10話
「大輝?帰ったの?」
姉貴が階段を下りて来る。
「里美さん、おじゃまします」
「あら!千雲!大輝も一緒?よかったねぇ、大輝!」
ニヤニヤして俺を見る姉貴。
ちぇ、姉貴が呼んでくれればもっと早く会えたのに。
「大輝の部屋なら片付けといたよ?どうぞ」
当たり前のように言ってのけた。
「おい!何、勝手に入ってるんだよ!?」
「あらぁ。見ちゃいけない物なんかあるの?」
「そんなもん、ねぇよ」
「千雲。エロいのあったら、姉さんに渡しな。読むから」
「読むの!?」
「読むんですか!?」
俺とちぐが、同時に言う。
思わず顔を見合わせて笑い出してしまった。
「あんたら、息ぴったりじゃない。本当、付き合っ・・・・!?」
俺は、姉貴の口を塞いでリビングに押し込んだ。
「はぁ・・・。さっ、行こう」
俺の部屋は、二階の一番奥にある。
姉貴は、一階だ。
「ふふっ、うん」
まだ、ちぐは笑いがおさまっていない。
ニコニコしながら俺の後をついてくる。
「適当に座って」
「わぁ・・・・変わったね・・・」
ちぐは、口を開けてキョロキョロと、周りを見渡している。
「そりゃ、もう小学生じゃないし」
俺の部屋には、入口から見て右側奥に、ベッドがある。
ベッドの頭の上には、小さい窓があり、ベランダに通じている。
左側奥には、白いデスクがある。
パソコンと本が置いてある。
デスクの左側には、小型テレビとゲームのソフトや本体が置いてある。
テレビに向き合うように、部屋の右側には小さいソファーがある。
姉貴のお下がりだった。
ソファーの上の棚には衣類。
薄い水色の壁紙と、紺色の床。
至って普通の部屋だ。
俺は、勉強は嫌いだが読書が好きなため、本はとなりの部屋に全て置いてある。
いわば、俺の図書室化している。
部屋にある本といえば、ゲームの攻略本くらいだ。
「だって、あたしが一番最近に来たときは、あそこにキリンのぬいぐるみがあって・・・」
ソファーがある辺りを手で示して、言う。
「いつの話だよ・・・」
「ん・・・。小三?」
「おい!てか、俺の部屋よりお前の家の方がゲームがあったから、お前の家ばっかり行ってただろ?」「そうだけど・・・。やっぱり二年間、長かったかな・・・」
「長、い」
また、寂しそうな笑顔になった、ちぐ。
ちっ、俺といるとこうなっちゃうんだよな・・・
「あっ!」
急にはっ、として声をいげたちぐ。
「ん?どうした?」
「これ」
デスクの上に飾ってあった木製の写真立てを持ってきてみせた。
「とっといてるんだ、あたしの部屋にもあるよ」
寂しそうな面影が消えた笑顔で、笑いながら写真を見つめるちぐ。
「あ・・・その写真か」
その写真というのは、
小学六年生、最後の運動会で学級対抗リレーで優勝したときの写真だった。
ちぐと、俺が黄色いハチマキをつけて写っている。
当時、俺より背が高かったちぐが、満面の笑みで俺の頭をくしゃくしゃにしていて、俺は黄色いバトンを持った手で、やっと届くちぐの肩を組んでいる。
ちぐは、今と変わらず、寝癖で髪の毛がはねている。
この写真を、ちぐも飾っていると思ったら
自然に笑顔になってきた。
「優勝したときのだろ?ちぐの部屋にもあるのか?」
「うん。一番好きな写真だから・・・」
「何で?」
「大輝と二人で写っているの、この写真だけだから」
座りながら、写真を見ているちぐは上目遣いで俺を見上げている。
頬を赤く染めながら。
・・・・染めながら!?
おい!そんな顔で、み、み、みつ・・・。
思わずちぐを見ていられなくなって、ベッドに視線を移す。
耳たぶが熱くなっていくのが分かる。
「大輝・・・」
「な、何だよ」
視線をちぐに戻す勇気はまだ湧かないから、視線は外したまま答えた。
「背、伸びちゃったね」
「当たり前だろ、成長期バンザーイ!」
「あたしの方が大きかったのに」
「残念でした。ちぐ、今どのくらい身長あるの?」「160ちょっとかな?」
「じゃ、俺より20cmは小さい訳だ。随分と変わったな」
「大輝が変わったの」
「あの頃は、ケンカしたら俺、ボコボコだったけど今ならわかんねぇよな」
「あたし、まだ勝てる自信あるよ」
「そ・・・そういえばちぐ、先輩を半殺しにし、恐喝野郎を意識不明に・・・」
「尾ヒレ付けすぎ!!正当防衛だから!」
「てか、何でそんな強いわけ?」
「知らない。戦闘系の本の動きを真似して、練習したら・・・?
