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両親の離婚後、母の死を経て東京の筑波学院へ進学した高梨龍。憎しみを糧に勝利を追求し、宿敵・桐生を破るなど頭角を現す。やがて「復讐」を胸に秘める恩師・黒田の福岡移籍を知り、自らも同行を決意する。



 まるで、俺は流浪の民だ。


 北海道、東京、そして福岡。


 転勤族ってやつがあるそうだが、それって、普通父親の仕事の都合なんだろうが、だとすれば、俺はそれには当てはまらない、やはり流浪の民というやつだ。


 あれは、俺が小学校一年生の時だ。

 両親の離婚。突然だった。

 理由は判らないし、今となってはどうでもいい事だ。


 高梨龍、名字は、両親が離婚した後の母さんの旧姓だ。

 甘えん坊だった俺は、母さんの側を離れたくなかったし、母さんも俺を引き取ることを親父に強く訴えた。

 

 北海道室蘭市。

 俺が生まれたこの町は、半島の半分が製鉄所の工場になっていた。

 平坦地が工場用地となっていたことから、一般の住宅は、やたらと坂の多い立地に群生して建ち並んでいた。

 半島の根っこには、地球岬というだいそれた名が付けられた岬と灯台があり、曲線を描いた水平線を背にして、室蘭市内を一望すると、そこには、煤煙で茶褐色となった何の情緒もない工場群が遠くまで続いているのが見えた。

 

 父親は、元々神奈川県出身の人で、プラント設計を仕事としていた人と聞いたことがある。

 数年にわたる神奈川からの出張で、室蘭市に居住した父親は、市内で唯一の総合病院で働いていた母さんと知り合い、結婚し、神奈川県に戻らずに室蘭市内で居を構えた。


 俺が小学校に入学するまで、俺たち家族は、地球岬へ向かう急勾配の道のてっぺん近くの一軒家を借りて住んでいた。

 家から五分も歩けば、断崖絶壁の下に太平洋が広がっていた。

 都会育ちの父親は、そのまま残されているような自然環境と、高度経済成長期の象徴のような工場群の両方を風景として共有できるこの地にあこがれを覚え、地元民である母さんの反対を押し切って、この家で家庭をもった。


 変化は突然訪れた。

 と言っても、幼かった俺には分からないまま話しが進行していたとも考えられるが、ともかく、俺にとっては、突然のできごとだった。

 母さんは、俺が保育園の年長組の頃から、室蘭市内でデパートの店員として働き初めていた。

 当時は、共稼ぎする必要の無い家庭だった。

 父親は、やさしい人で、俺になんでも買ってくれた。新しいおもちゃが出ると、友達が買うより先に、いつも一番に買ってくれた。


 一つ年上の姉さんはしっかりもので・・・・・・・・。


 そういえば、俺には姉さんがいたのだ。その面影さへも思い出せない存在となっていたが、確かに、いたのだ。

 いや、それはどうでもよいのだが、あるとき、父親が勤める会社の本社である東京に戻らなければならないという話が持ち上がった。

 それがきっかけとなり、母さんと父さんは、反目するようになった。

 母さんが、東京や神奈川に移り住みことを頑強に拒み続けたからだった。

 三ヶ月ほど、その状態が続いたある日の夕方、俺は父親に散歩に付き合わされた。

 地球岬から眺める太平洋は、濃い紫色にそまり始めていた。


 「リュウ。あのな・・・・」

 「・・・・・」

 「父さんと母さん、離れて暮らすことになったんだ」

 「離れてって、どういう意味」

 「うん。別々に暮らすってことさ」

 「ん?・・・・・・」

 「お姉ちゃんには、もう話してある」

 「・・・・・・」

 「それでな。お姉ちゃんは、父さんと一緒に、神奈川で一緒に暮らしたいと言ってくれた」

 「・・・・・」

 「父さんは、リュウも一緒に来てほしいって思ってる」

 「母さんも一緒なんでしょ?」

 「離れて暮らすっていうことは、そういうことじゃないんだ。母さんは、このまま室蘭に残るんだ」

 幼いながらも、おぼろげながら、事態が分かりかけてきた俺は、何かは分からないが、涙が頬を伝いはじめ、しまいには、言葉にならない鳴き声となっていった。

 親父は、そんな俺の頭を優しくなぜながら、ごめんなという言葉を繰り返した。











 母親と俺が家を出て暮らす様になって、親父と姉さんは、室蘭の地を離れた。


 その数ヶ月後、見知らぬ男が同居することになった。


 なんだか知らないおっさんだけど、俺にも母さんにも優しい人だったし、トラックの運転手をしていて、行く先々でお土産を買ってきてくれる、子供にとっては無害で、同居を拒む理由が見つからないおっさんだった。

 

