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序章 ――ニッポン人という歴代最凶スキル

 暗い。

 視界が利かないほどの暗黒が、次の瞬間、白い靄に変わった。

 土と血と火薬の臭いは消え、風もない。

 そこにいたのは、四人の日本兵――時代も戦場も異なる、奇妙な組み合わせだった。


 一人は、革の飛行帽を首からぶら下げた青年。海軍航空隊の特攻兵。

 一人は、北の寒地でソ連軍を迎え撃った占守島の守将。

 一人は、アッツ島で最後の突撃を率いた指揮官。

 一人は、硫黄島の地下要塞で持久戦を指揮した将校。


 互いに名も知らぬはずの彼らは、しかし一目で同じ匂いを感じ取った。

 ――生き残るために、最後まで足掻く兵士の匂いを。


 ふいに、柔らかな声が響いた。

「あなた方の戦い、見届けました」


 白い靄の向こうから、光の衣をまとった女が現れる。人か神か、それすら判別できない。

「我らが世界は、滅びの淵にあります。どうかその力で、人族を救っていただけませんか」


 特攻兵が片眉を上げる。

「力ねぇ……武器は? 魔法は? こっちの戦場じゃ何が使えるんだ」


 女は静かに首を振った。

「いいえ。あなた方には、すでにこの世界で最も貴き力があります」


 アッツ島の男が鼻を鳴らす。「は?」


 女は微笑んで告げた。

「――日本人、という力です」


 四人の間に、一瞬沈黙が走った。


「あなた方の持つ“日本人”という力は、多岐に渡ります」

 女は指を折りながら説明する。

「まず、骨格と筋肉。飢餓と重労働に耐え、全身の腱と筋を極限まで酷使できる。

 次に、執念。千倍の戦力差にも抗い、退路を断たれても歩みを止めない心。

 そして――回復力」


 特攻兵が眉をひそめる。「回復力?」


「ええ。多少の切り傷や打撲、骨のひび程度なら、唾をつけて一晩寝れば動けるほどに。

 あなた方の世界では当たり前でしたが、こちらでは異常です。

 戦場で倒れぬ兵士、それだけで魔族にとって脅威となります」


 アッツ島の男が吹き出した。「……ああ、ガキの頃、膝を割っても親父に“唾つけとけ”で済まされたな」

 硫黄島の将はニヤリと笑った。「なら、こっちでも同じだな」

 占守島の守将が淡々と言う。「武器も糧秣もなくとも、まだやれるということだ」


 女は誇らしげに頷く。

「あなた方に魔法も聖剣も不要です。この肉体と精神こそが、最上級のスキル。

 その名は――日本人」


 特攻兵が口の端を上げた。

「上等だ。なら行こうじゃねぇか、次の戦場へ」


 白い靄が砕け、耳をつんざく咆哮が響いた。

 気づけば四人は、血煙立ちこめる城壁の上に立っていた。

 眼下には、牙を剥いた魔族の大軍。背後には、震える人族の兵士たち。


 特攻兵は、飛行帽を締め直し、にやりと笑った。

「……いい風だ」


 次の瞬間、四人の日本人が戦場へ飛び降りた。

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