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亮輔と奈々

作者の文章力は著しく欠如しております。それでも許してくれるやさしい方、大募集。初投稿ですが、どうかお手柔らかによろしくお願いします!

「はい、じゃあ、この問題を・・・」


「せんせー、また三神(みかみ)君が寝てますー」


女生徒が、一人の男子生徒を指差した。


「・・・・・・ぐぅ・・・・・・」


教師は、またか、といった風に頭に手をやる。もはやこれが当たり前の光景になりつつあるのは、そしてこの状況に慣れてしまっているのは、一教師としてどうなんだろうか、と彼女は思った。そして、実に幸せそうな寝顔を浮かべる彼を見て、溜息を一つ吐く。無視して、授業を進める。


「ほっといていいぞ。じゃあ、この問題を・・・」


高い、間延びした機会音が、スピーカーから流れた。同時に、教室中に充満していた緊張感が一気に開放された。と同時に、鞄をさっさと取り出し中に教科書を詰め込んでいく男子生徒が一人。先ほどまで居眠りをしていた男子生徒だった。


「明日はこの続きからな。日直!」


きりーつ、れい。日直の号令にあわせたりまったくあわなかったり。それというのも、これが彼、彼女らにとっての最後の教科だったからだ。一気にテンションが放課後モードに突入してしまっている生徒たちに、最後まで息を合わせろというのも無理な話なのだろう。


「三神!」


教室中が静かになり、生徒たちの視線が一点に向けられる。その先にいたのは先ほどの男子生徒。彼は「へっ? 僕、なにかしましたか?」という無邪気な目をしている。これが極めて真面目な様子なのだから、どうしようもないなと彼女は思った。


「黒板の問題写しておけよ。明日、この問題からだからな」


「な、ふあぁ・・・何で俺に? 俺、こんなの習ってないんだけど」


「寝てたからな。いいじゃないか、予習と復習が一気に出来るぞ」


「わー、お得ってんなわけあるかっ! って、消すなあ! 写すから、なっちゃんちょっと待グフォアッ!?」


「なっちゃん言うな!」


少年の額に前方から放たれたチョークがめり込んで、少年は一つ叫び声を上げたあと悶絶していた。チョークを投げた張本人は、涼しい顔で黒板の文字を消していく。このクラスの担任でもあるなっちゃん・・・こと三神奈々(みかみなな)は、帰りのHRへと話題を移す。


「さて、最近近くで物騒な事件が起こっている。幸いこの学校で被害に遭った生徒はいないが、十分に注意するように。くれぐれも寄り道なんてするなよ・・・言うだけ無駄か」


教師の話を聞いている生徒なんてごく一部。その一部のメガネをかけた女生徒と目が合うも、彼女は目を逸らしてしまう。次に、先ほど自分がチョークを投擲した男子に目を向ける。まだ、頭の周りを星が回っているようだった。


「とにかく、明日も全員元気に会えることを祈る! さよならっ!」


さよーならっ! と教室中に元気な声が響いた。現金なやつらだ、と奈々は思った。


「先生」


教室の人数もだいぶ少なくなった頃、最後まで残っていた女生徒が奈々の方にやってきた。メガネをかけたさっき目が合った女生徒だ。


「おう、どうした天野。早く帰ったほうがいいぞ。今でなくてもお前はいろいろ危ないんだから」


「どういう意味ですか?」


「ん・・・それは私の口から言うのはいろいろ憚られるが・・・立場的にも性別的にも・・・」


「何を言って・・・」


天野、と呼ばれた女生徒は、クラス内でもあまり目立たない、物静かな生徒だ。そして、本人にその気はまったくないみたいだが、儚さを宿した瞳と、整った顔つきで、男子からの人気も意外と高く。そのせいか、彼女からすれば天野という女生徒に対する印象は、気弱でおとなしい、実に『狙われやすい』生徒だった。