 崩れた生活が更に崩れたのは、小学校三年生の頃、両親が離婚して二年ほどたってからのことだ。


 優しいと思い込んでいたおっさんが、突然豹変した。


 トラック運転手であったはずのおっさんが、毎日家にいて、ゴロゴロと無駄な時間を過ごし、外に出かける時は、きまってパチンコか競馬という日常をおくるようになった。

 その為、母さんは、結婚前の職業である看護師として病院に勤めるようになり、母さんが俺とおっさんの日常を支えるようになった。


 幼かった俺は、それが何を意味するのか判らなかったが、学校から帰っても母さんは居なくて、夜遅くに帰って来るか、夜勤の時は次の日にならなければ帰ってこないという生活となったことに、子供ながら、不満と不安をいだくようになった。


 学校から帰ってきて、昼間からビールをあおって寝転んでいるおっさんは、いっこうにその生活スタイルを変えようとせず、その内、昼間、俺が家に居ることさえ嫌な顔をする様になった。

 それを知っているはずの母さんでさへ、おっさんには文句一つ言わず、黙々と仕事をし、おっさんが要求する通りのこずかいを渡し、俺に対しては、


 「がまんしてね。あの人、ほんとはああいう人じゃないから」


 と、現実と正反対の事を繰り返し言うばかりだった。

 

 ある時、学校から帰った俺は、幼いながら、おっさんに文句を言った。母さんの子としては当然の言い分だった。


 「母さん大変なのに、おじさん、なんで家でゴロゴロしてんのさ」


 「・・・・・・・・・」


 「ゴロゴロしてて、楽しいのかよ」


 それを聞いた瞬間、おっさんはジロリとおれをにらんだまま何も言おうとしない。


 「・・・・・・」

 おれも、それ以上は何も言えなかった。

 ただ、六畳一間しかない家の中で、おっさんと一緒に居る時間には耐えられず、学校の授業が終わってからまっすぐに家には帰らず、暗くなるまでフラフラと町を歩いたり、公園で遊んだり、時には母さんが勤めている病院に遊びに行ったりといった生活を続け、母さんが家に帰る時間まで、家には帰らないという毎日をおくった。


 おれには、友達と呼べるやつは一人もいなかった。

 学校では、悪ガキの筆頭というレッテルを貼られ、周りの連中は、親からおれと友達になることを反対されているらしかった。

 おれは別に乱暴ものでも、いじめっ子でもなかった。

 ただ、子供の頃から、たとえそれが先生であろうと、なんであろうと、言いたいことをズバズバ言うタイプで、先生から毛嫌いされていた。

 母さんが仕事で忙しく、学校で配られたプリントなんかは渡したこともない。だから、図工で必要な物を用意したり、遠足の当番で必要な物を用意したりできなかった。

 仕方が無いので、その都度、隣のやつに必要な物を借りたり、余分な物を分けてもらっていたが、それが度重なり、一種習慣めいたものとなった頃から、教室では、おれを強奪屋と呼ぶようになった。

 先生も、最初の内はなぜいつも自分で用意ができないのか詰ったが、その内あきらめたのか、何も言わず、ただ傍観している存在となり、それが、他の連中の親から責められ、最終的におれを敵視するようになり、それにならったように教室の連中の殆どがおれを敵視するようになった。

 中には、そんなおれに気配りをしてくる女子もいたが、おれは、そんな見せかけだけの言葉はけっして信じなかった。

 そう、あの優しかったおっさんは、みせかけのおっさんで、今は母さんを苦しめるだけの存在となっている様に。

 

