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独眼竜記 ―伊達政宗異聞 千年の龍、東北を翔ける―『俺は豊臣の家臣じゃねぇ──逆襲の刻を待つ!』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩
第四章「影は南より来る」

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第三十八話 政宗、密かに出陣す

夜明け前の米沢城。


城下の空にはまだ星が残り、世界は濃い蒼に包まれていた。

その静寂の中を、わずかに足音が響く。


鉄の衣も、旗も、太鼓もない。

ただ、絞り抜かれた三十の兵と、黒脛巾組。

風を裂く気配だけを纏って、政宗の密やかな出陣が始まっていた。


城の裏門。

朝霧にまぎれ、集った兵たちの前に、政宗が姿を現す。


黒い羽織に身を包み、右目には常の黒眼帯。

腰の太刀は、輝宗より受け継いだもの。


その表情に、もはや少年の影はなかった。


「……この出陣に、大義名分はない」


兵たちは息を呑んで政宗を見上げた。


「敵の正体すらわからぬ。

 だが、村が焼かれ、民が泣いた。その現実だけが、わしの“義”となる」


政宗は、ゆっくりと太刀に手を添える。


「この剣は、怒りで振るうものではない。

 復讐でも、感情でもない──“信”を刻むために抜くのだ」


「それができぬなら、伊達の名など要らぬ!」


小十郎、成実、黒脛巾組の頭・鷹森、そして選抜兵たちが、深く頭を垂れた。


政宗は無言のまま、裏門を越え、南へと馬首を向ける。


だが──


その行列の影に、ひとり紛れていた者がいた。


「──まさか、黙って出ていくとは思いませんでした」


夜露に濡れた草影から、千代が姿を現した。


浅葱色の野戦装束。手には短刀と、小ぶりの薬籠。


「千代……何を──」


「黙って行く男を、黙って送り出す女ではありません。

 それに、私にも“伊達の女”としての役目があります」


政宗はため息をついた。

だが、目の奥には微かな安堵が宿る。


「父上に叱られるぞ」


「ええ。帰ったらきっと三日は口をきいてくれません。

 ──ですから、“帰る理由”を作っておかないと」


政宗は、ふと表情を崩し、苦笑を浮かべた。


「勝つまで帰らぬつもりだったが……

 そなたが来るなら、“帰る”道も、考えねばなるまいな」


「……では、勝って帰りましょう。二人で」


その言葉に、政宗は深く頷いた。


月が雲を抜け、静かに地を照らす。


政宗は、馬にまたがると前を見据え、低く号令をかけた。


「──出陣」


その声は静かだったが、確かに夜の奥へと響いた。


誰にも知られぬ密やかな出立。

しかし、その一歩は、戦国の“闇”に火を灯す最初の一撃であった。

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