「それで、なんだ? 何度も言うが早く帰ったほうがいいぞ」


「大丈夫ですよ、私は。こう見えても強いんです」


そう胸を張った彼女は、どこか芝居がかっている風にも見える。何が強いのか。そう聞こうとも思ったが、聞いたら負けなのだな、こういうのは、きっと。


「それよりも、三神君はどうするんですか? その様子だと、しばらく起きそうにありませんけど?」


「ああ、大丈夫だ。私が責任を持って家まで帰すから。だからお前も安心して帰れ」


「でも・・・」


引き下がる天野の肩をそっと叩く。天野は、心配そうにまた眠ってしまっている三神君と呼んだ男子生徒に目を向けながら、小さく頷いた。しかしこれは、了承ではなく、妥協の合図だった。奈々はそれに気づかなかったが。


「わかりました。私は帰ります。先生、一つ約束してくれますか?」


「ん、どうした? 真剣な顔して」


そう、奈々が初めて見た、かもしれない表情だった。真剣で、凛々しい声色。そんな彼女の目にいる自分は、気の抜けた表情をしていただろう。


「また明日、元気でおはようって言ってください。できれば、三神君も一緒に。では、私は帰ります。さようなら」


「ああ、さよなら・・・」


それは、さっき私が言ったことだろう? 


「わかっているさ、誰に言われずとも・・・」


そう、彼女は思った。


「この毎日を、誰にも壊させるものか」


自分の机に顔を伏せて、寝息を上げている少年の頭を撫でる。見つめる視線には、深い、慈愛の念が込められていた。


「もちろん、おまえにもな? 一輝かずき


頭を撫でる手は止めず、教室の端に目も向けずに声をかける。そこから、明るい響きの声が上がった。


「何が? なっちゃん」


「なっちゃんと言う・・・っ!?」


「安心してよ。僕は何もしないよ。今はまだ、ね・・・」


いつのまにか、一人の少年が奈々の真横に立っていてその頭を撫でていた。瞳を閉じ、口元をニヤリと上げてうんうんと頷いていた。


「やめんか・・・っ!」


奈々は迷惑そうにしながらも、拒むことはしなかった。恥ずかしそうに、頬を赤らめ身を任せている。


少年が奈々の頭をなで、奈々はまだ寝息を立てている少年の頭を撫でている。その様は、異様以外のなんといえばいいのか。


「さあ、本題に入るとしようか。おっと、もっと欲しかった? また今度ね」


頭を撫でるのをやめてしまった少年に、物欲しそうな視線を向けてしまっていた。そんな自分を、認めてしまっている自分が嫌だった。少年に、振り回されている、自分が。


「僕は、これから少し探し物をしなきゃいけないんだ。そこで君に預かって欲しいものがある。これだ」


少年が取り出したのは、縦長の小さな箱。奈々が開けて中を見ると、ナイフが入っていた。


「これって・・・」


寝息を立てている少年と、横に立っている少年を交互に見る。横にいる少年と目が合い、微笑まれる。バッと、目を逸らした。まるで恋する少女のようだと、心の中で自分にうんざりしながら。


「ああ、僕が持っていても仕方がないものだからね。特に、これからの僕にはね。なら、奈々に持っていて欲しいんだ。奈々はこれを使えないだろ? これは使い方を誤れば恐ろしいものになる。君も知ってのとおりね」


「だから、私に・・・か」


グッと、ナイフの柄を握り締める手に力を込める。奈々は自分にとってはこれはただのナイフでしかない、そうわかっているのに、禍々しい何かを感じた。


「でも、いつか帰してもらいに来るよ。そのときは、すぐに返してね? じゃ、またね」


「ま、待て!」


「僕、急いでるんだ」


「声ぐらい、掛けて行ったらどうだ? 弟、だろ?」


少年は、その言葉に動きを止める。何かを、思い返すように床を見つめる。


「いつもこうやって亮輔りょうすけが寝ているときや他に誰もいないときばかり狙って私に会いに来て。本当は、声をかけたくて。話したくて、仕方ないだろ? だって、」


「・・・うるさいよ」


少年が一言呟いた。それと同時に、奈々は自分の周囲に圧迫感を感じた。そして、少年に見据えられた瞬間、これが自分の最後なのだと錯覚した。それは、少年の瞳に込められたたった一つのもののせいだった。