 事態が悪化したのは、あの時からだった。


 めずらしく、夜勤明けだから、早く帰れるという母さんの言葉を信じて、おれは授業が終わってすぐに家に帰った。

 けれど、家にはおっさんしかおらず、夕方なのに、既に酒に酔ってグデングデンの状態だった。


 「おじさん、母さんは?」

 「知るか・・・」

 「母さん、今日、早く帰ってくるっていってた」

 「そんな事どうでもいいんだよ。それより、ちょっと酒買ってきてくれよ」

 「どうでもいいって、今日、久しぶりに三人でご飯食べようねっていってたよ」

 「うるさい!」

 おっさんは、相当酔っているらしく、ろれつが回らない状態だった。

 そのだらしのないおっさんを見ていて、俺はキレた。

 「おっさん。なんでここに居るんだよ!」

 「なんだって」

 「だから、なんでここに居るんだって聞いてんだ。母さんだって、あんたみんたいなやつ、サイテーだって言ってたぞ!」

 「なんだと!」

 その言葉が終わらない内に、おっさんの平手が、俺に飛んできた。

 部屋の隅にすっとんだ俺に、おっさんは更に平手を浴びせてきた。


 「ただいま」

 その時だった。帰ってきた母さんが、ただならぬ部屋の様子を見て、青くなって言った。

 「あんた、リュウになにやっての!」

 おっさんは、一瞬、母さんをジロリとにらんで、俺から離れ、そのまま何事もなかった様に寝転んで、テレビを見始めた。

 母さんは、俺にかけより、俺を抱きしめた。何も言わなかったけれど、ポタポタと暖かな涙が、俺の頬に落ちるのを感じた。


 公園のブランコ。か細い街灯だけが夕闇を包んでいる。

 俺と、母さんだけが、ブランコに揺られている。

 「リュウ、ほっぺ痛くない?」

 「痛くない」

 「ごめんね。三人でご飯、食べられなくなっちゃったね」

 「おっさんとなんて、食べたくないよ」

 その横顔を悲しげに見つめていた母さんは、おもむろに言った。

 「リュウ、剣道って知ってる?」

 「けんどう・・・知らない」

 「実はね。母さん、前々から考えてたんだけど、母さんの知り合いに剣道の道場をしている人が居てね、リュウちゃんのこと話したら、ぜひ通わせてみたらって言ってくれたの」

 「剣道って、チャンバラみたいなやつ?」

 「そうね、似てるけど、ちょっと違うかな。でも、リュウちゃんと同じ年頃の子がたくさん通ってて、お友達だって、たくさんできると思うよ」

 「友達なんて、いらない」

 じっと俺を見る母さんの顔が、悲しみから悲痛に代わっていくのが、子供ながら俺の心に打撃を与えた。

 「いやだったら」

 「いやじゃない!道場に通う」

 「つらくても平気?」

 「俺、強いんだよ」

 


 翌日だった。学校帰りの俺を、母さんが、剣聖館という道場に連れていった。

 そこは、通っていた学校から更に丘を登って、殆ど丘の頂上にある道場で、室蘭市内が一望できる高台に位置していた。

 館長は、木下と名乗った。

 母さんとは昔からの知り合いらしく、俺の家の事情も多少知っている様子だった。

 母さんを悲しませたくないということだけで、ここに来てしまったが、総勢三十名も居る門弟を見て、なんだか、恐怖を感じざるをえなかった。

 母さんは、仕事があるからと言って、その恐怖の中に俺一人を置いて、病院へ戻っていった。

 居並ぶ門弟が正座して森閑とする中、木下館長は皆に言った。

 「今日は、稽古を始める前に新しい門弟が入門する。ついては、当道場の規範通り、試験を行う」

 「へっ?」

 「高梨君。こちらに来なさい。みんなの前で、通っている学校名、何年何組、名前をできる限りの大きな声で皆に紹介しなさい。皆が、合格と認めたら拍手してくれます。認めないなら、拍手してくれません」

 入門試験というのは、たったこれだけのことらしい。なんだがバカバカしかったが、俺は、緊張から抜け出す為にも、できるだけの大声で、学校名、学年と教室名、名前を叫んだ。俺の張り上げた声だけが道場に響き渡る。

 「・・・・・・・・」

 無反応・・・・・。

 居並ぶ門弟の誰一人として拍手する者がいない。

 あたまにきた俺は、ありったけの声を張り上げて、同じ言葉を繰り返すが、何回叫んでも、門弟達の反応はなかった。

 なんだよ、これ。

 木下館長の方をちらっと見たが、木下館長は腕を組んだまま目を閉じているだけだった。

 十回目に叫んだ後、木下館長は、俺に道場を駆け足で三週することを命じた。

 ゼイゼイ言いながら、十一回目、十二回目と、俺の叫びは続くが、門弟達は無反応だった。

 これは、嫌がらせに違いない。どうせ、俺なんか入門させる気なんて無いんじゃないのかと思って、なおさら意地になって、更に大きく叫び続ける。

 二十回目、木下館長は、再び駆け足で道場三週を命じた。

 道場内を走っている内、なんで、俺はこんなことしなくちゃならないんだって思う心と、母さんに申し訳ないって心、恥をかきたくないっていう心が入り交じって、なんだか、自分自身が分からなくなっていた。

 道場三週を終えて、再び門弟達の正面に立った時、なんだか、俺自身を全否定された気持ちになって、そして、それを受け入れるしか無いと、なんとなく思った。


 二十一回目。俺は初めて、邪念なく素直に俺自身の名を叫んだ。


 その時、いきなり、三十名の門弟の拍手が道場内に轟いた。

 そして、それに続いて、木下館長の「入門を許す」という一声が道場に響いた。

 どうやら、俺は入門を許されたらしい。

 「高梨君。今の様に、我を捨てる修行を積むこと。それが剣道の修行です」

 木下館長は、厳しく、そして優しくそう言うと、俺の頭をなでてくれた。

 小学校三年生で、その意味は理解できなかったが、なんだか知らないが、素直にハイという言葉が口からこぼれ落ちた。

 剣聖館道場は、月曜日から金曜日の午後四時から八時まで、土日を除いて毎日稽古があった。

 俺の家から道場までは、片道一時間はかかる。学校から直接道場に行って、帰りは毎日九時半頃になった。

 その時間には、家に帰ってもおっさんは既にいびきをかいて寝ていた。

 道場に通う前は、学校が終わってから、母さんが仕事を終えるまで、フラフラと町をさまよったり、母さんの勤める病院で時間を過ごしていたが、道場に通うようになって、その不安定な時間の全てを剣道に費やす生活に変わった。

 

