第二章 魔族評議会
魔族領の中心、黒き尖塔〈グルザル城〉。
その最上階にある円形の大広間では、重苦しい空気が満ちていた。
長机を囲むのは、魔族各地を支配する八名の大将級。
そして玉座には、影のような存在――魔王が静かに座している。
「……ガルザークが討たれた」
低く報告するのは、ベルダン戦から生還した魔族兵だった。
鎧は焦げ、顔には深い傷跡。声もかすれている。
「人間ごときが?」と、蛇の眼を持つ将軍ザルバが嘲る。
「勇者五十人を屠った男だぞ」
「その通りです。ですが、奴らは……勇者ではありませんでした」
生還兵の喉がごくりと鳴る。
「魔法も、特別な武器もなく……ただの剣と槍と油壺。それだけで精鋭〈赤紋の牙〉を壊滅させ、ガルザークを討ちました」
大広間がざわめく。
「何者だ」
「国の英雄か?」
「いや、名は……“ニッポン人”と名乗っていました」
その言葉に、一瞬だけ沈黙が走った。
やがて別の将軍が鼻で笑う。
「聞いたこともない種族だ。だが――」
「――我らの知るどの人間とも違う」
重く響く声が広間を制した。
魔王の瞳がわずかに細められ、影の奥で光った。
「戦意なき者を追わず、正面からすべてを斬り伏せる……奇妙な連中だ」
「恐怖の効果は倍になるでしょうな」蛇眼のザルバが口角を上げる。
「逃がされた兵どもが怯えて広めております。『戦わぬ者は殺さぬ』――ゆえに、再び戦場で相まみえることを想像し、眠れぬ夜を過ごすと」
「ならば放置できぬ」
魔王はゆっくりと立ち上がる。
「“ニッポン人”……その首を我が前に差し出す者には、大陸南半分の支配権を与えよう」
評議会の面々がざわめく中、一人の将が静かに笑った。
「面白い。ならばこの首級、我が奪いに参ろう」
こうして、四人の日本兵の存在は、魔族全土の標的となった。
しかしこの時、彼らを討てる者など一人もいないことを、魔族はまだ知らなかった――。