クルス
拙い文章ですが、よければご覧ください。ペコリ。
・・・夢を見ている。
目の前で、見たことも無い女の子が泣いている。僕は、その子を何とか慰めようと思うけれど、何も出来ない。彼女と僕の間には高い柵があって、とても近づけなかった。そこから、手だけを出してみるけれど、彼女の許へはとても届かなかった。そのとき、彼女のところに僕と同じくらいの男の子がやってきた。そして、女の子は男の子を見て瞳を輝かせている、ように見えて。僕は、悲しくなる。
あの男の子はこんなにも自由なのに。僕は、こんなにも不自由だ。高い柵で囲まれた部屋。部屋にはベッドだけが置かれている。いったい僕は何をしたんだろう? 何でこんなところにいなくてはならないんだろう? その答えは、僕なんかが知るはずは無かった。ただ、酷く、深く。
寂しいとだけ、感じた。
亮輔と奈々、二人はアパートの一室を借りて二人で暮らしていた。そして、料理はいつも、奈々の担当だった。まあ何回か奈々の代わりに料理をしてみたはいいが、その度に奈々に「亮輔は料理はいいから」と断られているのだが。なので、いつも朝食は奈々が作っている。その匂いにつられて、亮輔は目の間をつまみながら、身体を起こした。左右を見渡し、隣に奈々がいるのを発見した。
「・・・よかった」
静かに寝息を立てる奈々の姿。昨日は、何が起こったのか、いまだに自分の中で整理できていないが、それでもいいかと亮輔は思う。今は、隣に奈々がいるだけでいい。と、だんだんと頭が起きてきた亮輔は、この状況に違和感を感じ始めた。奈々は朝食を作っているはずだ。包丁のリズムのいいトントン、という音が聞こえてくる。起きたばかりで、そういえば昨日は昼食以降何も食べなかった。空腹を訴える亮輔の身体には、その違和感など些細なもので、とにかくそこに食べ物があることだけ理解できた。隣に奈々がいることも相まって、昨日からの緊張感から開放された亮輔は何か食事を欲していた。それこそ、今台所にいて食事を作っているのが誰か、ということが気にならなくなるくらいに。
「うむ、ようやく起きたか」
テーブルの上には、一人分の朝食が用意されていた。
「まさか、こんなことになるなんて。一樹のやつ、これも計算のうちなの・・・?」
その少女は今までに見たことのないほどに美しい、と思った。可愛い、でも綺麗、でも無く『美しい』。まるで、作られたもののように。
「ほら、何を惚けてんの? さっさと食べな。『がっこう』なんてのがあるんでしょ」
言われるまま、席に着く。何よりもまず、腹に物を入れることを重要視していたため、この少女のことは後回しだ。トーストに目玉焼き。横にはマーガリンもある。カップに口をつけると、苦い味がした。目玉焼きに少し醤油を掛けてトーストの上に乗せる。そのトーストに齧りつくと、思わず涙が出てきそうになる。ただでさえすごく腹が減っていた上に、あんなことがあって。でも、一つ思い出せないことがある。昨日変なやつに遭った。そして俺はあの刀を持って。で、気づいたら今日の朝になっていた。俺があの声を聞いて、なんか変な感じになって。そこから先、俺が今起きるまでの記憶がすっかり零れ落ちているようだった。あの時は確か・・・
「何泣いてんのよ」
こんな感じの声が聞こえてきて・・・え?
「何よ。人の顔ジロジロ見て」
俺は少女の顔をずっと見ていたらしい。思わず顔を伏せる。知らない少女とはいえ、やはり気恥ずかしい。いや、知らないからこそか? っていうか。
「君、誰?」
口調が子供に接するみたいになってしまう。それを聞いた少女は、口元をヒクヒクと引き吊らせた。
「誰に向かって君なんて三人称使ってんの、アアン!?」
そしていきなりけんか腰だ。わけが分からない。
「誰のおかげで助かったと思ってんの・・・ああ、その何のことだかまるで分かっていない顔! この青二才が!!」
んで罵倒される。ますますわけが分からない。
「まあなんとなくそうなんじゃないかとは思ってたけど、こうも見事に忘れられると清清しすぎて尚のことムカツくわ!」
もっとキツく言われる。本当にわけが分からない。
「まあいいわ。私に向かって『君』なんていうその腑抜け・・・じゃない、ふざけた根性に免じて私の名を教えてあげる! まあ正直、亮輔も知っておいたほうがいいでしょうし、私だけが亮輔って言うのを知ってるのも不公平っちゃ不公平だしね」
少女はぶつぶつと溢した後に、亮輔を見据え、凛とその名を名乗った。
「私はクルス。まあ、別によろしくしてくれなくてもいいけど」
亮輔の胸に拳を打ちつけ。
「あんたの事を守ってあげる、言われたとおりに、ね」
俺を、守る? 誰から? そんな疑問は、クルスの叫び声によってかき消された。
「ああ、占いコーナー始まっちゃった! このコーナー終わるまでに家から出すようにって言われてたのに!」
そこからのドタバタはもう思い出したくない。とにかく、亮輔はこんなに学校に行くのが億劫なのは初めてだった。奈々が心配だから今日は休む、というと
『あの人は大丈夫。『 能力』を少し使いすぎただけだから。あんたが帰ってきたら目ぇ覚ましてるわよ』
と、クルスという少女が言うので(それもとても拒否できないような剣幕で)その言葉に任せて亮輔は家を出てきたのだ。当然それでも残ると抗議はしたのだが
『あんたがあの人をどれだけ大事に思ってるかは知ってる。だから、亮輔は『がっこう』とやらに行ってきなさい。それがきっと、あの人のためだと思うわよ?』
その言葉のときのクルスの優しい笑顔にそれ以上何も言えなくなってしまって、今に至る。まあ家を出るときに『ありがとう』と伝えたときのクルスの面食らった顔はしばらく忘れられない気がした。
あいつは、本当は優しいやつなのかもしれないな。
疲れとなんだかやわらかい気持ちを感じた亮輔は、学校までの道をゆっくりと歩いた。結果は、言うまでも無かった。
とりあえず、教室に入ったときの先生の笑顔は、先ほど見た誰かの笑顔とは百八十度違う意味を持つことに気づいた亮輔は、今すぐ家に帰りたくなっていた。
今回から一話ごとの文字数が減る予定です。やっぱり背伸びは出来ないものだと実感。すいません。