灰塵に灯る火種〜後編〜
深夜。
灰の降り積もる静寂を、この世の終わりを告げるような轟音が打ち砕いた。
――ズ、ドォォォォンッ!!
激しい振動が穴蔵の底まで伝わり、ヴィルとカイトは飛び起きた。
灰塵城グラードの南門が、エステリア軍の放った攻城兵器によって爆砕されたのだ。
「何だ!?」
カイトが鋭く叫ぶ。地を這うような重低音のほら笛が幾重にも重なって鳴り響き、鉄と鉄がぶつかり合う音と、兵士たちの怒号が闇夜に響き渡る。
「……始まったか!」
カイトがすぐに状況を察し、混乱する奴隷たちを促す。
「おい、ボサッとするな! 奥の崩落してない頑丈な岩場に隠れろ! 固まって動くなよ!」
ヴィルもまた、怯える老人たちの背を押し、安全な場所へと誘導していく。だが、避難を終えたヴィルの視線は、戦音が最も激しく響く南門の方角へと向けられていた。
「カイト……南門の方が、すごく騒がしい。あっちに、まだ逃げ遅れた人たちがいるかもしれない」
「ヴィル、正気か!? あそこはもう戦場だぞ。エステリアが攻め込んできたってことは、守備隊の奴らもなりふり構わず暴れてるはずだ」
カイトはヴィルの肩を掴んで止めようとしたが、ヴィルの瞳に宿る決意の光を見て、わずかに毒気を抜かれたように息を吐いた。
「……あー、クソッ! 分かったよ。お前のその『放っておけない』病気には、もう付き合うって決めてるんだ」
二人は混乱に紛れ、兵士たちが城壁へ向かう隙を突いて南門へと走り出した。
「いいかヴィル、無理だと思ったらすぐに引くぞ! 死んだら家族にも会えねぇんだからな!」
「分かってる! でも、あの日モルガスに言われたんだ……『次は無い』って。ここで逃げて誰かを見捨てたら、僕は二度と自分を許せない気がするんだよ!」
「お前って奴は……! まったく、ひょろひょろの体のどこにそんな意地が詰まってやがんだ!」
カイトは悪態をつきながらも、ヴィルの前を走り、落ちていた鉄の棒を武器代わりに拾い上げた。
「……もしヤバくなったら、俺の後ろに隠れろ。エルフの意地、見せてやるからよ」
「ありがとう、カイト。……行こう!」
燃え盛る火の手と、立ち込める灰の煙。その向こう側、血生臭い風が吹く南門の戦地へと、二人は足を踏み入れた。
ふと、駆け出すヴィルの視界の端で、隣を走るカイトの力強い足取りが映った。
32歳の人生を無気力に終えた「歩生」だった頃の自分なら、きっとこの恐怖に足がすくみ、動けなくなっていただろう。けれど今は違う。自分を信じて背中を預けてくれる相棒が隣にいる。
ヴィルは、胸の奥に灯った「小さな勇気」を、そっと確かめるように息を吸い込んだ。
それは、吹き荒れる絶望の風に今にも消されそうな、弱々しい火種の光だった。けれど、その微かな熱があるからこそ、凍てつく闇の中でも足が前に進む。
カイトもまた、隣を走るヴィルの気配を感じ取り、口端をわずかに綻ばせた。
死を待つだけだった穴蔵の底で、初めてヴィルの瞳に意志を見たあの日から。二人の間に生まれたこの小さな火種は、いつの間にか、灰の世界で唯一の温もりになっていた。