狂気。それも、圧倒的な全てを飲み込むような。喉をグッと飲み込む。少年から目を逸らせない。体から嫌な汗が流れてきたのを感じたとき、周囲を包んでいた圧迫感は、一瞬で霧散した。


「禁則事項です、ってね。僕のこいつへの思いは、本当に、言葉では表せれないんだ」


そう言って見つめる少年の瞳は揺れていた。奈々には、それが何を意味しているのか、理解は出来なかったが、それでも一つだけ分かったのは、この少年の言葉が心からの言葉であることだった。だから何を言えばいいのか分からず、しばらく無言になってしまった。


「名残惜しいけど、しばしお別れだ。もう引き止めないでくれよ?」


「あ、おいっ!?」


じゃあ、と手を挙げて少年は『窓から飛び降りた』。奈々は窓の下を見るが、そこには誰もいなかった。


そのまま、上を見上げた。真っ暗な空には、満ちた月が浮いていた。


「今日は、満月か・・・お、起きたか」


「あり、なんか辺り暗い・・・おはよ、なっちゃん」


「なっちゃん言うな。さて、帰るか」


「今・・・誰かいた?」


奈々は、一瞬息を止めた。まさか、気づいているとは思えないが。奈々の口からは、とっさに嘘が飛び出していた。


「ああ、さっきまで天野がな。お前のことを心配してたぞ。隅に置けないな、お前も」


つい、ふざけてしまう。それと同時に、嘘はついていないよな、と自問自答する。


「うあ~、もう真っ暗じゃん。何で起こしてくれなかったの?」


「さっきも言ったろう? 明日の授業は亮輔からだからな。黒板の文字は結局写していないだろう? だから、私が帰ってから教えてやる。だから、寝かせてやったんだ。覚悟しろよ? 今日のは激しいからな?」


「それは、性的な意味で?」


ボカッ。奈々が、亮輔、と呼んだ少年の頭を拳固で殴った。亮輔は頭を抑えた。


「じょ、冗談だろ・・・?」


「言っていい冗談と悪い冗談があるだろうが」


「う・・・・・・ごめん」


「ん、よし」


奈々は開けたままにしていた窓を閉めて、机から立ちあがってバツの悪い顔を浮かべていた亮輔の頭に手を載せて、左右に動かす。


「子ども扱い、いいかげんやめろよな・・・誰も見てないからいいけど」


「そういうところが子供だな、こんな時間だから夕飯は何か惣菜でも買うのでいいか?」


「ま、俺のせいだしね・・・その代わりその後でなっちゃんをいただグホッ!」


「亮輔・・・」


「う、ごめん、すいません、もう言いません、反省はしています、でも後悔はしていない!」


「なんの宣言だ!」


やっぱり子供だ、そう奈々はそう思う。こんな関係がいつまでも続けばいい。この距離感が、交わされる会話が、向け合える笑顔が、何よりも今の彼女には尊いと。大切に守るべきものであると思っていた。




学校の屋上から、帰る二人を眺める影が一つ。


「奈々、いや今はなっちゃんでいいか。使い方を誤らなければ恐ろしいものになるって言ったけど、僕はあえて誤らせるつもりでいるんだ。そのほうが面白いから、ね・・・お別れだ、『クルス』。せいぜい、新しい使い主のところで幸せになるといい。さて、僕も僕のために動くとするかな」


それは誰に当てた言葉か。それは誰にも当てた言葉ではなかったか。とにもかくにも、少年の姿は屋上から掻き消えた。

















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