 俺と剣道との出会いは、俺と、おっさんとの関係を途絶させる為の手段に過ぎないものだった。





 小学校五年生になった俺は、道場内では小学生組で敵がいなくなっていた。


 学校では、依然として友達はおらず、先生からも嫌われる存在だった。

 その分、道場では、剣道だけで同門の子らと話ができる。そして、学校での鬱憤を道場で全てはき出すことができた。

 俺にとって、道場は、生活の全てで、たった一つの居場所となっていた。


 入門したての頃は、ひどいものだった。初めて防具を着けることを許された初日から先輩達は容赦なく打ち込んできて、俺はたたきのめされるだけの存在だった。

 けれど、よく考えて見ると、たとえ竹刀であったとしても、正当に人を打ち据えることができる快感を味わえるのは剣道しかない。

 それに気づいた俺は、剣道にのめり込み、相手をたたき切る快感に浸り、人をたたき切る技の修練を鬼のように積み重ねていった。


 小学校五年生の道場対抗全国大会で、俺は五年生の部で、全道大会で優勝し、全国大会に出場するまでになっていた。


 木下館長は、何かと俺に目をかけてくれて、一般の練習が開始される午後八時半以降の稽古に出ることを許してくれ、また、帰りが遅くなった時は、ご自宅に泊めて頂くこともたびたびあった。


 ご自宅に泊めて頂く時も、剣道の話しかしなかった。

 剣道とは、人の心の詠みあいである。

 自分の事ばかり考えている者は、人の心や痛みが判らず、詠み合いで負ける。

 技とは、出すものではなくて、無意識に出るもので、その為に不断の修練が必要である。

 勝敗に優劣はない。勝って何を学び、負けて何を学ぶかこそが剣道の修業である。


 小学校五年生に、これらのお教えは難しく、半分もその意味を理解することはできなかった。

 ただ、他人から真剣に教えを受けた経験の乏しい俺にとって、木下館長の言葉の一つ一つが、温かな心のこもった言葉として受け止められた。


 小学校六年になって、俺は、中学生とも互角以上に闘える実力を身につけるようになっていた。


 ただ、剣道の修練を積み重ねることによって、先達がおっしゃっている剣道の理念や精神修養の様な言葉に疑問を感じるようになり、木下館長からお教えを受けてきた言葉の一つ一つに対しても矛盾を感じざるをえなくなっていた。


 剣道は、刀での切り合いから進化した武道であることは、だれだって否定できないはずだ。

 要するに、殺傷の訓練を手っ取り早く安全に行う為に作られたのが竹刀で、また、殺傷道具が時代によって使えなくなった代わりに竹刀が使われるようになっただけで、根本的に竹刀は、刀に代わった殺傷兵器のなにものでもない。

 その殺傷兵器を使用する剣道で、勝ち負けにこだわるなというのは、そもそもおかしな話だ。勝たなければ、自分自身が消えてなくなるじゃないか。

 剣道は、確かに相手の心の詠み合いだ。けれど、人の心の痛みが判らなければどうして勝てないのか。詠み合いとは、どう言い繕うと、所詮だまし合いで、だました方が勝ちではないのか。

 現にどうだ。剣道の全日本選手権では優勝した者しかその栄冠が与えられず、世間から注目されないではないか。


 小学校六年生ながら、漠然とした疑問が次第に具体的な形となり、俺の剣道は、勝って生き延びることのみを目的とした剣道へ変貌していった。

 

 その年の春から夏にかけて、俺は、道場対抗全道大会で個人優勝し、全国大会でも小学六年の部で個人優勝を果たした。

 だが、木下館長はそんな俺に対して、

 「高梨君。それで満足ですか・・・」

 としか語らなかった。



 流浪の民とは、こういうことだと言うことを思い知らされた。


 俺が全国大会で優勝を果たした翌月。


 母さんが亡くなった。


 膵臓がん。医者の話では、沈黙の臓器といって、最悪の状況にならなければ病んでいることが発見できない臓器であると聞かされた。

 そんなことはどうでもいい。

 俺にとって、母さんがいないという世界は、どう想像しても想像できない世界だったし、ただ、ただ眠っている母さんを見ても、明日になったら目をさますとしか考えられない状況だった。


 ものすごく曇った視界で意識がもうろうとしていた中で、いろんな人たちが右往左往して動き回っていたという記憶しか無かった。

 そして、母さんの葬式が終わった日。あのおっさんが、突如として姿を消した。


 葬式が終わった夜。見た事も、会った事もない親族達が集まった。

 ふしぎな事に、誰も、姿を消したおっさんについて語ろうとする者はいなかった。

 その席に、どこかで見たような男の人と、中学校の制服を着た女の子の親子がいた。

 

