4話
無意識に目線が落ちていく。
自分で言っておいてなんか、涙が出てきそうになる。
「そう?あたし、お母さんから聞いたんだけど、男子って後から伸びる子多いらしいよ。大丈夫じゃない?」
「え」
半ベソかきながら一ノ瀬さんを見上げる。
机に座っているから、さらにでかくみえる。
「あぁも!泣かないの!まだ大丈夫だって。六年生になったらすごく大きくなってるかもよ?そしたら、あの女子達にちびって言ってやれば?」
「一ノ瀬さんは、俺のこと、ちびって思わないの?」
「思う」
「って、えぇ!?」
「だって、小さいのは仕方ないじゃん。けど、見た目はどうでもいいと思うよ」
俺は以外な言葉に驚く。
ピカピカのランドセルを背負って、小学校に入学してから、ちびだの言われて一番気にしていたのは、見た目だったのに。
「あたしは、すごく見た目が格好良いのに、性格悪い奴の方が嫌いだな」
「じゃあ・・・見た目が小さくて、格好悪いけど
その・・・、性格悪くなければいいの?」
初めて喋った女子と、こんな話するなんて。絶対変だ。
誰かが見ていたらどう思うだろうか。
一ノ瀬さんは、口元だけに笑みを浮かべて
「それ、佐山くんの事?佐山くん、格好悪くないよ。それにさ、友達だって普通にいるでしょ?大丈夫だよ。そんな気にしなくても。
・・・・えっ!?」
気づいたら俺は泣いていた。女子の前で泣くなんて、小一の俺、何て恥ずかしいことを・・・。
一ノ瀬さんも慌てている。
「泣くなよ!ほら。船もあるぞ!」
呼吸を戻しながら、大輝は船を抱きしめていた。
「あり、がとう」
「はいはい、じゃあな」
さっさと、準備室を出ていこうとする一ノ瀬さん。
「待って!」
無意識に呼び止める。
「ん?」
何を言おうとしたんだっけ・・・。
いや、別に言いたい事なんてもうないはずで。
「一ノ瀬さんの事、<いち>って読んでもいい?」これって、許可を取るべき事なのか。
何でこんな事言ったのか。分からないけど、聞いていた。
一ノ瀬さんは立ち止まってこっちを見ていたけれどまた、ふいっと、向き直るとさっきより小さい声で
「いいよ」
「本当?ありがとう!」
素直に嬉しかった。
だめ。って言われたらどうしようか、少し不安だったから。
「けどさ。あたし、名前の方が好きなんだよね。
佐山くんは、<ちぐ>って呼んでよ?千雲だから<ちぐ>。」
一ノ瀬さんは、廊下に視線を落として言った。
「うん。けど、なんで俺なの?」
「涙、見せてくれたお礼!!」
「っ。うるせぇよ!!」
俺は、ちょっと頬が熱くなった気がした。
「ははっ。佐山くんは何て呼べばいいの?」
「一ノ瀬さ・・・ちぐも、名前だから、俺は大輝でいいよ」
「うん。よろしく大輝!」「うん!」
それから六年生までの六年間、毎日のように遊んだり、授業中にふざけて数人で廊下にだされたり、ケンカして殴りあったり。ちぐは、女子なのにほとんど大輝達男子と遊んでいた。
ちぐは、女子にも人気があったからたまに女子と溜まっていたけれど。
鼻の頭に絆創膏貼っている女子なんて、他にはいなかった。
六年生になっても、身長はあまり伸びず、からかわれたけど、持ち前の運動神経と男友達の多さで跳ね飛ばしていた。
なにより、クラスで人気者のちぐの事を<いち>じゃなくて、<ちぐ>って呼んでいるのも俺だけで、何となく特別で、嬉しかった。
そして、小学校の卒業式。中学も同じだけれど、同じクラスになるとは限らない。
もしかしたら、もうまともに話さないかもしれない。
卒業アルバムを抱えて、女子に囲まれているちぐを見て、不安になった。
伝えないと。また、ちぐの家で対戦ゲームしようって。今度ケンカするときは、絶対負けないって。また、秘密基地を作ろうって。クラスがかわっても、ちぐって呼んでもいいかって。
今伝えないと、駄目な気がする。
けど、ちぐの中の自分はそんなに大きい存在では無いかもしれない。
中学生になったら、もう俺とは遊びたくないかもしれない。
ちぐだって、女子だから。
これから先は、ちぐも女子と遊んだりしたいのかもしれない。
「大輝ぃ!」
ちぐが走りよってくる。
「なんだよ!」
「なんだよって、ひでえな。それよりさ!・・・」「あのさ、ちぐ。俺、今日は帰るよ。ごめんな。
また、な。」
「え、おい!!」
背を向けて走り出す。
自分でも、無茶苦茶で、後悔してて、何考えてるのか分からなくて。
気づいたからこうなっていた。
五年生の時、ちぐに告白してる男子を見て、何となくいらついた。
一ノ瀬と付き合ってるんだろ?って聞かれるたびに、違うと言いながら胸が苦しくなった。
そういう気持ちも全部、目茶苦茶で。
中途半端な別れをした六年生の卒業式。
結局、中学一年生のクラス替えも、俺は三組。
ちぐは二組。
違うクラスだった。
中学生になって、背が伸びたことを、ちぐは知っているのだろうか。
そんなことを思いながら、二年生。
俺は一組。ちぐは、七組。
三年生になった今も、心のどこかで、ちぐの事を考えていて。
告白されるたびに、ちぐの事を、思い出せずにはいられなくて。
三年目の田園中の桜。
クラス表に向かって、速度を落しながら
俺は歩いた。