表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
独眼竜記 ―伊達政宗異聞 千年の龍、東北を翔ける―『俺は豊臣の家臣じゃねぇ──逆襲の刻を待つ!』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩
第四章「影は南より来る」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/257

第八十四話 三方より火

天正十三年、六月。

奥羽の空は、不穏な熱気を孕み始めていた。


それは、炎の予兆。

静けさの裏で、刃を潜ませる者たちの気配があった。



最初に動いたのは――東。


最上義光、出羽の雄が、伊達との国境・尾花沢にて突如、兵を動かした。

名目は「盗賊討伐」。だがその部隊は、なぜか密かに伊達の街道筋に軍を展開していた。


次に、西。


佐竹義重、関東と奥州の境を抑える“鬼佐竹”が、

南郷口の関所を封鎖。補給線を遮断し、伊達商人を次々拘束した。


そして、南。


蘆名盛氏が、白河口に火を放った。

駐屯地の仮陣が夜に襲撃され、黒煙が北の風に乗って広がる。


伊達領の東・西・南――

すべての“縁”が、まるで示し合わせたように、同時に火を吹いた。



「三つの火は、すべて“別の言い訳”で立った火です」


小十郎が報告を読み上げる。


「最上は盗賊狩り。佐竹は交易の密輸摘発。蘆名は匪賊掃討……

 ですが――それぞれの火点に、同じ紋章が記されていたと、黒脛巾が確認しました」


「“同じ紋章”?」


政宗が目を細める。


千代が、短く言った。


「仮面、です」


「燃えた倉の壁、襲撃された柵、関所の柱。

 すべてに、黒く塗られた“鉄面”の印が残されていました」


政宗の指が、机を叩く。


「……それは、“黒塊”の残滓だな」



黒脛巾・鷹森が、暗い声で語る。


「しかも問題は、火点そのものではありません」


「これら三つの地点は、いずれも伊達家の兵站と補給経路の結節点です」


「敵が“動くより前”に、それを突いてきた。

 つまり、我らの軍備配置が――どこかから漏れていたのです」


静まり返る軍議の間。


政宗は、すっと立ち上がった。


「すでに“戦”は始まっている、ということだな」


「だが、刀ではない。火と、風と、“言葉”で始まっている」


成実が苛立ちを隠さず言う。


「なら、どこだ? 裏切ったのは、誰だ」


「家中か、商人か。あるいは……」


政宗が遮った。


「焦るな、成実。敵は、“人間”とは限らぬ」


「“情報”そのものが、いつの間にか“独り歩き”している」


「もしかすれば、“名”を知る者の言葉が、

 どこかで“仮面”に拾われたのかもしれぬ」



夜。

政宗は千代とともに、書院で地図を見つめていた。


「……すべて、“火が入りうる場所”を狙ってきた」


「ここまで読み切られていたとなると、

 裏ではなく、むしろ“我らの思考”を知る者が動いている」


千代が口を開く。


「まさか、“かつて伊達にいた者”……?」


政宗は目を伏せる。


「“名を知る者”であれば、それが敵でも使える。

 だが、“名を知られた者”は、常に燃やされる危機にある」


「この火は、“名を知った誰か”が引き金を引いた火だ」


「ならば、こちらも“火”で返すしかあるまい」


「だがそれは、“刃”ではない。“虚”を以って返す」


千代が目を細めた。


「つまり……“情報を餌にする”と?」


政宗は頷いた。


「動かねば、焼かれる。

 だが、動くそぶりを“敵に読ませる”ことならば――こちらに主導権が残る」


「“本当の火”は、最後に見せればいい」



その夜。

黒脛巾組が密かに動き出した。


偽の伝令、虚報の文、誤情報を記した兵站図。

それらが、まるで“本物”のように、それぞれの国境に撒かれていく。


政宗は静かに言った。


「火には火を。だが、“虚”には“嘘の炎”を」


「次に燃えるのは、敵の心だ」



そして――

三日後、最上の野営地にて、謎の“裏切り情報”が流れ、同士討ちが発生。

佐竹軍の補給部隊が“伊達の策に嵌まった”と誤解し撤退。

蘆名軍は情報の錯乱により、軍を動かせぬまま“沈黙”。


“火”は三方より放たれたが――

燃え尽きたのは、“敵の疑心”だった。



米沢城の屋上、朝の風に政宗が一人立つ。


「火を恐れては、生きられぬ。

 だが、火の“匂い”を読めば、

 こちらが風の向きを変えられる」


彼の背後には、もう仮面も影もない。


政宗という“名”の火は、

いまや火に飲まれることなく、

火を操る側に立ち始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