3-35 エージェント
それから数分後、圭さんが言っていた追加の人員がやって来た。
「ジムです。よろしくお願いします。」
黒服を着て礼儀正しく挨拶をしてくれたその人は、欧米風の顔つきをした男性だった。
後ろには同様に外人の男女が一人ずつ。
やばい、外人さんだ。普段、英語の授業以外で外国人と話す機会がない俺はテンパる。
(えーと、えーとこの場合はなんて言えばいいんだっけ?
とりあえず挨拶。挨拶だよな。)
そう思い立ち上がって挨拶をする。
「ナイスツゥーミーツゥユー。」
頑張って巻き舌を作ってみる。だが残念なことにそれは完全な日本語英語。
場に沈黙が落ちる。横では朱莉さんが口に手を当て笑いを堪えている。
(くっ、なんてひどい。せめてフォローして欲しい。)
こんな時に全てを翻訳してくれるコンニャクがあればと思わずにはいられない。
「いえ、大丈夫ですよ。我々は皆日本語がしゃべれますから。」
だか良そうに反して男性は流暢な日本語でニッコリスマイルを浮かべてくる。
(ああ、なんて優しい。隣で笑いを堪えてる人とは大違いだ!)
思わず非難がましい目で朱莉さんを見つめるが、本人は気付いているのかいないのか素知らぬ顔だ。
「Mr. 来栖。改めてご挨拶させて頂きます。この度、国際異能研究室より派遣されましたジムと申します、よろしくお願いします。後ろの二人はジャック、それにジュリアです。それぞれ腕利きのエージェントですので、これから頼りにしてくださいね。」
「ジャックだ。」
「ジュリアよ。よろしくね、可愛い坊や。」
三人はそう自己紹介をし、手をさしだしてくる。俺はその三人を見やる。
ジムさんはストレートの濃い金髪を七三分けにし、綺麗に撫でつけている。身長は180cmぐらいか。中肉中背で、その表情は温和。青色の瞳は優しげな色を湛えている。頼れるお兄さんと言った印象だ。
一方、ジャックさんの肌は浅黒く、髪は短髪。サングラスをかけているので目元は良くわからないが、口はへの字に曲げられている。体はがっしりしていて身長は2mを超えるだろうか。良く鍛えられた筋肉が黒服の上からでもよくわかる。居るだけで威圧感を醸し出している。
最後にジュリアさん。抜けるような白い肌に綺麗な金髪と碧眼で、こちらはジムさんよりも薄い金髪を頭の後ろのバレッタでまとめている。体はスレンダーで、物語のエルフと言われれば納得してしまいそうである。だが一方で、透き通った碧眼はやや細められ、妖艶に舌が唇を舐めとても煽情的だ。その淫靡な印象のせいで見た目の清楚さが台無しだ。一言で言えば、姫騎士みたいな美人さんだけど、それ以上にドSっぽい大人の女性だ。
ジュリアさんと目線があった瞬間、俺の目の前に選択肢が見える。
『ジュリアさんが拓斗君を食べたそうにこちらを見ている。食べさせますか?』
⇒はい
いいえ
思わず、『はい』と選びそうになるが、全力の理性でもって踏みとどまる。
『はい』を選んだら大変なことになりそうだ。BAD END一直線かな?
それぞれと握手をしながら、その特徴と名前を記憶に刻み込む。
「よろしくお願いします。でも、応援の方が外国の方だったのは驚きました。」
「確かに、いきなりだと驚きますよね。特にジャックなんか威圧感がありますからね。驚かせてしまって申し訳ない。ハハハ。」
「いえ、僕の方こそすみません。応援に来ていただいてありがとうございます。」
「いえいえ。」
ジムさんは穏やかに応答してくれる。
一方でジャックさんは威圧感もそのままにジムさんの後ろに直立不動で立っている。
ジュリアさんだけが、俺のことを足の先から頭のてっぺんまでねめつけながら、頬を上気させ舌なめずりをしているのが気になる。
やめて、そんな目で見ないで。封印していたドMの扉が開いてしまうから。
この扉を開かせるわけにはいかない。
俺は何とか再度扉に厳重な封印を行い、気になっていたことを聞いた。
「そういえば、ジムさん達は超常現象特別対策室の人ではないんですよね?」
「そうだね、今回我々は貴国の超常現象特別対策室から要請を受けて駆け付けた国際機関のエージェントだよ。Mr. 我妻から聞いてないかい?」
一瞬我妻と言われ誰の事か分からなかったが、横から朱莉さんが「室長のことよ。」と教えてくれる。そうだった、あの人、我妻圭って名前だった。いつも圭さんとしか読んでなかったから忘れてたわ。
と、そこでインカムから圭さんの声が届く。
「もしもし、横から失礼。」
その声はジムさん達にも届いているようだ。良く見ると彼らの耳元にもインカムが見える。
「こんばんわ、Mr. 我妻。」
「こんばんは、Mr. ジム。今回は要請に答えてくれて感謝します。」
珍しい。圭さんが敬語だ。流石にこういう場ではちゃんとするのか。
一方で、ジムさんは俺と話すときよりも若干砕けた感じになっている。
二人は古くからの知り合いなんだろうか。
「いや、こちらこそ普段からお世話になっているからね。こういうのを君たちの国では、持ちつ持たれつっていうんだっけ?」
「そうですね。ですが、今回は本当に助かりました。」
