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独眼竜記 ―伊達政宗異聞 千年の龍、東北を翔ける―『俺は豊臣の家臣じゃねぇ──逆襲の刻を待つ!』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩
第四章「影は南より来る」

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第五十三話 都の噂、東北の真実

「──都で、“名”を捨てる者が増えております」


その報せは、米沢城・北の隠し門から忍び込んだ一人の影によってもたらされた。


黒脛巾組の密偵、鷹森たかもり

常に風と同じ速さで動き、影と同じ薄さで気配を断ち切る──政宗の耳に最も信を置かれる者である。


政宗は静かに椅子から身を乗り出した。


「名を捨てる、とは?」


「本名を語らず、“仮名”や“代名”で日々を生きる者が都で急増しております」


鷹森は懐から巻物を差し出した。

その中には、京の市井で密かに囁かれる“呪文”のような言葉が羅列されていた。


「名を持つなかれ、心を映すなかれ」

「言葉は封じ、姿は模せ。真はこっかいにあらず」

「名を壊せば、痛みは消える。過去も消える。己も消える」


政宗は眉をひそめた。


「……これは、“黒塊”の術ではないのか?」


千代が傍らで囁く。


「まるで、“記憶から自己を消す”ための呪……“生を仮面に預ける”ためのものです」


小十郎が、鷹森に問う。


「その流布源は、都のどこからか?」


「明確な“根”は不明ですが──ある寺社、あるいは公家の私邸の中で唱えられている気配があります」


「名門が?」


「はい。かつて武家や公家の屋敷で、夜な夜な無言の集会が開かれていると──」


政宗の拳が、机の上で静かに握られた。


「つまり、“黒塊の思想”は、東北だけの敵ではなかった……」


鷹森が頷く。


「さらに、もう一つ……気がかりな話がございます」


「申せ」


「都では、“名の呪詛”なるものが流行り始めております。

 自分の名に“怨み”を乗せて囁くことで、体調不良や失踪を招くという“病”が広がっております」


「呪詛……?」


小十郎が息を呑む。


「それは……まさか、呪いというより、“自己否定”の術なのでは……?」


鷹森は静かに、巻物をもう一つ差し出す。


そこには、京の貴族や僧侶らしき者たちが記した“自己呪詛”の言葉が並んでいた。


「この名に生まれて、すまぬ」

「我は、我ではない」

「父の名を返したい」

「母の名に許されたい」

「名を消せ、名を消せ、名を消せ」


千代の肩が、微かに震える。


「これは……“黒塊の城”で拾った仮面兵たちと、同じ言葉……」


政宗はその場に立ち上がった。


「この“病”は、“心”を蝕む“名の破壊”だ」


「都そのものが、“黒塊の思想”に囚われてゆく──ということでしょうか」


小十郎の問いに、政宗は頷く。


「いや、もっと悪い。“黒塊”は、都の“構造”そのものを利用している。

 “名に縛られ、名を奪い、名で争う”──都は元より、そういう場所だ」


千代が、震える声で口を開いた。


「では……私たちが“壊した”はずの“黒塊の城”は……ただの“支部”だった……?」


「“本山”は、都にある。あるいは、都そのものが“仮面の城”になりかけているのだ」


政宗は拳を握る。


「これは、“心の戦”だ」


その時、風が吹いた。


米沢の高台に立つ城の窓から差し込む風は、いつもと変わらぬ東北の風。


だが──政宗の中には、都の“重く乾いた風”が、確かに感じられた。


「わしは行く」


政宗がぽつりと言った。


小十郎が振り向く。


「どこへ、殿」


「都へ。──“名”の真の戦場は、そちらにある」


千代が、静かに笑った。


「では、また“戦支度”ですね。影もまた、共に参ります」


小十郎は言う。


「黒脛巾組、都潜入の準備に入ります。

 “敵の顔”が見えぬ今こそ、我らの力が要る時にございます」


政宗は静かに頷いた。


「黒塊の“術”が、都に流れ込んだのではない。

 都が、“黒塊”を受け入れたのだ」


政宗の右目──かつての“闇”が穿ったその眼窩に、

今は“信”の光が宿っていた。


それは、誰かの名を奪うためではなく、

“名を守るため”に戦う者のまなざし。


「名とは、魂の形式である。

 魂が壊れぬよう、わしが立つ」


そう、政宗は静かに誓った。

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