第四十話 最上よりの影、名はまだ明かされず
米沢城、夜。
政宗は、仮面の破片と焼け焦げた布を机に並べていた。
それは、戦場から持ち帰った“敵の遺物”──
口もなく、目も曖昧な白磁の面。
その裏に刻まれたのは、かすれた印と奇妙な記号。
「……越後でも、出羽でもない。これは……京の鋳型だ」
報告を受けた成実が、眉をひそめる。
「都の者が、なぜ奥州に? まさか幕府筋が動いて──」
「いや」
政宗はゆっくり首を振った。
「これは“幕府の名を借りた影”だ。
誰かが──戦国の枠を超えて、動いている」
小十郎が続ける。
「京には、金も兵も術もある。
……“人の心”を縛る手も、忘れてはなりませぬ」
政宗はその言葉に、ふと思い至る。
“あの仮面の兵たちは、生きていたのか”──
その問いは、いまだ答えのないまま、政宗の中に沈んでいた。
その夜──
政宗の部屋を、ひとりの影が訪れた。
「……政宗」
義姫だった。
闇の中に、白い小袖がふわりと揺れていた。
「敵は、最上ではありませんでした」
政宗が静かに口を開いた。
「仮面の兵。戦の痕跡。語らぬ者ども。
それらはすべて、“最上”を偽るためにあった」
「つまり……わたしが、誤らせたのですね」
義姫の声は、どこか遠く、震えていた。
「政宗……これは、私の罪でもあるのです」
政宗は黙って母を見つめた。
「わたしは、最上の者として、
この城に“最上の影”を持ち込んでしまった。
それが、あの者たちの手を招く隙になったのかもしれません」
「だが、母上──」
「いいえ、政宗。……それでも、私はここに居たい」
義姫は顔を上げた。
「伊達の母として、あなたの背を見守りたいのです。
あなたが、戦国の“外”に目を向けるその時こそ──」
政宗は、わずかに頷いた。
「わしは、もう気づいてしまった」
「……?」
「奥州は、戦国の外から狙われている。
わしは、伊達を守るだけでなく、“東北”を守る者にならねばならぬ」
義姫の目に、かすかに涙が浮かんだ。
「……強くなりましたね、政宗」
「まだ、途中です。
でも、“道の先”が見えた気がする。
この戦、まだ“はじまり”でしかない」
朝が来る。
第四章は、ここで静かに幕を下ろす。
だが、政宗の胸にはすでに灯がともっていた。
──見えぬ敵が来るならば、わしは“見えぬ目”で迎え撃つ。
“心眼”の剣を、そのために振るうのだ。




