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独眼竜記 ―伊達政宗異聞 千年の龍、東北を翔ける―『俺は豊臣の家臣じゃねぇ──逆襲の刻を待つ!』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩
第四章「影は南より来る」

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第六十四話 問い:名は呪か、生か

仮面たちの一団が静かに消え去った後。

残された空間に、わずかな振動が広がった。


畳が微かに軋む。

空気が沈む。

“仮面の主”が──口を開いた。


それは音というより、地の底から這い上がるような声だった。

低く、抑えられ、それでいて異様に明瞭な声。


「名は……差別である」


一言目が空間を切り裂いた。


「名は、区別である。

 区別は優劣を生み、上下を決め、価値を定める。

 価値は欲を生み、欲は争いを生む。

 名があれば、必ず争いが生まれる。

 ゆえに──名は、憎しみだ」


政宗は、黙って耳を傾けた。

だが目は逸らさず、声を恐れず、言葉をのみ込まず、

その“思想”の本体を、真正面から受け止めた。


仮面の主は続けた。


「名を持つから、欲する。

 名を持つから、失う。

 名を持つから──奪われる」


言葉は刃となり、政宗の中に突き刺さる。

それは、過去を暴くような声だった。


失った名。

奪われた絆。

壊れた家族。

名をめぐって殺し合った戦。


仮面の主の声は、静かに結ぶ。


「ゆえに──名を捨てよ。

 すべての名を捨てたとき、世界は平らになり、苦しみは終わる。

 名なき者にとって、生は穏やかであり、死もまた同じである」


沈黙。


香の匂いが、微かに濃くなった気がした。

心の奥に染みこむ“無”の香。


だが──政宗は、香に負けなかった。


ゆっくりと、はっきりと、声を返す。


「……それが、おまえの結論か」


政宗は立ち上がった。

この静かな地に、彼の声がはっきりと響く。


「名が差別を生む。

 名が欲を生む。

 名が憎しみを生む……」


政宗は、一歩前へ。


「──だが、それは名の罪ではない。

 それをどう使ったか──人の心の罪だ」


「名は、“道”だ。

 名を持たなければ、誰とも繋がれない。

 名があるから、“おまえ”を呼び、“わたし”を名乗り、心を交わすことができる」


「名があるからこそ、誰かと生きることができる。

 名があるから、誰かの死を悼むことができる。

 名があるから、“忘れたくない”と願える」


政宗は、右目の眼帯に触れる。


「名が痛みを伴うのは──その名に、誰かの心が宿っているからだ」


「わしは、“政宗”という名で生きてきた。

 喜びも、怒りも、恨みも、愛も、すべてをこの名で受け止めてきた。

 それを呪と呼ぶならば、わしは──その呪に生かされている」


静寂。


仮面の主の姿は変わらない。

だが、その気配に、わずかな乱れが生じた。


「おまえは、“名を奪われた”のだな」


政宗は低く言う。


「だから、“名そのもの”を憎むようになった」


「だが、それは違う。

 名があったから、失ったときに苦しかった。

 名があったから、誰かを憎むことも、誰かを愛することもできた」


「名を捨てて、何が残る?

 ただの器では、何も愛せない。

 何も、守れない」


政宗は、拳を握る。


「──だから、わしは名を捨てない。

 たとえ、それが呪であっても。

 たとえ、それが血塗られたものでも。

 それでも、この名で、生きる」


そして、言った。


「名とは──“誰かと生きるための架け橋”だ」


それは、刀ではなかった。


けれど政宗の声は、どんな刃よりも鋭く、まっすぐだった。


長い、沈黙。


やがて、仮面の主が、わずかに首を傾けた。


その動きには、もはや否定も嘲笑もなかった。


それは──“認識”の仕草。

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