ニッポン人、魔族の精鋭に満足できない
防衛戦が始まって半刻。
魔族軍は何度も突撃を繰り返したが、城門を破れぬままだった。
ガルザークの眉間に深い皺が刻まれる。
「……前衛を下げろ。精鋭を出す」
その号令で前線が左右に割れ、奥から二十名ほどの魔族が進み出た。
全員が黒光りする魔鋼の鎧をまとい、槍や大剣を手にしている。
額や腕に刻まれた赤い紋様は、かつて勇者を討った証だ。
これが、ガルザーク直轄の精鋭――〈赤紋の牙〉。
「こいつらだけで人間の国を三つ落とした」と、魔族兵が囁く。
「勇者を殺した数は二十を超える」
城壁の上からその様子を見た現地兵たちは、息を呑んだ。
勇者殺しの精鋭がまとめて来る――普通なら恐怖で足がすくむ。
だが、城門前に立つ四人は違った。
「面白ぇ」特攻兵が剣を抜き、肩を回す。
「ちょうどいい、実戦訓練だ」アッツ島の男が刃を舐めるように見つめる。
占守島の守将は槍を突き立て、低く息を整えた。
硫黄島の将は油壺の栓を抜き、にやりと笑った。
次の瞬間、〈赤紋の牙〉が一斉に突撃する。
城門前の地面が爆ぜるほどの踏み込み、同時に振るわれる必殺の刃。
――しかし、最初に血を浴びたのは魔族の方だった。
特攻兵が踏み込み一閃、鎧ごと肩口から斬り裂く。
占守島の守将が槍を回し、二人を貫いて背後の兵ごと地面に縫い止める。
アッツ島の男は斜めに滑り込み、相手の膝を断ち切り、背中に刃を突き立てた。
硫黄島の将は油を撒き、火矢で前列を爆炎に包む。
炎の中から飛び出した魔族を、特攻兵が真横から叩き斬り、占守島の守将が槍で空中に弾き上げる。
そこへアッツ島の男が飛び上がり、回転しながら首を刎ねた。
「……これが勇者殺しかよ」特攻兵が吐き捨てるように言った。
「軽いな。骨がねぇ」硫黄島の将が火の粉の中で笑った。
五分も経たぬうちに、〈赤紋の牙〉は全滅していた。
地面には黒い鎧と血の匂いだけが残り、城門前は再び静まり返る。
城内の兵士たちは、その光景に言葉を失っていた。
勇者殺しの精鋭部隊が、たった四人の人間に蹂躙された――
その事実が、恐怖よりも先に胸を熱くした。
ガルザークは遠くからその様子を見つめ、初めて唇を歪めた。
「……確かに、勇者とは違うな」
だがその声には、怒りと歓喜が混じっていた。
「いいだろう。ならば次は――私が出る」