ニッポン人の誇り、戦意あるものは徹底的に、なきものには慈悲を
ガルザークが地に沈んだ瞬間、魔族軍全体に動揺が走った。
指揮官を失った黒い波は崩れ、あちこちで統率が失われる。
悲鳴と怒号が入り混じり、やがてそれは一つの流れとなった――総崩れの退却だ。
「逃がすな!」
城壁の上から現地兵が叫ぶ。
「今なら殲滅できる!」
門が開きかけ、兵たちが武器を手に駆け出そうとする。
だが、その前に特攻兵が立ちはだかった。
「やめろ」
低く、しかし全員の耳に届く声。
「何をしている! 今こそ――」と兵の一人が叫ぶが、特攻兵の眼光に言葉を詰まらせる。
「ニッポン人は、戦意のない者は襲わない」
その言葉は静かで、しかし鋼のように揺るぎなかった。
アッツ島の男が続ける。「背中を斬るのは勝ちじゃない。臆病者のやることだ」
占守島の守将は短く言った。「追撃は士気を削る。勝ちは守ればいい」
硫黄島の将は油壺を置き、肩を竦めた。「また会った時、もっと楽しめる」
現地兵たちは唇を噛み、しかし剣を下ろした。
門は閉じられ、退却する魔族軍をただ見送る。
その光景を、森の向こうで振り返った魔族の生き残りが目に焼き付けた。
――自分たちを追わず、ただ静かに立ち尽くす四人の人間。
その眼差しは怒りでも憐れみでもなく、獲物を逃した獣の余裕に満ちていた。
「……なぜ追わない……?」
「わからん……だが、あれは……怖い」
魔族たちは互いに囁き合い、より深く、より速く森の奥へと消えていった。
こうしてベルダン防衛戦は、人族側の勝利で幕を下ろした。
そしてこの日から、大陸のあちこちで噂が広まる。
『戦場に現れた四人の死なぬ鬼――ニッポン人』
その名は、恐怖と共に魔族の耳へ届き、決して忘れられることはなかった。