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独眼竜記 ―伊達政宗異聞 千年の龍、東北を翔ける―『俺は豊臣の家臣じゃねぇ──逆襲の刻を待つ!』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩
第四章「影は南より来る」

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第百九十話『小田原へ向かう影』

 天正十八年、春。


 空は高く晴れ渡り、しかし、どこか張り詰めたような冷気が残る朝。


 その空の下、白雪まだ溶けきらぬ越後・出羽の境界を越え、伊達の旗が動いた。


 吹き上げる風に、金地に黒の九曜紋がひるがえる。


 伊達政宗、ついに小田原へ向けて出陣。


 陣頭に立つ政宗の姿は、鋭利な刃のようだった。


 背には「黒漆塗五枚胴具足」、肩には白布に染め抜かれた伊達家の旗印。


 胸中に「夢を喰らった」傷を隠しつつ、彼の瞳は一分の曇りもなく前を見据えていた。


「出羽との境にて、最上義光殿の軍と合流の報あり」


 副将・片倉小十郎が進み出てそう告げると、政宗はわずかに頷いた。


「叔父上も、決断をなされたか……」


 最上義光──伊達の母・義姫の実兄にして、常に“表裏比興”の評を受ける狡猾な老将。


 信長の没後、東国の安寧を模索してきた彼もまた、このたび小田原に向けて旗を挙げた。


 かつては義姫を通じて伊達と最上は深く結ばれていた。


 だが、今は盟か、対か、それすらも判じかねる時勢の渦中。


 政宗は、小田原へ向かう途上、最上との合流に一抹の警戒を覚えていた。


 それでも――今は、共に参陣する道を選んだ。


 戦国の終末が、音を立てて迫っていた。


 その頃、小田原城を囲む豊臣本陣では、すでに東北からの報せが届いていた。


「伊達政宗、出陣の由」


 報を読み上げたのは、石田三成である。


 その眉間には、わずかな皺が刻まれていた。


「ほう……あの若造、ようやく観念したか」


 そう口にしたのは、加藤清正。隣の福島正則も苦笑いを浮かべている。


「参陣したとて、真に腹を決めたかは分からんぞ。あやつは、ただの若き独眼竜に非ず、化けるぞ」


 言ったのは、黒田官兵衛だった。


 その静かな声に、陣中が一瞬だけ静まる。


 彼だけが、伊達政宗の“先”を見ていた。


 この男は、屈しながらも立ち上がる。


 喰われながらも、必ず吐き返す。


 そして――


 豊臣の未来にとって、最も手ごわき“未来の敵”となるかもしれぬ、と。


 一方、その報を聞いた男が、もう一人いた。


 徳川家康。


 秀吉本陣からやや離れた天幕の中、家康は茶を啜りながら、報せの文を手にしていた。


「ついに来たか……」


 呟きは低く、だがその声音には、明らかな興味が滲んでいた。


「“奥羽の竜”が、ようやく尻尾を見せたというわけじゃな」


 傍らの本多正信が、目を細める。


「恐れながら、あの政宗という若者……家康様とは、また異なる意味で“待つ者”にございます」


「うむ、あやつは“時を待たぬ者”じゃ。だからこそ、わしの眼には眩しく映る」


 家康は茶碗を置き、そっと手を広げる。


「石田殿や清正、正則の目には、政宗はただの“屈した若造”に映るであろうが……」


 そこで言葉を切る。


「わしは、そうは思わぬ」


 静かに笑った。


「一度“夢を呑んだ”男は強い。喰われた味を知り、次はどう喰らい返すかを考える」


「……殿下は、そこまで見ておられぬと?」


「いや、秀吉公は“あやつが来る”ことを最初から見越しておる。されど、その後までは──」


 家康は夜明けの空を見上げる。


「政宗は、いずれ“豊臣の中の異物”となる」


「それは、敵とするということですか」


「否……いずれ、使える」


 家康はそう言い、意味ありげに笑う。


「わしが老いたその時、あやつが世を騒がせてくれるじゃろうよ」


 その夜、伊達軍は出羽街道に宿営を張っていた。


 政宗は火を囲みながら、黙して地図を眺めている。


 小十郎が静かに語る。


「殿、最上殿とは、明日未明にて合流の予定。やや遅れるとの使いが」


「……分かった」


 地図の上で、政宗の指が小田原へと這う。


 道は長い。だが、ここまで来た。


「竜の影が、世に放たれる」


 政宗は呟く。


 夢を喰らい、自らを喰い、なおも前へ。


 その先に待つものは、栄光か、破滅か、それとも――


 夜は静かに更けていく。


 だが、風がひとつ、確かに動いた。


 天下を覆う“影”が、北より歩み始めたのである。


 


(つづく)



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