ニッポン人、迫り来る刺客を迎え撃つ
戦勝の宴が終わった深夜。
ベルダンの城門は固く閉ざされ、街は静まり返っていた――はずだった。
その外、月明かりの森の中を、影が十数、地を這うように進んでいた。
全員が黒装束に身を包み、武器は短剣、毒矢、投げ槍。
顔には骨の仮面。
彼らは魔族領でも名を知られた暗殺部隊〈夜哭き〉。
評議会から下された命はただ一つ――“ニッポン人”を殺せ。
先頭を行く刺客が手信号を出す。
城壁の影まであと百メートル。
そこを越えれば、眠っている標的を一人ずつ仕留められるはずだった。
――その瞬間。
森の闇の奥から、冷たい声が響いた。
「こんな夜更けにどこ行くつもりだ?」
ざわり、と空気が揺れ、四つの影が月明かりの下に現れた。
特攻兵、占守島の守将、アッツ島の男、硫黄島の将――“死なぬ四鬼”だ。
「感心しねぇな」特攻兵が肩をすくめる。
「寝込みを襲うのは、戦じゃなくて盗人の仕事だ」アッツ島の男が短剣を睨む。
「全員――殺れ!」
刺客の号令と同時に、矢と短剣が飛ぶ。
だが、占守島の槍が一薙ぎで数本の矢を叩き落とし、特攻兵は身体をひねって矢をかわす。
アッツ島の男は飛びかかる敵を正面から受け止め、そのまま地面に叩きつけた。
硫黄島の将は油壺を転がし、火打ち石で火をつける。
爆ぜる炎が刺客たちの動きを封じ、夜の森を真昼のように照らす。
「……動きが鈍いな。夜戦のつもりか?」
特攻兵の剣が月光を反射し、一閃ごとに一人、また一人と刺客が倒れていく。
占守島の守将は背後から迫った刺客の喉を槍で突き、瞬時に回転して次の敵を弾き飛ばす。
アッツ島の男は両腕を掴まれたまま敵の首を頭突きで砕き、膝蹴りで別の一人を沈めた。
わずか三分。
森の中は黒装束の死体で埋め尽くされていた。
唯一、生き残った一人が震えながら後ずさる。
「ば……化け物……」
特攻兵が近づき、剣を振り下ろす――寸前で止めた。
「逃げろ。二度とこの森に足を踏み入れるな」
刺客は目を見開き、踵を返して森の奥へ消えた。
その背中は、明らかに“命拾いした”のではなく、“次は殺される”と知った者の走りだった。
アッツ島の男が呟く。
「また魔族の噂に尾ひれがつくな」
硫黄島の将が笑う。
「いいじゃねぇか。恐怖ってのは兵器になる」
占守島の守将は月明かりを見上げ、静かに言った。
「――次は、もっと手強いのが来る」