ニッポン人、討伐軍の罠を突破す
魔族領奥深く。
炎に包まれた物資集積地から生還した者たちは、恐怖に震えながら報告した。
「四人の人間が……我らを……」
その言葉を聞いた評議会は即座に動いた。
討伐軍編成――兵力八百。
そのうち半数は元勇者殺しの兵で固められ、残りは弓兵と魔法兵。
四人の動きを予測し、森の一本道に狭い谷を利用した包囲網を構築した。
数日後。
偵察に出た特攻兵が、わざと森の奥へ入り込み、足跡を残す。
背後でアッツ島の男がぼそりと呟く。
「……臭うな。待ち伏せの匂いだ」
占守島の守将が木の上から地形を確認し、静かに報告する。
「谷の両側に弓兵、中央に重装部隊。退路は塞がれる形だ」
硫黄島の将は口角を上げた。
「なら、塞ぐ前に塞げばいい」
四人はあえて谷へ進入し、魔族の射程に入る。
その瞬間、左右から矢の雨が降り注ぐ――が、特攻兵の合図と共に占守島の槍が地面の油壺を突き破り、火矢が放たれた。
炎が両側の崖を走り、弓兵たちを包む。
「なっ――!」混乱する魔族たち。
アッツ島の男がその隙を逃さず、重装部隊の前線へ突撃する。
鎧ごと斬り裂き、次々と道を作る。
硫黄島の将は崖上への細い獣道を駆け上がり、背後から弓兵隊を襲撃。
特攻兵は中央の魔法兵の杖を叩き折り、動揺を広げた。
谷全体が炎と悲鳴に包まれ、包囲網は逆に内側から崩壊していく。
半刻後、八百の討伐軍はほぼ壊滅し、生き残りは森の奥へと逃げ去った。
逃げる背を見て、現地兵として同行していた若者が剣を構える。
「追撃を――!」
だが、特攻兵が手で制した。
「戦意を失った奴は殺さない。それがニッポン人だ」
その言葉に、逃げ延びた魔族の一人が後ろを振り返った。
炎を背に立つ四人の姿を目に焼き付け、全身を震わせながら走り去った。
――その日以降、“ニッポン人を罠にかけられる者はいない”という噂が、魔族領に広がっていった。