あと、相手の動き見てたら分かるよ?殴らなくても、避けるだけで倒せるし」
「え、どうやって」
「例えばだよ?左右から襲い掛かって来たら、タイミング合わせて足の間から逃げ出せば、お互いに殴り合うし、タイミングが合わなかったら、しゃがんで避けてから、もう一人の靴紐踏むとか」
「そんなこと、普通出来ねぇよ・・・」
男でも出来ねぇよ、普通。俺は、無理。てか、試す機会が無い。
「ちぐ、そんなに暴れる機会あるのか?」
「ゲームセンターの従業員に知り合いがいるんだよね。そこで、遊んでるふりして不審者がいたら事務所に連れていくバイトしてんの。土日に。
正式なバイトじゃないから、五百円くらいしかもらえないけど。
かつあげとか、スリとか、注意してついて来ない時とか、暴れだしたらちょっとね」
ちぐの知り合い・・・。
なんて危険な仕事を女の子に任せてるんだ・・・。
それで照岡が助けられたって言ってたのか。
「あんまり暴力振るいたくないから、最近避けるだけにして自滅させてるけどね・・・」
「そっか」
ちぐの、知り合いとやら。一発あんたの頭を殴ったら正常に動くか?
警備員雇え!!五百円で!
「あっ、大輝。今何時?」「今?七時」
「もう!あたし、そろそろ帰るね。絵空がいるから・・・」
「おう。送ってく」
「え?いいよ」
「いいから・・・」
こんな時間に年頃の女子が一人で帰るなんて、危ないじゃないか。
ま、ちぐなら変質者も撃退できるかも・・・?
いやいや、俺だって男なんだし。
玄関でさよなら、は情けないよな。
「姉貴ぃ。ちょっと、ちぐの家まで行ってくる」
「あっ、千雲帰るの?」
「お邪魔しました」
「いいの!いいの!大輝をよろしくね」
「は・・・はい」
姉貴・・・両目をつむるウインクはやめてくれ。
「大輝、襲うんじゃないよ」
------------っ
「何言ってんだよ、エロ婆!」
「ははは。婆とは何よ?あんたがしそうなことを忠告しただけでしょ?」
「送ってく意味ねぇだれが、だいたい俺はどっかの姉貴と違って・・・」
「千雲!!またね!」
「さようなら」
こんの、姉貴がぁ・・・
「はぁ・・・」
「本当、仲良しだよね。大輝と里美さん」
「そうでございますか。猿と犬が同じ家に住み着いてるようなもので」
「ぷっ。大輝が猿?」
「俺は犬」
「あはは!どっちでも同じだよ」
ちぐは、自分の自転車に乗っている。
俺は、自転車を姉貴が壊したため、スケートボードに乗って並走する。
しばらくすると、ちぐの家が見えてきた。
ん?人影・・・?
ちぐの家の前には、小さい人影が見えた。
「絵空!!!」
「ちぐぅぅぅ!!」
絵空がちぐに突進する。
「まって、絵空!あたし自転車だから」
ぶつかる寸前で急停止。
絵空の目は涙目で、手には防犯ブザーを持っていた。
「ちぐ!遅いよお。帰ってきたら、お父さんは仕事でお母さんは出張でいないんだもん!」
「ごめんね、絵空。
ちょっと、さや兄の家に行ってたの」
絵空がちらっと、俺をみた。
「さや兄なら・・・許してやろう・・・」
「おし!!偉い!ご飯は食べた?」
「うん!!!プリン!」
「それは、おやつでしょ?待っててね、今作るから。それまで、あたしのゲームしてていいから」
ちぐが言うと、「わぁい」と言って家の中に走り込んで行った。
「ごめんな。遅くなって」
「大丈夫。また絵空とも、遊んであげて?」
「勿論」
「じゃ、また明日ね」
「またな」
俺は、スケートボードに足を乗せて発進・・・。
「待って」
ちぐが、呼び止めてきた。
「なんだ?忘れ物?」
「ううん。大輝、携帯持ってる?」
「お、おう」
「交換してくれる・・・?番号と、アドレス」
「いいぜ」
そういえば、俺はちぐの携帯の番号を知らなかった。
小学生時以来だから当たり前か。
「赤外線ね」
お互いのケータイの背を近づける。
ちぐの携帯、黒でスライド式。
チューリップ型のビーズが先についている、手作り風のストラップがついている。
俺のは、空色で四角い折り畳み式の携帯。
ストラップは無し。
「ありがとう」
「いや、こっちこそ」
「里美さんに、教えてって言ったんだけど、自分で聞きなって言われちゃった」
ありがとう・・・・姉貴。
「ふぅん。あのさ、そのストラップ・・・」
何となく気になった。
「あ、これ?絵空が誕生日にくれたの。中二の時。」
「絵空とちぐも、仲いいよね」
「絵空は、大人だよ・・・・」
「ちゃんと留守番してたもんな」
「うん。じゃあね!あとでメールするよ」
「じゃあ」
スケートボードを蹴り出す。
-----午後十時。
俺は、ベッドで読書をしていた。
「そろそろ寝るかぁ」
部屋の電気を消そうと立ち上がる。
「ピロリッ」
携帯の着信音が鳴った。
「ん?メール?」
パソコンの前に置いてある携帯を開くと、メールが一件来ていた。
件名には、<ちぐ>。
今日はありがとう
今日、十字公園でさ
戻ったっていう話・・・したよね。
けど、大輝の事は二年間忘れてなかったからね。
大輝といるときは、いつも、あたしだからね
「戻ったって・・・」
あぁ、ブランコでの。
俺と居るときは、いつもあたし・・・か。
難しいけど、言いたいことは分かる気がした。
何となくだけど、嬉しくて、胸がむずむずした。
俺はすぐに返信した。
おう。
明日な!
ちぐは、やっぱり強い。
戦闘的な強さもあるけれど、他の面でも、強い。
けど、今のちぐは
上手く言い表せないけれど・・・
何かが、変な気がする。
ま、気にすること
ないか