 父さん・・・・・


 呆然と見守るおれに、その男の人と中学生が話しかけてきた。

 「リュウ、大きくなったな」

 「・・・・・・」

 「リュウちゃん、私のこと覚えてる?姉ちゃんだよ」


 「・・・・・・」


 なぁ、なんなんだ、こいつら。

 俺は、ここ二三日の夢から覚めたように、急速に意識が明確になっていき、それと同時に、途方もない怒りがこみ上げてきた。


 「なんなんだよ、あんたら」

 「リュウ?・・・・」

 「あんたらのせいだよ!。あんたらが母さんすてたから、母さんあんなに苦労して・・・・・母さん死んだのもあんたらのせいだ!」


 それをきっかけとして、俺は一気に感情を爆発させた。

 後は、自分でも何をしたのか分からない。

 気がつくと、ひっくり返されたお膳や精進落としの料理があたりに散乱していて、それを父さんと姉ちゃんが、悲しそうに黙々と片付けていた。


 俺は、葬式に列席していた木下館長の膝で泣きじゃくっていた。




 その夜から、二日間、俺は木下館長のお宅で、眠り続けた。


 その間、親戚達と父さんの間で、今後の俺をどうするか話し合いがあったらしいが、それに加えて、東京から見知らぬ人物の訪問があったと聞かされた。


 目覚めて、事の顛末を思い出した頃、木下館長が語りかけてきた。

 「高梨君。どうですか、気分は?」

 「は、はい。なんか、いろいろご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 「いえ、それは良いのですが、急な話で申し訳ないのですが、お父さんが、一緒に神奈川で暮らさないかとおっしゃってます」

 「・・・・・・」

 「それから、もう一つ。あれから、東京の筑波学院という中高一貫校の剣道部の総監督がお見えになって、中学から東京の筑波学院に通わないかというお誘いもありました。全寮制だから、暮らしにも困らないとも言っていました」。

 「・・・・・」

 「いや、今すぐとはいいません。ただ、お父さんのご希望も強く、君の学校のこともありますから、早めに決めて欲しいと思っていることは確かです」。

 「・・・・・」

 「筑波学院の総監督さんの申し出は、急がなくてもよいと思いますよ。ただ、ベストなのは、君がお父さんと暮らしながら、筑波学院に通うという選択です。総監督さんは、それもけっこうですと言っておられました」


 そか、俺、天涯孤独になったんだ。木下館長のお言葉を聞いて、初めて自覚させられた。


 父さんとの暮らしは論外だ。名だけの父さん。母さんを不幸にした父さんを絶対に許すことはできない。それに、あの中学生はなんなんだ。姉ちゃんだよって、よく言えたもんだ。自分だけ苦労しらずで育ったくせに。

 だとしたら、筑波学院の総監督の話にのるしかないし、自分だけで暮らすとなると、そうせざるを得ない。

 後から聞いて見ると、木下館長は、総監督にあまり良い感情を持たれていなかった様に感じる。

 黒田幻想・・・剣道家というよりも、卓越した指導者で、筑波学院の総監督を務めながら、他校の顧問を兼務し、何れも強豪校に育て上げた人らしい。


 母さんと住んでいた公団住宅は、既に解約手続きが採られ、父さん親子は市内のホテルに泊まって、残された諸々の処理をしているらしい。

 いまさら、父さんと会う気はさらさらない。

 だとしたら、黒田幻想が誘ってくれた筑波学院に行く選択しかないし、頼れるのはそこしかない。


 数日の間を置いて、俺は、木下館長に自分の気持ちを伝えた。

 木下館長は、それが君の意志であるのなら、そのようになる様お話を勧めますと言ってくれた。


 木下館長のお取りはからいで、俺は、来春から東京の筑波学院中等部に入学し、寮に入ることとなった。また、学費は免除となるが、その他の生活費やその他の費用は全て父さんが負担するということで話がまとまったらしい。

 父親から何らかの援助を受けることはいやだったが、理由はどうであれ、罪滅ぼしさせてもいいと思い、その申し出を受けた。







 春三月、千歳空港に見送りに来てくれたのは、木下館長だけだった。


 母さんが亡くなってから約半年間。俺は、木下館長のお宅で世話になった。

 俺を育ててくれた剣聖館。俺は、この半年間で、自分でできる限りの恩返しのつもりで、道場の掃除から防具の点検、掃除、洗濯までこなした。

 それでも、足りないくらい、たくさんの教えと恩を木下館長から受けた。


 木下館長は、空港に来てからも、着替えの事や、食事のことを気にして、昼食の弁当を俺にわたしながら、そわそわと落ち着きがなかった。

 こんな木下館長を見るのは初めてだった。


 出発ロビーに入る前。俺は、木下館長に深く礼をした。

 木下館長は、何時もの威厳をもった所作で、俺をだまって見つめていた。



 「高梨君。心がおれそうになったら、いつでも帰っておいで、ここは君の故郷なんだから・・・」


 俺は、その言葉に笑顔で一礼した。


 雲海が遙かに下に見える。

 空は、青く、どこまでも透き通っていた。

 

 俺は、次第に恩師である木下館長のお教えにも疑問を感じ、それにまるで抗うように、相手が誰であろうが敵であり、敵である以上、自分が生き残る技を磨くことしか考えてこなかった。

 木下館長は、そんな俺の心の変化、心情を全て飲み込み、あの空のように、透き通った心で俺を包んでくれた。


 空港で木下館長が買ってくれた弁当を広げる。

 包みの中に、一通の手紙が添えられていた。



 本当の強さとは、己の弱さを知ることです。

 己に勝って、初めて勝負に勝てるものです。

 勝ち負けにかかわらず、努力や志の強さは、けっして君を裏切りません。

 己の力で績いだ道は、続く道の礎となり、人の為の礎となるでしょう。

 


