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独眼竜記 ―伊達政宗異聞 千年の龍、東北を翔ける―『俺は豊臣の家臣じゃねぇ──逆襲の刻を待つ!』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩
第1章:「龍の目が開く前」

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第六話 龍の名を持つ子

朝日が、米沢の山並みに滲んでいた。


夜明けとともに、梵天丸は目を覚ました。


右目を包帯で覆われた顔はまだ腫れが引かず、体も本調子ではない。

それでも、彼の左の眼には、夜を越えた者だけが持つ光が宿っていた。


枕元には、いつものように千代がいた。

だが今朝はもう一人、背筋を伸ばした影がそこにあった。


伊達輝宗である。


「……父上」


「目が覚めたか。よう持ちこたえたな、政宗」


その言葉に、梵天丸の唇が震えた。


「政宗……?」


「うむ。お前の名だ」


「わしの、名……」


梵天丸──その幼名は、仏教に基づき、出家前の男子につけられる常套の名である。

だが、男児がある年齢に達し、“家”を継ぐべき者として認められた時、本名が与えられる。


「政宗。……“政”は、わしの“宗”を継ぎ、“正しきものを導く”という願いを込めた文字」


「“宗”は?」


「古き記録にある、“天に昇る龍の如し”とされた古代の将――彼が名乗った一文字だ。

 龍は、天と地の狭間に生きる。時に天に、時に人に仇なすが、民の望みを背に翔ける者だ」


梵天丸──いや、政宗は、じっと父を見つめた。


「……片目になった、わしが……龍に、なれるのか」


輝宗は、静かに目を閉じる。


「むしろ、片目を失ったからこそ、視える未来がある。

 全てが見えていた時には見えぬ、真の道がな」


その言葉は、政宗の心に真っ直ぐに響いた。


「お前の名には、願いが込められている。

 傷ついてもなお立ち、民の先に立つ“宗”であれと。……それが、父の想いだ」


政宗は、布団の中で拳を握った。


「……わしは、“政宗”」


静かに、確かに呟いたその声には、もう“泣き虫”だった少年の影はなかった。


その夜、寝所の片隅で、千代と小十郎が控えていた。


小十郎は、少し笑って言った。


「坊……いや、政宗様は、もうお子供じゃありませぬな」


「……はい。けれど、まだ寂しい顔も、いたします」


「それでよい。龍は一人で翔ぶが……風は、誰かが送らねば飛べぬ」


千代が目を丸くする。


「それ、殿にお伝えを?」


「いや、言わぬ。恥ずかしいからな」


ふっと笑った小十郎の顔には、涙の跡があった。


その晩、政宗はそっと寝返りを打ち、ぽつりと呟いた。


「……小十郎、千代。おるか」


「はい、ここに」


「おります」


「……わし、泣かぬ。これからは、わしの背を見て、誰かが泣かぬようにするのじゃ」


千代は黙って、彼の手を取った。


小十郎は、声に出さずに言った。


(もう泣くな──政宗様。あなたはもう、“名を持つ者”だ)

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