第二十一話 初陣の兆し
春の気配が山を満たし始めたある日、米沢城の空気がわずかにざわついた。
「──南方より、畠山家の動き活発化。境界の村落にて略奪と見られる火の手あり」
使者が報告書を差し出すと、家中の重臣たちは眉を寄せた。
畠山家。
かつては越中から流れた一族が、奥州に根を張り、いまは伊達の南境に揺さぶりをかけている小大名。
輝宗は報告を読み終え、重く静かに一言を口にした。
「……動員をかけよ」
家中に緊張が走った。
だが、その言葉はまだ終わらなかった。
「──政宗を、初陣とする」
その報が、政宗のもとへ届けられたのは、翌朝のことだった。
縁側に座し、書に目を落としていた政宗の前に、小十郎が膝をついた。
「政宗様。御父君より伝令です」
「……出陣か」
「はっ。南境にて畠山家の動き。初陣を命ぜられました」
静かに頷いたその顔は、かつて庵で座禅を組んでいた少年の面影を残しながらも、
すでに“決意を持った将”のものだった。
「いよいよ……“命を預かる”戦か」
「はい」
その夜。
政宗は義姫の居室を訪れた。
母は、既に知っていたらしく、政宗が口を開くよりも先に、そっと両の手を取った。
「政宗。これが、“お前の道”なのですね」
「はい。父上の意志、伊達の未来。すべてを背負うと決めた者の……戦です」
義姫は、かすかに震えていた。
「戦に行くのは、これが初めて。でも……もう帰ってこないのでは、と思ってしまう自分がいます」
政宗はその手を、やさしく握り返した。
「大丈夫です。わしは、龍。空を見据えて還ってきます」
「泣いても、よいですか?」
「母上は、泣いても導ける方です」
その一言に、義姫は思わず目を伏せて涙を零した。
翌朝、甲冑が整えられた座敷にて、政宗は父・輝宗と対座していた。
鋲打ちの胴、肩当て、袖、脛当て。
全ては特注の軽量なもので、成長途中の政宗の体に合わせて作られていた。
「……重いか?」
輝宗の問いに、政宗はかすかに笑って首を振る。
「剣より軽いです。けれど──命よりは、重うございます」
「その言葉を持って行け」
輝宗は、静かに腰の脇差を外した。
「これは、わしが初陣のときに佩いたものだ。
今日からはお前の“道標”とせよ」
政宗は、両手でその脇差を受け取った。
「はい。父上」
「政宗。わしはお前を“将”とは思っておらぬ。
お前は“導く者”だ」
「──心得ております」
そのとき、風が吹いた。
障子がふわりと揺れ、そこに差し込んだ陽の光が、政宗の隻眼を強く照らした。
その日、城下では戦支度が始まった。
鉄砲隊の手入れ、馬の蹄鉄、兵糧の積み出し。
だが、そのすべての中心には、鎧をまとい、静かに剣を帯びた若武者がいた。
伊達政宗。
わずか十三の身で、すでに“名乗る覚悟”を持つ、龍の器。
──そして、初めて“命を奪う戦”へと向かう日が、始まった。