 涙が頬を伝わった・・・・・

 弁当の味は、やたらとしょっぱかった。




 老成・・・という言葉は、いくらなんでも中学生には使わないだろう。


 けれど、今、寮で同室となって、黙々と机に向かい、剣道日誌を書いている人物は、この言葉を具現化したような存在だ。


 筑波学院中等部男子剣道部主将・・・飛田伝助。


 鹿児島出身のこの先輩は、九州男児を絵に描いたような・・・というより、それを強烈に自負している人物で、ゴツい体躯のうえに、顔は、シーサーに似ている。

 同級生達からは、トンだ人と同室になったなぁ。と一種哀れみを込めて言われたが、なんのことはない。トンだ人とは飛田先輩の名字そのものだった。

 ただ、このトンだ先輩。異常に寡黙な人物で、こちらから問いかけなければ何も喋らない。これには、さすがの俺も辟易した。

 そのおかげで、学校生活全般のことや新入生として心得ていなければならない諸々の事をトンだ先輩から伝授されず、俺は、何時も同級生らに一歩遅れをとるはめになっている。



 季節はもう六月になっていた。

 北海道には梅雨というものが無かったが、東京に来て初めてその存在と、うっとうしさを知った。


 筑波学院は、東京のはずれの町田市の郊外に存在していた。

 広大な敷地の中に中等部、高等部があり、男女共学ではあるが、授業も部活も男女それぞれに分かれていた。

 一年生のクラスは八教室あった。

 その内、ニクラスが理系クラスといって、難関大学を目指すクラス。三クラスが俺を含めたスポーツ推薦のクラス。残り三クラスが通常受験で入ってきた者のクラスで編成されていた。

 スポーツ推薦の三クラスには、野球部、サッカー部、ラクビー部、バレーボール部員らが多くを占め、全国各地から集められた生徒で構成されていて、中にはなまりがきつくて、何を喋っているのか解読不能な者も居た。


 剣道部は、驚くことに、中等部十六人、高等部二十二人と人数が少なく、スポーツ特待生で入ってきた新入生は俺を含めて三人しかいなかった。

 後で分かったことだが、強豪校である筑波学院剣道部に、その名にあこがれて入部を希望してくる者はかなりの数存在していたが、正式入部の前に、総監督である黒田先生に入部テストを受けさせられ、その殆どが入部を許可されず、少数精鋭の人数を保っているということだった。


 剣道部の練習日は、週の内月曜日だけが休みで、平日は午後四時から八時まで、土日は、午後二時から八時まで、殆ど剣道浸けのカリキュラムが組まれ、また、週の内三日は、朝練と称して、授業前に視聴覚室に部員が集まり、中等部、高等部に分かれて、地区の強豪校との過去の試合、県大会の過去の試合、全国大会の過去の試合のビデオを見せられ、その都度、監督が、一つ一つの技について解説し、想定する対戦相手の弱点を生徒にたたき込ませた。


 他の部活と違い、剣道部の場合、先輩後輩の関係は当然あるとしても、武道であることから、下級生をパシリに使ったり、雑用を新入生のみにやらせることはなかったが、完全に実力主義を採り、正選手選抜は学年に無関係に行われ、それが熾烈を極めていた。



 俺を筑波学院に誘った黒田総監督の本業は、東京武道大学の准教授という肩書きで、現に、昼間は東京武道大学で講義を受け持っていた。

 そして、夕方からは筑波学院剣道部の総監督として週に三日、監督の堀江先生に指示を与えると共に、綿密なカリキュラムに沿った稽古の進捗状況を確認し、時には自ら生徒に指導を行っていた。

