぐも、姉貴と同じで難しい事を言う。
いつに戻ったのだろうか。今までのは、本当のちぐじゃなくて・・・?
「疲れちゃったんだよね。あたし」
「何が?」
「好きでも無いのに好きって言って。嫌いな物にすがりつくの。だから、周りに合わせるの止めて、あんまり喋らなくなったの」
「それって、女子特有の何か?」
「ふっ。そうかな。
大輝はわかんないね」
何となく寂しそうな横顔。ちぐは、やっぱり何かまだあると思う。
だけど今は聞かないことにしておこう、と思う。
「大輝の家、今から行ってもいい?里美さんにも会いたいし」
「いいよ!来いよ」
今は、ちぐに笑っていて欲しい。
さっきみたいな、我慢して寂しそうな笑顔は見たくない。
「待ってて!あたし、自転車だしてくる」
家に走って行くちぐの後を、ついていく。
小学生の時使っていた、赤い自転車は絵空の自転車になっていて、
今は、銀色の自転車になっている。
「後ろ、のって」
俺が乗ると、ちぐがペダルを踏む。
「ぶはっ!!!」
思わず吹いてしまった。
「進んでねぇよ!」
「大輝ぃ、重い」
ペシッ
俺は軽く、ちぐの頭を叩く
「俺の方がでかいんだから当たり前!はい、代わった代わった」
ちぐを、後ろに座らせて、俺はハンドルを握る。
「ちゃんと腰、掴まってろよ」
「ん」
ちぐの手。こんなに小さかったか?
俺の腹にまわされた手は、しっかり日にやけていて小さかった。
ぼふっ
「ち・・・ちぐ!?」
ちぐは、背中にピッタリくっついて、顔を埋めている。
「大輝ぃ」
背中に張り付いているせいだろうか、ちぐの声がこもって聞こえる。
顔が、耳たぶまで赤くなるのが分かった。
だって、こ・・・こんなの・・・。
「ちぐ?」
「大輝ぃ」
名前呼び合ってるんじゃないんだから。
手に、変な汗が滲んでいる。
俺は、ちぐが顔をつけたあたりが濡れたような気がした。
熱くて、ほんの一滴くらいの水。