灰塵に灯る火種
かつてその地は、生命の輝きに満ちた大陸**『エルテナ』と呼ばれていた。世界の中心には、すべての命の母たる大樹『シルヴァリス』**がそびえ立ち、人々はその加護のもと、永遠の安寧を謳歌していたのだ。
だが、その楽園をモルドーグの悪意が塗り潰した。
**漆黒の全身鎧を纏い、顔があるべき場所には煮えたぎるマグマのような紅い光だけを宿した魔王。**彼が歩く場所からは熱が奪われ、大気は凍りつき、生きとし生けるものは呼吸することさえ許されない。
彼がこの地に攻めて来たあの日、モルドーグは大樹の心臓を貫き、その命を強奪した。世界を支えていたシルヴァリスが枯れ果てた瞬間、大地からは色彩が失われ、枯れ葉は呪われた灰へと変わって、雪のように世界中を覆い尽くした。
現在の名は、エテルナ・アスラ――「永遠の灰の地」である。
そんな絶望の底、深く穿たれた収容所の穴蔵で、ヴィタノールは槌を振るっていた。
「……おいヴィル。あまり飛ばすな。お前のその真面目すぎる性格は、ここでは命取りになるって言っただろ」
隣で大きな岩を砕いていた男、カイトフォスが掠れた声で言った。
この収容所で共に育った、ヴィルにとって唯一無二の親友。ヴィルと同い年だが、エルフ族特有の尖った耳と、煤にまみれてもなお隠しきれない怜悧で整った顔立ちをしている。略称のカイトの名で親しまれているが、その美形からは想像もつかないほど口調が強く、荒っぽい。けれどその本根は誰よりも仲間思いで、繊細なヴィルを常に支えてくれる頼もしい存在だ。
「……分かってる。でも、隣のおじいさんの手が止まってたから。……放っておけないよ」
ヴィタノール――ヴィルは、前世の「佐藤歩生」だった頃の自分を思い出していた。誰かの役に立ちたくて、気づけば自分を削り続けていた日々。その純粋な優しさは、奴隷という過酷な境遇に置かれても消えることはなかった。
「はっ、相変わらずお人好しだな。……おい、こっちは俺がやっとく。お前は少し息を整えてろ」
カイトは悪態をつきながらも、ヴィルの作業を手伝うように槌を振るう。カイトは一息つくと、細長い指で前髪をかき上げ、ヴィルの顔を覗き込んで鼻で笑った。
「全く、いつになったら自由になれるんだろうな。あの日支配された現状は、いまも変わってねぇ。……お前みたいに色白でひょろひょろした体つきの奴が、いつまでもこんな仕事こなせるわけねぇだろ。見てみろ、今にも倒れそうな幽霊みたいな面しやがって。……この灰の檻が、俺たちの墓場になるんじゃねぇかって時々思うぜ」
ヴィルは泥に汚れた自分の細い手を見つめ、静かに、けれど真っ直ぐな声で返した。
「……それでも、いつかは自由になれる日がくるよ。それまで、皆で乗り切るんだ。……ここで諦めちゃったら、本当に終わりだから」
「……けっ。減らず口だけは一丁前だな。お前みたいな甘ちゃんが野垂れ死なねぇように、せいぜい俺が踏ん張ってやるよ」
カイトが照れ隠しに視線を逸らした、その時だった。
会話を切り裂くように、冷酷な足音と不快な金属音が穴蔵に響き渡った。
この世を支配したモルドーグの冷酷な下僕、モルガスの登場だった。