 そして、残り週三日は、湘東学園剣道部の顧問として同学園剣道部の部員を指導するという、極めて多忙な毎日をおくっている人物だった。


 入学式を終えて、やっと中学校生活に慣れ始めた五月、剣道部内では、六月に開催される、全国中学校剣道大会の地区予選が開始される。

 それに向けて、部内選考が三日間かけて行われた。

 十六人の部員の内、正選手に選ばれるのは五人。補欠二人。個人戦は人数制限があるため、四人しか選ばれなかった。

 徹底的な結果主義の中で、学年と無関係に、三日間で十五戦を行い、勝ち数の多い者から正選手に選ばれる。


 これは、かなり過酷で、特に一年生などは体力の差と緊張感で、飯ものどに透らない状況に陥った。


 俺は、この部内選抜で、十三勝、二敗の成績だった。

 負けたのは、主将の飛田先輩と副主将の柳井先輩だった。

 飛田先輩の剣道は、パワー剣道だが、時限流を盲進している為か、一刀に全てをかける剣風で、竹刀に込められた気概を技で返すことはできなかった。

 柳井先輩は、技の徒で、こちらの繰り出すパワーを逆に利用され、まったくつかみところのないまま、気づけば敗戦していた。


 全試合が終わった夜。大会出場選手の名が発表された。

 飛田先輩は、全勝で大将に選抜され、柳井先輩は中堅。


 俺は、先鋒に選抜され、個人戦出場枠も獲得した。


 残りの二人は、名さへも覚えていない。



 夕飯と風呂を終えて、寮の自室に戻ると、既に飛田先輩は、机に向かって、剣道日誌を書いていた。

 俺は、一応、大将おめでとうございますと一声かけたが、飛田先輩は、

 「うむ」

 という一言だけ発して、こちらを向こうともしなかった。


 三日に及び部内査定に疲れ切っていた俺は、そうそうに寝床について、うとうととしていた。


 飛田先輩は、剣道日誌を書き終え、天井を見上げながら、何か考え事をしている様子だったが、こちらを見ないまま、突然声を発した。


 「高梨君なぁ・・」


 うとうとしていた俺は、その声に驚き、とっさに寝床から跳ね起きて無意識に正座した。


 「は、ハイ」


 「おんしの剣風には、情がなかと」

 「はぁ?・・・ハイ」

 「おんしの間合いは、常に死地の間でごわんど」

 「ハイ・・・」

 「お相手に余裕を与えんことはよかこつ、おんしの場合は、それを通り超して、斬るか、斬られるかの刹那を己でこしらえて、それを楽しんでごつ見えんど」

 「・・・・・・」

 「情のなか剣に、道の字は付かんでごわす」

 「・・・・・」

 「自分の殺気に殺されんよう、精進せばならんとよ」

 「・・・・・はい・・・」


 先輩が何を言わんとしているのか、半分も分からなかった。

 ただ、入学して以来、初めて長い言葉を発してくれたことは、ものすごくうれしかったし、俺自身の居場所を初めて確認できたような気がした。





 六月から始まった全国中学校剣道大会の東京都予選で、筑波学院剣道部は団体戦で優勝し、俺は個人戦二位で県大会へ進出した。


 県大会でも団体戦は優勝し、全国大会へと駒を進めた。


 個人戦の三回戦目、俺の相手は湘東学園の桐生だった。


 試合開始前、総監督の黒田先生が、すばやく俺に近づいてきた。

 「桐生には気をつけろ」

 「先生、桐生知ってるんですか」

 「当たり前だ。俺は湘東学園の顧問も兼務してるからな。この大会で、お前の最大の敵は、あいつだ」

 「・・・・・」


 それをいい終わると、黒田先生は、さっさと来賓席に戻って行った。


 開始線から一礼して、蹲踞する。

 はじめ!のかけ声と共に、お互い、半歩前に出て気勢を上げる。


 双方ともに中断。

 桐生の構えは、何の変哲もないものに見えた。が、違う。何かが違う。

 無駄な力が一切入っていない、自然体の構え。

 ぶれない上半身。

 何の雑念もないように見える、ひょうひょうとした構え、遠目の目付。

 

 「あいつには気をつけろ」


 黒田先生の一言が頭をよぎる。


 桐生は、その柔軟な足裁きで自身の間合いと、俺の間合いを探っている。

 とん!と一つ、右足の踏み足で、色を見せる。


 俺は、遠間を保ちながら、剣先を小刻みに上下させて、誘いを入れる。


 間合いの取り合い、探り合いで既に二分は経過している。


 その瞬間、あり得ない距離から、桐生の面が飛んできた。


 けして、虚をつかれたものではない。

 しかし、初動が見えなかった。というより、感じられなかった。

 からくも首を右に傾けて、その面をしのいだ俺は、鍔ぜりに持ちこんだ。


 近距離で互いの目を見た瞬間初めて気づいた。


 桐生の目は、俺の目をみていない。


 ひょうひょうとした構えに見える虚無感。

 目と目で相手を制し、挙動の気を感じるのが通常であるが、桐生の場合、はじめから俺の目を見ていなかったのだ。


 再び遠間に間を取って、構えなおすと、なるほど、桐生の目付は、俺の肩のあたりにあり、時には二の腕のあたりを探っている。

 そう感じた俺は、竹刀を構える腕の挙動をなくし、素早い足裁きで間を詰めた。

 小さな振りで小手を狙うと見せかけて、そのまま面の挙動に変化させたが、桐生は、すんでのところで、首をかしげて面を交わした。

 近間には弱い。

 しかし、時間は既に三分近く経過している。

 三回戦目で延長戦に持ちこみたくないのは、桐生も同じであろう。

 だとすれば、きめ技を出しに来る。

 それを予測した俺は、桐生のきめ技の面の距離に自身の身を置き、中断からやや下段ぎみに構えて、桐生の面をまった。

 桐生の右足を隠していた袴の裾が揺れる瞬間、俺の剣先は、桐生の小手を刺していた。


 「コテあり!」


 黒田先生が言っていた、最大の敵、桐生を倒した俺は、県大会に優勝し、全国大会へと出場した。


 全国大会では、団体戦、個人戦、双方で二回戦で敗退した。


 憤慨した黒田先生は、全国大会の次ぎの日から、地獄の特訓を部員に命じた。




 二年生の全国中学剣道大会も同じ様に推移した。

 飛田先輩や柳井先輩は高等部へ進学した為、俺は、部内査定で大将の座を獲得し、個人戦の選手にも選抜された。


 関東大会、団体戦は準優勝で全国大会に駒を進め、個人戦では、またしても三回戦目で桐生と対峙した。


 去年は気づかなかった。

 

