閑話 女神の独白
「強化されたニッポン人」
遠く離れた白亜の宮殿、その高台から女神はベルダンの方向を眺めていた。
雲間を抜ける視線の先、焚き火の灯りの中で笑う四人の人間――いや、“ニッポン人”。
その戦いぶりは既に大陸中に恐怖と驚愕を広げていた。
「……やはり、あの選択は正しかった」
女神は静かに目を細めた。
あの日、異世界への召喚に応じた瞬間、彼らが持つ固有スキル〈日本人〉は、世界の法則と衝突した。
本来なら、その力は彼らの故郷で生き抜くために培われた肉体と精神――
飢餓に耐える骨格、常軌を逸した執念、唾で治す回復力、危機を生き延びる知恵――それだけでも十分な脅威。
だが異世界への転移は、その特性をさらに変質させた。
生命力は二倍、筋力は三倍、回復力は常人の十倍にまで跳ね上がった。
そして何より、極限下での集中力と戦闘本能が常時解放されるようになっていた。
「彼らはもう、ただの人間ではない」
女神の唇にかすかな笑みが浮かぶ。
「生前に積み重ねた戦場経験と、この世界で強化された〈日本人〉スキル……それらが補い合い、掛け合わさり、最凶の兵士を形作っている」
その時、背後から柔らかな光が差した。
振り向けば、黄金の髪を持つ輝ける女神――アマテラスが立っていた。
「憂いているのか、我が友よ」アマテラスの声は清らかで、どこか温かい。
「……もし、彼らがこの世界の人間に牙を剥いたら、と考えてしまう」女神は目を伏せた。
アマテラスは微笑み、静かに首を振った。
「心配はいらぬ。ニッポン人の精神性は、決して弱き者には向かわぬ」
「だが……」
「彼らが剣を向けるのは、民を食い物にする腐敗貴族や、三度も戦に敗れ民を危機に晒すような上級国民だけだ。
命を懸けて戦う者、働き暮らす者に刃を振るうことは決してない」
その断言に、女神の瞳がわずかに揺れた。
「……それほどまでに信じているのか」
「信じるも何も、それが彼らの誇りであり、生き様だ。
彼らは命より誇りが大事にしている。それに常に弱者の味方なのだ。
――たとえ異世界であろうと、ニッポン人の魂は揺るがぬ」
遠く、焚き火の中で笑う四人の声が、風に乗って届いた気がした。
女神はその声を聞きながら、静かに天を仰いだ。