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独眼竜記 ―伊達政宗異聞 千年の龍、東北を翔ける―『俺は豊臣の家臣じゃねぇ──逆襲の刻を待つ!』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩
第四章「影は南より来る」

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第百九十七話『虎と龍、まだ眠る』

小田原の評定が終わり、天下は豊臣の下に一つに統されようとしていた。


 だが――

 その夜、ひとつの火が密かに灯された。


 それは、表には決して出ぬ、虎と龍の密談である。


 宵闇の中、月も星も雲に隠れ、音ひとつしない城の裏手。

 その離れに、政宗は一人、通された。


 灯はない。だが、そこに先客がいる気配はあった。


「遅かったな、伊達殿」


 静かに、だが確かに通る声が響いた。


「徳川殿……お忍びとは、また大胆で」


 闇の奥、静かに現れた男は、徳川家康。


 豊臣政権の五大老の一角にして、未だ“表情なき狸”と畏れられる策士である。


 政宗と家康。

 この二人が、公の場で長く言葉を交わすことはなかった。

 だが互いの中には、それぞれの“匂い”があった。


 同類の匂い。


 風を読み、先を見、時に黙し、時に噛みつく獣たち。


 虎と龍。


 まだ眠っているように見せて、互いの牙の長さを測っている。


「……小田原仕置、お見事でしたな」


 政宗が口を開く。


「いや、見事なのは太閤殿下よ。我らはその舞台の上、駒にすぎぬ」


 家康が答える。笑みは見せぬ。


「ですが駒とは、時に王をも討ちます」


「ほう、恐ろしきことを……お若いのに、そんな言葉を吐いてよいのか?」


 政宗は微笑みを返す。


「若いからこそ、夢を語るのです。老いた者には、過去が重すぎる」


「……なるほど。確かに我ら老いた者は、夢の代わりに重荷を背負いすぎたかもしれぬな」


 沈黙。


 その隙間に、闇の中で燻る火の匂いだけが漂う。


「徳川殿。率直に問います」


「なんなりと」


「――いずれ、秀吉の世は崩れますか」


 その問いに、家康は答えなかった。


 だがそれは、肯定に等しかった。


 政宗は続ける。


「太閤殿下は偉大です。しかし偉大すぎる。あの男が消えたとき、誰もその“代わり”にはなれない」


「……消えたとき、か。つまり、貴殿は既に“その後”を見ておる?」


「見るのは自由。実行するのは……命がけです」


 家康は小さく笑った。


 その目に、わずかに光が宿った。


「そのときは、俺が“喰う番”ですから」


 政宗が、低く呟いた。


 若き竜は、燃えるような眼で家康を見つめていた。


 その目には、恐れも迷いもなかった。


「喰う、か……その言葉、忘れぬようにしよう」


「そちらも。“虎”と呼ばれる殿です。寝たふりをしているのは、もうごまかせませんよ」


「ふふ……では、“龍”殿。眠れるうちに夢を見ておくがよい」


 ふたりの目が交わる。


 そこには剣も槍もない。ただ、無言の契りと探り、野望と覚悟。


 いずれ、豊臣の世が揺らぎ、火の粉が飛び散ったとき――

 この日、この夜、この密談の種が、芽吹くことになるだろう。


 その後、二人は何も言わずに離れた。


 政宗が部屋を出たとき、空は晴れかけていた。


 雲の切れ間から月がのぞく。


 政宗は、その月を見上げて呟いた。


「獣が眠るのは、嵐の前だけか」


 そして、懐の中にある“奥羽仕置”の書状をもう一度確かめる。


 秀吉の朱印は、確かにあった。


 ――だが、政宗の“本心”は、そこには記されていない。


 その“本心”に最も近づいたのは、いま会っていた男――徳川家康だけだ。


(いずれ、あの男とも戦う。だが今は……)


 そう心に刻みながら、政宗は夜風を受けて歩き出す。


 その背中に、まだ誰も気づかぬ“未来の戦”の影が、密かに伸びていた――


 


(つづく)

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