第三十一話 鷹は南風に乗って
米沢の空に、一羽の鷹が翔けていた。
春を運ぶ南風に乗って北へと向かうその影は、伊達の城に不穏な知らせを届けようとしていた。
「最上より使者、到着──!」
午前の静けさを破るように、城門の報せが響く。
程なくして、城の大広間に通されたのは、
黒紋付の旅装束に身を包んだ壮年の武士だった。
その胸には、最上家の家紋──“九曜”が刻まれている。
「義姫様……お久しゅうございます。
殿──最上義光様よりの文、お届けに参りました」
義姫の眉がわずかに揺れる。
政宗の傍らに座していた輝宗が「読め」と命じると、使者は膝を正し、巻物を開いた。
『近頃、我が最上家にて内紛の兆しあり。
一部重臣が不穏な動きを見せ、義姫殿の御帰還を以て、
家中の安定を図りたし。早急の帰参を請う』
――最上義光
一瞬、空気が凍りついた。
「……内紛、だと?」
輝宗が目を細める。使者は頷いた。
「義光様は、義姫様の“血筋”と“正しき言葉”をもって、家中を鎮めたいとお考えです」
義姫はその場で即答できなかった。
視線を伏せ、口元に手を当てたまま、じっと沈黙している。
「そのような大義を口にしながら、実の妹を“政略の駒”に戻すつもりか」
輝宗の声には明らかな苛立ちが滲んでいた。
「返答は後日とせよ。伊達は動かぬ──義姫もまた、ここに留まる」
「……心得ました」
使者は深く頭を下げ、静かに下がっていった。
使者が去った後も、義姫は俯いたまま微動だにしなかった。
その姿を、政宗は黙って見つめていた。
(……母上の手が、震えている)
(“最上義光の妹”であることが……母上を縛っている)
政宗は、義姫の背に、かつて見たことのない“影”を見るような気がした。
「母上……」
呼びかけると、義姫はほんの一瞬だけ目を細めた。
だが、次の瞬間には平静を装い、微笑んでみせた。
「何でもないわ、政宗。お前には……関わらせたくないことよ」
「関わらぬことなど、わしにはできぬ。
伊達を継ぐ者として、そして……母上の子として」
その言葉に、義姫の目が揺れた。
「……まだ、早いわ。お前が知るには」
「遅い、のではないか?」
政宗の声は静かだったが、その奥には確かな“疑念”があった。
その夜。
義姫はひとり、使者から渡された封印された“別の書状”を開いていた。
そこには、兄・最上義光の筆で、こう記されていた。
『──“影”が動いておる。最上家では止めきれぬ。
北へも、間もなく迫るであろう。』
夜風が障子を揺らした。
政宗の予感と、義姫の動揺。
そして“影”の正体は、まだ誰も知らぬ──




