第十八話 龍の吼え声
「政宗。お前は“戦”を何と捉える?」
焚き火の火がぱち、と音を立ててはぜた。
それは、座禅明けの夜。
政宗と虎哉宗乙が、庵の前で囲炉裏を囲んでいたときのことだった。
夜気は冷え、春の山に残る雪の匂いが混ざる。
それでも政宗は、座を崩さず、目を閉じて思索に耽っていた。
「戦は……勝つこと。生き残ること。敵を討ち、味方を守ること」
「なるほど。それも一つの“形”だな」
虎哉は火箸を動かし、静かに言葉を続けた。
「だがな、政宗。戦においてもっとも難しいことは何か、分かるか?」
「難しいこと……?」
「殺すことではない。“殺さぬこと”だ」
政宗は眉をひそめた。
「……敵を殺さぬでは、勝てぬのでは?」
「そう思っておるうちは、まだ“殺し合い”だ」
虎哉は真っ直ぐに政宗を見た。
「“勝ち”とは、命の奪い合いではなく、“心”を奪うことだ」
「心……を奪う……?」
「そうだ」
焚き火が、政宗の隻眼にちらちらと映った。
「敵を服従させるのでもない。屈服させるのでもない。
“導き”、相手に“従いたい”と思わせること。
それが、本当の“戦の勝ち”というものだ」
政宗は、しばらく言葉を失っていた。
「……だが、それは“武将のすること”ではないのでは?」
「いや。武将だからこそできるのだ」
虎哉の声が、どこまでも静かで、そして鋭かった。
「剣は斬るためにある。だが“心”は、活かすためにある。
心で剣を制する者こそ、真の将だ」
政宗は、拳を握った。
「……わしは、今まで“殺すこと”ばかり考えていた。
父を守るため。母を救うため。伊達を継ぐため。
すべて、誰かを“殺さねばならぬ”と、思っていた……」
「それは、誰もが通る“道”だ。
だがな政宗、お前には“龍の心”がある。
だからこそ、“活かすための戦”を学べ」
その夜。
政宗は、不動明王の前で一人、座ったまま目を閉じていた。
剣を握るでもなく、叫ぶでもなく、ただ静かに己の中に潜る。
──わしは、殺すためではなく、導くために戦う。
──そのために、強くなる。
──心を制し、心で視る。
その誓いは、炎のように静かで、風のように深かった。
翌朝。
政宗は庵の裏手にある小さな滝壺に向かい、両手を広げた。
冷たい飛沫が頬を打つ。
右目がないその顔を、彼は隠さなかった。
「わしは、龍となる。吼えるためではない。
“生かすために吼える龍”に、なるのじゃ」
声はまだ若く、響きも細い。
だが、その叫びは、滝よりも雄々しく、風よりも鋭く、
誰よりも“人の命”を信じる者の、初めての“咆哮”だった。
虎哉は、庵の縁側からその姿を見つめ、静かに目を閉じた。
「……龍は吼えた。あとは、天へ昇るのみよ」




