18話
土曜日の午前練習。
あの日の衝撃は今も覚えている。
あの時、教育者としての理性を失うべきでは無かった。
あの興奮を抑えられなかった・・・。
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「おはようございます!」野球部員がすでに整列して待っていた。
「おはよう。早速だが、今日のメインは一年生の実力テストだ。それぞれで準備運動しておけ。二年生、三年生はポジションごとに固まれ」
「ういっす!!」
「一年生も希望ポジションごとに固まれ」
「はい!!」
上級生を中心にグループが出来てきた。
「最初はサードから行くぞ。他のグループは、野球部について分からない事などを上級生から聞いておけ」
「ういっす!!」
「サードグループこい」
「はい!!」
サードだけでもかなりの人数いるな。
レギュラー争いが激しくなるなあ・・・。
ノックと送球テストを行うと、やはり上手い奴とそうでもない奴の差が出てきた。
でも、このテストだけでレギュラーが決まる訳ではない。
これから先、特に夏休みの練習を経てレギュラーが決まる。
このテストはあくまで、現時点でどれくらい力があるかを見るだけのものだ。
上級生から見ても上手い奴は何人かいた。
サードが終わって、セカンド、センター、ファースト、ショート・・・・。
次にキャッチャーの番が来た。
今まで、上級生の中ではキャッチャーは一人しかいなかった。
今年のキャッチャー希望は二人。
何故かキャッチャー希望は毎年少ない。
上級生のピッチャーにボールを投げてもらい、捕って送球をしてもらった。
あの頃は、緑川が上手かった。
まだ足りない所もあるが、じっくりと育てれば良い選手になると思った。
「よし、ありがとう。次はピッチャー、こっちにこい!!」
最後にピッチャー。
ピッチャー希望は十人。
「先輩のキャッチャーが捕るから、全力で投げてくれ。全部で十球、変化球もありとする!」
「はい!!」
「お願いします!!」
最初の生徒がマウンドに立った。
背が高く、体つきが良い、男子生徒だった。
まずストレートど真ん中。外角、内閣、低め・・・変化球は投げなかった。速さは並、フォームに癖がある感じだった。
「お願いします!!」
二番手はニキビ面で長身の男子生徒。
一発目にカーブ、ストレート、カーブ、ストレート・・・。
カーブとストレートを交互に投げた。
速さはあるが、コントロールが悪い。カーブも勢いがない。
「お願いします!!」
三番手は小柄で細身の男子生徒。
ストレートを投げた。
変化球は投げなかったが、コントロールも速さもあった。細身のせいか、球に重みがかかっていないようだったが。
・・・・その後も、同じように進んでいったが、今までだと三番目に投げた生徒が一番、今の段階で力がある生徒だった。
そして十人目、一ノ瀬の番が来た。
今までの生徒とは違い、一礼するだけの挨拶。
他のポジションも興味津々で一ノ瀬を見つめている。
振りかぶって-------
投げる。
特に変わったフォームではない。服装も、ボールも、グローブも、他の生徒と同じ物・・・。
「なっ・・・・!!」
私は思わず声を上げてしまっていた。
一ノ瀬が投げたボールは勢いよく回転しながら今までとは、比べものにならない程・・・いや、上級生よりも速いスピードでキャッチャーのミットに収まった。
「うお!?」
キャッチャーが尻餅をついた。
重みも相当だったのだろう。
周りな反応を全く気にもせずに二投目にかかる。
「ちょっか・・・!?」
二投目はフォークだった。速さはそんなに無かったが角度が・・・。
「直角!?」
上級生の現ピッチャーが声を上げた。
実際は直角ではないが、直角に見えなくもない。
落ち度が半端ではなかった。
一ノ瀬は、表情に微塵の変化も見せず三投目・・・。
内角のストレート。
「い・・・・痛え」
キャッチャーのミットからポロリとボールが落ちる。
しかし、先輩として恥ずかしくなったのか顔を赤くしてすぐに一ノ瀬にボールを返した。
四投目はカーブ。
「速い・・・。」
五投目もカーブ。
「ありがとうございました」
一ノ瀬は十球を投げ終わり、礼をしてマウンドをおりた。
一斉に一ノ瀬の周りにできる人だかり。
「おい、一ノ瀬。お前、本当に女かよ」
「速いなあ・・・コントロールも・・・」
「やばい。伝説じゃん!」一ノ瀬の周りに集まっているのはほとんどが上級生だった。
一年生はただ、呆然と一ノ瀬を見ていたり、小さい声で話している。
・・・・あの時なんだ。
あの時・・・緑川と同じように、じっくり育てようと思っていれば・・・・・。
興奮を抑えられなかった。一年生で女子、先輩がいるというプレッシャーの中で、冷静にものすごい速さで投げた、目の前の・・・・一ノ瀬という・・・・一年生の・・・・女子を・・・目の当たりにしてしまったから。教師としての・・・・理性を・・・・置いてきてしまった・・・・。