14話
ふぅ・・・。
やっと校庭全面が使えるな。
一ノ瀬も機嫌が良くないのか、いつものような球は投げて来ないし、これでやっと、本気で練習ができる。
俺は、緑川 緋汰。
野球部長。ポジションはキャッチャー、一ノ瀬とバッテリーを組んでいる。
一ノ瀬とバッテリーを組みはじめたのは一年の後半から。
一年の前半は、一ノ瀬は三年生の先輩と組んでいた。
一ノ瀬自身は、俺の方が良いと言うが、その先輩と何かトラブルがあったようだった。
詳しくは知らないけど。
「一ノ瀬。本気で来いよぉ」
一ノ瀬は頷いた。
やはり、さっきのは本気で無かった。
まずは、ストレートど真ん中のサイン。
一ノ瀬が、右手で額の汗を拭う。
一ノ瀬は、サインに了解する時は右手。変更を求める時は、左手で汗を拭う仕草をする。
振りかぶって・・・投げる。
一ノ瀬の全身を使うような投方で、手から滑り出した球は、ものすごい勢いで俺の手の中におさまった。
バッテリーを組んで間もない頃は、尻餅をついたり手の平から血がでたり、まめが潰れたりと大変だった。
うお・・・
やっぱり今でもすげぇや・・・。
一ノ瀬の球は速いがコントロールが抜群だ。
ど真ん中、低めの内角、外角、高めの内角・・・
カーブ、フォーク、シュート、スライダー・・・
スライダーと高めの外角をつく球は苦手としている。
次、高めの外角ね。
サインを出すと右手を上げる。
振りかぶって、投げる。
ううん・・・微妙だなぁ。
もう一回、とサインを出す。
---------バスッ
うん。今のならいいかな。
「おおい。一ノ瀬、今の感じで頼むぞ。同じ球をあと少し投げたら俺らは外周するぜ」
「分かった」
大会も近いし、肩を痛めてもらったら困る。
体力重視で行こうと、思う。
------五十球を投げ終わった。
「おし!終わり!!外周行くぞお!着替えてくるからな、後で部室集合な」
そう言ってから、顧問の
所へ走る。
「先生、俺と一ノ瀬で外周行って来ます」
「おう。行ってこい」
「うぃーす」
俺は、部室に向かう。
部室の中は・・・はっきり言うと汚い。
俺が一年の時は三年のマネージャーがいたけれど引退をして、今はマネージャーはいない。
汚くなるのも仕方がない・・・だろう。
一ノ瀬も一応、女子だが着替えたりもするから、この部室には入らず
教員が使う女子更衣室を使っている。
部室に入る事は何度かあるが、特にツッコミを入れてはくれない。
一度、「汚いと思わないか?」と聞いたことがあるが、「片付ければいいのに」と言われた。
そう言われても片付ける気にはなれない。
------ガチャリ
「お、来たな」
「うん」
一ノ瀬は、黒のTシャツと紺色のジャージで野球帽子をかぶっている。
ま、俺も同じ格好だが。
「よし行くぞ」
「うん」
校庭に出ると、二年生が
「お疲れっす!!」
と叫ぶ。
野球部は他の部に比べると、上下関係が緩い。
すれ違ったら普通に挨拶をして、呼ぶときは語尾に先輩と付けるだけだ。
今の「お疲れっす」も言いたい奴らが言っているだけで、強制はしていない。
「緋汰、やっぱり高めが駄目?」
走りながら、一ノ瀬から声をかけてきた。
「駄目って訳じゃ無いけど、大事な時は使わないようにする」
「そうか・・・カーブは?大丈夫?」
「お前のカーブは問題ないぜ」
「そう?フフッ」
「なんだよ、満足そうだなぁ」
「練習したから」
俺は、隠れて一ノ瀬の事を尊敬している。
恋愛感情とか、そういうのじゃなくて、憧れている。
・・・一ノ瀬のこういう所に・・・。
だけど、逆に妹のように思ってもいる。
「試合でさ、外角のカーブ投げないか?」
「嫌だ」
やっぱり駄目か・・・。
「即答かよ」
「うん」
そう。一ノ瀬は、外角のカーブは絶対に投げない・・・カーブは得意なはずなのに。
「一ノ瀬・・・あの時の事はもう・・・」
「嫌だ」
「・・・・・・そうか、悪かったよ」
「いや、こっちこそごめんね。けど、今はまだ・・・」
「分かったよ。次勝てば、また引退が遠退くからな!勝とうぜ?」
「うん。てかさ、緋汰。引退が遠退いても受験は大丈夫なの?」
「ははは、悲しいこと言うなよ!!」
「か・・・悲しい?」
「一ノ瀬!お前はどうなんだよ・・・」
「多分、大丈夫だと思うよ・・・まだ勉強不足だけど」
「お前、どこ受けるか決めたのか?」
実を言うと、俺はまだ決まっていない。というより、二択に絞った。
「うん。星冠学院」
「星冠!?」
星冠学院。簡単に言うと、目茶苦茶頭いい高校という感じだ。
県内では一番。
「お前・・・そんなに頭良かったのか」
「別に」
はぁ・・・。
俺も真剣に勉強しないと駄目だな・・・。
ん?何気に話題がそれているような?
・・・まあ、いいか。
一ノ瀬が外角のカーブを投げない理由・・・。
俺が知っているのは上辺だけの理屈なのだろう。
深いところは、無理に詮索しないほうがいいと思う。
「一ノ瀬さ、女子で友達いないの?」
新しい話題を提供してみた。
「いないっちゃ、いない。いるっちゃ、いる」
「ふうん?面だけな訳だ」「そんな感じ・・・?みんな嫌いじゃないよ。ただ、特に好きだったりはしない。高校生にはいるけどね、女友達」
「高校生か。そういえば、一ノ瀬は佐山と仲良いよな?夜遅く二人でいたとか?噂だけどな、もしかして付き合ったり・・・?」「ば!ばか言え!大輝は、その、え・・・」
お、一ノ瀬のこんな反応は初めてだな。
おろおろとしていて、走る速度が落ちたような気がする。
「なんだ。じゃあただの噂か」
「あっ!その噂は、えと・・・本当で、けど!あの」一ノ瀬は、真っ赤な顔をして、俺を見上げて手振り身振りで説明している。
本当、分かりやすい反応だな。
こういうギャップが男子うけするのかな・・・?
確かに可愛いけど、妹のようにしか・・・。
「プッ」
思わず吹いてしまった。
「な、何だよ!」
「一ノ瀬、佐山の事好きなのな」
ぼっ、という音が聞こえてきそうな勢いで一ノ瀬の顔が赤く染まった。
「な、な、な」
「な?何だよ?」
「うぅ」
反論できなくなったのか、言葉が見つからないのか、一ノ瀬は俯いてしまった。
やっぱりなぁ、見え見えだしなぁ。
「一ノ瀬、頑張れよ」
「な、な、な」
「な?」
「むぅ・・・」
さっきと同じような、やり取りが繰り返された。
「好きじゃない」
「はいはい。頑張れよ」
「うっ・・・」
そんな顔で好きじゃない、なんて言われてもな。
どっちかは、分からないが俺の中では仮定しておこうと思う。
校庭に戻ると、ミーティングが終わり、それぞれに部員が散っている所だった。
一応、部長の話がまだあるので、また着替えたら部室前に集合してから解散だ。
まだ、一時間目なのに・・・・腹が減った・・・。
この話の中にでてくる、「県内」はどこの県と決めている訳ではなく、
学校名・人物・学校制度などはフィクションです。