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独眼竜記 ―伊達政宗異聞 千年の龍、東北を翔ける―『俺は豊臣の家臣じゃねぇ──逆襲の刻を待つ!』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩
第四章「影は南より来る」

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第二十話『出仕一ヶ月記念──わし、まだ死んでないがね』

月が満ち、清洲に上がってちょうど一ヶ月が経った。


 日吉丸は縁側でぼんやりと空を仰いでいた。


 「……はぁ〜……あっという間やったな……」


 草履を温めて、女装させられて、茶を淹れて、ラブレター渡されて、側室候補にロックオンされて──。


 「……よう、まだ生きとるな、わし」


 しみじみと呟きながら、頭を掻いた。


 「あかん、ほんまに命が何個あっても足らんがね……」


 ──そんな夜だった。


 ふすまが、すっ……と音を立てて開いた。


 「日吉丸……起きとるか?」


 ねねだった。


 薄灯りに照らされたその顔は、いつになく柔らかく、けれどどこか覚悟を決めたような眼差しだった。


 「ど、どうしたんや? 夜更けに……」


 「……話、ある」


 言葉少なに、ねねは畳の上をすり足で近づき、日吉丸のすぐ横にちょこんと座った。


 「……なんや、改まって」


 「一ヶ月、頑張ったな」


 「へっ?」


 「草履も掃除も、信長さまの茶会も……よう頑張った」


 「ね、ねね……?」


 その言葉だけで、胸がじわっと熱くなる。


 「わし、なんもできんかったのに……なんや、ねねに言われると……沁みるやて」


 ねねはにかみながらも、すっと小さな手を伸ばし、日吉丸の布団の上に添えた。


 「──ちょっとだけ、横になってもええ?」


 「はぁ!? な、なに言うとるんや!? ここ、わしの寝所やで!? 女の子がこんなとこ──」


 「黙ってて」


 ぴしりと一喝され、日吉丸はすごすごと布団の端に縮こまる。


 その隣に、ねねがそっと横たわった。


 「……あんた、どこまで出世してもええけどな」


 「うん……」


 「帰る場所、忘れとったらあかんで」


 その一言が、日吉丸の心に深く染みこんだ。


 「……ねね。わし、忘れへん。あんたの作る味噌汁の味も、お鈴の笑顔も、あの川べりの桜も……全部や」


 「ふふ、そないに言うて……ほんま、信じとるからな」


 ねねは、そっと日吉丸の手を取った。


 夜の静けさのなか、ふたりの手が重なる。


 「わし、ほんま……なんでこんなにモテとるんやろな……」


 「知らん。あんたがアホで優しすぎるからや」


 「褒められてるんか、けなされてるんか、わからんがね……」


 けれど。

 その夜、日吉丸の胸の内には、ひとつの確かな温もりが灯っていた。


 ──天下なんて、まだ遠い話。


 けれど、守りたいものがあるから、前に進める。


 そんな夜だった。



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