 なにげなく、湘東学園の応援席を見ていると、女子部員が応援に来ていた。

 その中に、見覚えのある顔があった。


 「・・・・・・・」


 「シンちゃん!ファイト!」

 その声に応えて、桐生が手を軽く上げた。


 湘東学園の団旗が掲げられている上の客席に座っている女子。

 あれは、あの時、姉さんだよ・・・と名乗った女子だ。


 なぜ、ここに、なぜ湘東学園剣道部に、なぜ桐生をシンちゃんと呼んでいる。


 しばらく頭が混乱したが、回答は単純だ。俺の姉と名乗る、あの女子は湘東学園剣道部の女子部員で、当然、桐生とは親しい仲ということだ。

 その結論に達した俺は、鬼神となった。


 復讐してやる。



 蹲踞から、はじめ!のかけ声で両者が半歩前に出る。


 そう見せかけた俺は、いきなり近間に飛び込み、小手、面、胴の連続技を連発した。まるで掛かり稽古の相手に対峙したように、間断のない打突を繰り返した。

 桐生は予想外の俺の出方に困惑したのか、防戦一辺倒となった。

 

 倒す!。俺の母さんを、俺の母さんの人生をむちゃくちゃにした連中全てに復讐してやる。


 遠間に逃れた桐生は、自身を取り戻す為に、大きく深呼吸して、去年同様に虚無感に包まれたような、ひょうひょうとした構えにもち直した。

 桐生は、俺の小手を警戒していることは明かだ。


 俺は、桐生に心の作りをさせる余裕を与えず、近間に入り、大きな面の挙動をそのまま空振りするように桐生の胴の中央をめがけて突きを入れた。

 桐生は、その予想外の攻撃に態勢を崩し、左足を踏ん張って構え直す竹刀をそのまま俺の面に向けた。

 その瞬間、俺の剣先は、桐生の小手を痛打した。


 「コテあり!」


 旗とコールが上がったが、審判による協議が行われた。俺の胴への突きが反則ではないかというものらしい。中学では突きは禁止されているからだ。


 協議の結果、俺の胴への突きは流れの中で故意に出した技ではなかったとの判定で、時間ぎりぎりだった為、俺の一本勝ちとなった。


 試合が終わった後、湘東学園の応援席は、桐生に対して、よくがんばったと言うように拍手をおくっている。


 バカか、おまえら。そうやって、何時までも部活ごっこやってろ!


 心の中でそうつぶやいた俺は、あの中学女子を見向きもしないで、次ぎの試合会場に向かった。


 関東大会で個人優勝を果たした俺は、全国大会に出場し、その年、団体戦で五位、個人戦では準優勝の成績を収めた。



 全国大会の終わったある日、めずらしく、黒田総監督に呼ばれた。


 黒田総監督の部屋は、貴賓室でもないのに、校長室よりも豪奢な作りとなっていた。


 ふかふかしたソファーに座った俺に、黒田総監督は言った。


 「高梨。お前は小学生の頃から変わらんな」

 「はぁ・・・・」

 「お前の剣は、邪の剣だ」

 「・・・・・・」

 「剣に憎しみが込められている」


 「なんで、そんな事がわかるんですか」


 「俺も同じだからさ」

 

 「・・・・・・」


 「俺は、昔、兄を突きで殺されている」


 「えっ・・・」


 「俺が剣道を続けているのは、それが理由さ」


 「・・・・・・」


 黒田総監督のその言葉に、俺は言葉を失った。

 それにしても、なぜ兄が突きで殺されたことが、剣道を続ける理由になるのか、俺は頭の中で反問した。


 「なぁ高梨」

 「はい」

 「これから、言うことは他言無用だ」

 「は、はい」

 「俺は、来年、福岡の崇徳学園の中学、高校の剣道部監督に就任する」

 「えっ?崇徳学園って、インターハイ優勝常連校ですよね」

 「だから、関東での仕事は全て辞める。来年からは崇徳学園一本だ」

 「そう・・・なんですか」


 唐突な黒田総監督の言葉に、驚いた俺は、思考能力が停止した。


 「高梨。俺はお前を崇徳学園に連れていこうと考えている」

 「えっ!」

 「お前には、まだまだ可能性がある。その可能性を伸ばすには、福岡の方が良いだろう」

 「で、ですけど、いろいろ・・・・・」

 「大丈夫だ。お前の父親には既に話しをつけている。特待生として入学させてやるが、もろもろの生活費はかかる。お前の父親は、それも含めてお前の福岡行きを快諾した」


 「・・・・・・」


 「お前は、俺についてくるか?」

 「はい。俺を救ってくれたのは黒田先生です。どこまでもついていきます」

 「そうか。それじゃ、お前は来春から崇徳学園の生徒だ」


 「黒田先生。一つ聞いてもいいですか」

 「なんだ」


 「先生は、関東でのお仕事を捨てて、なぜ福岡へ行かれるのですか」


 「・・復讐のためさ・・・」


 

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