王太子の失墜
思い付き作品。
卒業パーティーでの婚約破棄ってつまり、そういうことだよなあという話です。
王宮。謁見の間。
玉座の上に君臨する国王は、厳粛な面持ちで王太子ラディウスを見下ろしていた。
赤い絨毯の上に跪いたラディウスの顔は蒼白で、汗が滲んでいる。
「……王太子ラディウス。貴様は王立学院の卒業パーティーにて、公爵令嬢ユリエールとの婚約破棄を宣言した。間違いないな?」
低く重々しい声が広間に響く。
「はい、父上……。彼女は、かねてより男爵令嬢ミリアを……」
「黙れ」
静かに、しかし絶対の威圧を持ってその一言が叩きつけられた。
頭が痛い。
この場において、自分は『父親』ではない。
玉座に座る『王』であり、ラディウスが己を呼ぶのは『陛下』であるべきなのだ。
教育を間違えたか。
それともラディウスがそこまでなのか。
いや、今は話を進めよう。
「その是非を問うているのではない。貴様が『あの場』を選んだことを咎めているのだ」
王の声は、一段と冷たくなる。
宰相や重臣達の顔にも、険しい色が浮かんでいた。
「卒業パーティーとは何だ? 王立学院で学び、未来を担う者達が、旅立ちを祝うための人生で一度の晴れの舞台。そのために、どれだけの者が準備に尽力したと思っている」
王は、手にした杖で玉座の脇を軽く叩いた。
「役員達は夜を徹して段取りを組み、楽団は何度も演奏を繰り返し練習し、農家は最良の食材を届け、料理人はその食材で最高の料理を用意した。仕立屋は寸分違わぬ礼服を仕立て、保護者達は遠路を越えて会場を訪れた。……そして卒業生達は、あの日を心から楽しみにしていたのだ」
そこまで言って、王は一呼吸置いた。
「それを、貴様は愚かな自己満足と承認欲求のために、踏みにじった。彼らの門出を、お前は、見世物の断罪劇に変えたのだ! その愚行こそ、王太子としてあるまじき行為だと申しておる!」
「……わ、私は、真実を明らかにするために……証人を得るために……」
「断罪の証人などいらぬ! ……まずは私か王妃に相談すればよかったのだ。でなければ、法の場に持ち込めばよかったのだ。貴様がやったのは、ただ無用な騒ぎを起こしたに過ぎん。しかも、公爵令嬢ユリエールは政略結婚の相手だ。私と公爵の意向で決まったものだ。お前達の間に愛はあったか? 信頼はあったか? お前の側になかったのに、相手にはあったと? その彼女が、嫉妬などという理由で、男爵令嬢を虐めるとでも思ったか? 何より、あからさまに自らの仕業と分かるような形で行うと思うのか?」
王の指摘に、ラディウスが俯いた。
「しかも、件の男爵令嬢ミリアは、事件の後一切姿を現しておらん。男爵夫妻が屋敷から出そうとしないのだ。……何故か、分かるか?」
「……」
「男爵家の夫妻は、何も知らなかったらしいな。驚いておったぞ。王家はともかく、公爵家を敵に回したのだ。外に出たらどうなるか。事故に遭うか、行方不明になるか。お前の言う虐めについては現在、専門の調査官が調べている。……先ほども言った通りの理由で、おそらく無実であろう。つまり冤罪だ。それが明らかになった後、彼女には沙汰を下すこととなる。それまで外出を禁じたのは、当然であろう」
ラディウスは唇を震わせたが、何も言い返してこなかった。
「さらにだ。お前と同じくユリエールを断罪した宰相の息子、騎士団長の息子も、謹慎状態にある。お前と同罪だからな」
王の脇に控えている宰相は、ごくわずか、王にだけ分かる程度に首を縦に振っていた。
王はゆっくりと立ち上がった。
「『証人が必要だった』『真実を暴く必要があった』――お前が言っているのは、すべて『自分』の都合だ。臣下を、国民を、祝福のために集った人々を『背景』としか見なかった。そのような者に、誰が心から仕えようとする?」
ラディウスが小さく震えた。
「ラディウスよ。卒業パーティーで断罪劇を演じたお前は、ユリエールとの婚約を失っただけではない。パーティーに関わった人々の努力を蔑ろにし、王として最も重要な『支持』と『信頼』をも失ったのだ。王たる者にとって何より重いモノに、臣下、民を思いやる心がある。そしてお前には、それが決定的に欠けている。……そのような者に、王位を継がせるわけにはいかん」
「お、お願いします……もう一度……償いとして、卒業パーティーを開き直すというのは……」
弱々しく縋るような声が、ラディウスの口から漏れた。
「笑止」
しかし王は、それを一蹴した。
「誰がその金を出すのだ? 王家か? つまり国民の税金だぞ? 卒業生は既に各地へ帰った。保護者にも予定がある。今さら誰が呼び戻し、調整する? お前が責任を持ってやるとでも言うのか? 何より……言ったはずだ。卒業パーティーは、彼らにとって人生で一度の晴れの舞台。それをお前が茶番で汚した事実は覆らぬし、悪い意味で一生記憶に残るであろう。どれだけ詫びたところで、その記憶は覆らぬのだ」
冷たい声で、王は告げた。
「本日をもって、王太子ラディウスにはひとまず謹慎を命ずる。正式な罰は、公爵家や議会で話し合ってからだ。王位継承権については、追って剥奪の手続きを執る」
広間が静まり返る中、ラディウスはその場に崩れ落ちた。