ニッポン人異世界に立つ
――ここは終わりだ。
誰もがそう思っていた。
人族最後の砦と呼ばれる辺境都市〈ベルダン〉は、三日後には落ちると噂されていた。
敵は魔族軍三千、こちらは五百。
戦力差は六倍。補給路は断たれ、城門の修理もままならない。
城壁に立つ兵士たちは皆、顔に死相を浮かべていた。
「もう駄目だ……」
「どうせ数日で終わる」
「家族は先に逃がした。あとは死ぬだけだ」
城門前の広場で武器を磨く兵士も、やる気なく刃を撫でるだけ。
食糧は最低限、一日二食の薄い粥。
敵を迎え撃つにも、剣は刃こぼれし、弓は弦が切れかけている。
彼らの心は、とうに戦う前から折れていた。
その時だった。
城門の影から、見慣れぬ四人の男が現れた。
一人は革の飛行帽を首から下げ、笑みを浮かべた青年。
一人は北の寒地の軍服を思わせる重装備の男。
一人は痩せて鋭い目をした突撃兵。
一人は土の匂いを纏った、地下要塞の老練な将。
彼らはまるで、これから戦争が始まることに胸を躍らせているかのような顔で広場を歩いた。
「おい……聞いたか? 敵は三千だぞ」
現地兵の一人が声をかける。
「飯もロクに出ねぇ、武器もガタガタだ。こんなんじゃ……」
その言葉を、革帽の青年――特攻兵が鼻で笑って遮った。
「飯が出るんだろ? 天国じゃねぇか」
「武器は錆びてないだけマシだな」占守島の守将が淡々と言う。
「たった六倍か……三十倍までは逆転できる」硫黄島の将が肩を竦める。
そしてアッツ島の男がニヤリと笑った。
「上から無茶な命令も来ねぇんだろ? なら、勝手に勝っていいってことだ」
現地兵たちは言葉を失った。
自分たちにとっては絶望の数字も、彼らにとっては「楽勝」の範囲らしい。
「だがよ、士気が死んでる兵隊は足手まといだ」
特攻兵は腰の剣を抜き、刃を太陽にかざした。
「戦う気がねぇなら下がってろ。敵を見たら撃て。あとは俺たちがやる」
その夜、四人は動いた。
城門の外に出て、地面を掘り、罠を仕掛け、城壁の弱点を補強する。
火薬樽の代わりに油壺を並べ、矢を束にして即席の連射器を作る。
現地兵は呆然と眺めていたが、やがて一人、二人と加わり始めた。
「……お前ら、何者だ」
「ただの兵士だよ」アッツ島の男が笑う。
「唾つけときゃ治るくらいの傷で泣き言言ってんじゃねぇ」
翌朝、城壁の上から見下ろす兵士の目は、昨日とは違っていた。
背筋が伸び、声が出る。
六倍の敵が迫る中、口々に叫ぶ。
「俺たちもやれる!」
「魔族なんざ叩き返せ!」
その声を聞きながら、特攻兵は空を見上げ、口の端を吊り上げた。
「……これでいい。戦場は、こうでなくちゃな」