「狂華が絡んでいますからね。あの組織が絡んでいる以上我々にとっても他人事ではないのですよ。」
「そう言って頂けるとありがたいです。それに先ほどの狙撃手の件も迅速に動いて頂いてありがとうございます。」
そこで俺はハッと思い出す。
先ほどのアギトとの戦闘中。朱莉さんがアギトに追撃を仕掛けようとして時に響いた発砲音。あれは敷地外からのものだったと思う。
朱莉さんの察知能力からの外からとなると、かなり離れたところからの狙撃。
朱莉さんの撃たれた瞬間の光景が思い出され、怒りが沸き上がりそうになるが、その様子に気付いた朱莉さんに手を握られ、現実に引き戻される。
(いかんいかん、冷静になれなければ。)
朱莉さんは俺の様子が常のそれに戻ったことを確認すると、優し気に笑う。
こういう所は年上っぽいんだから、まったく。
俺達のやり取りに気付かなかったのか、圭さんとジムさんの会話は続く。
「いやいや、協力者として当然のことをしたまでです。しかし、こちらこそ申し訳ない、狙撃手を捕らえられなくて。我々が狙撃ポイントと思われる場所に着いた時には既にもぬけの殻でした。」
ジムさんは申し訳なさそうに言うが、
「いえ、それでも狙撃手が撤退してくれたことで遠距離の攻撃を防げましたから、大変助かりました。改めて感謝を。」
「そう言ってもらえると助かります。それじゃ、これからもよろしくと言うことで。」
「ええ、よろしくお願いします。」
圭さんはそこでジムさんとの会話に一区切りをつけると、次に俺と朱莉さんに水を向けてきた。
「拓斗君、高峰、二人とも今回は本当にお疲れ様。」
「お疲れ様です圭さん。」
「お疲れ様です室長。」
「今回はこちらの判断で無理をさせてしまってすまなかった。まさか獣人化の能力を持つ敵が居るとは。それに遠距離からの狙撃。本当に申し訳ない。二人とも怪我は大丈夫かい?」
「俺は大丈夫ですが、朱莉さんが・・・」
朱莉さんを見やる。その全身には未だ裂傷からの血の跡が痛々しく残っている。
けれど朱莉さんは、こちらを向いて小さく力こぶを作るような大丈夫アピールをする。
「いえ、私も大丈夫です。裂傷はありますが、徐々に治ってきています。2日以内には戦闘も可能だと思います。」
確かに血は止まっているようだが、あまり無理はしないで欲しい。
だが、圭さんもそんな朱莉さんのことが分かっているようで、
「そうかい。でも二人とも無理はしないように。高峰は帰ったらしっかり医務室で治療してもらうこと。」
「はい。」
無理がバレて少し恥ずかしそうだが、朱莉さんは元気に返事をする。
心配されて嬉しい気持ちもあるんだろう。圭さんは朱莉さんのお父さんみたいだな。
だが、圭さんは少し重い声音で俺にも問いかける。
「それと拓斗君。先ほどの赤い姿。暴走しているようにも見えたけれど、あれは君の能力かい?」
一転、俺は真剣な顔になる。
あの力。心の奥底から憎悪と憤怒が沸き上がっていたあの力。赤黒い魔力を纏い、獣のような形態になったあの力。
考える。正直、思い当たることはある。
それは無意識に言ったあの言葉。
「ruber」
そう、それの意味することは赤。
俺の中二病ノート赤の章。その中には、燃えるような手甲を纏った俺が書かれている。
だが、だがしかし。赤の章の中に今回のような暴走するような設定はない。
あくまで、手甲を纏った徒手空拳で無双する設定だ。
(中二病ノートに追加された設定がある?それとも・・・)
分からない。だから俺はこう答えるしかない。
「・・・分かりません。」
少なくとも分からないことが多すぎる今の段階では余計な情報になりかねないだろう。
もう少し、情報が集まったら相談させてもらおうと思う。
俺の歯切れの悪い答えに、もしかしたら圭さんは何かを感じ取ったかもしれないが、それでも心配をしてくれる。
「そうか、分かった。それで今、体に異変は?」
「いえ、現在のところは特に何も。」
「それなら良かった。でもしっかり調べる必要はあるね。明日でいいから精密検査のためにうちに来なさい。朝にいつもの車を寄こすから。それと、今日は疲れただろうし家に帰りなさい。高峰の治療はこっちでしっかりやっておくから。」
「・・・はい、了解しました。」
朱莉さんの傷のことは正直気になるが、俺が居ても役に立たない。ここはプロのお医者さんに任せよう。
ジムさん達もそんな俺達の様子を見て、気を使ってくれる。
「それじゃ、そこの狼の処理も含めて後片付けは我々でやっておくので、君たち二人はゆっくり休みなさい。」
正直体は疲労困憊でその申し出は素直にありがたかった。俺達はジムさん達にもしっかりとお辞儀をする。
「ジムさん達もありがとうございます。これからよろしくお願いします。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
その後俺達は引継ぎを終え、朱莉さんは特別対策室の医務室へ、俺は自宅へと送られるのだった。
まずはこの話を読んでいただいた読者の方にお礼申し上げます。
気になる方は続きを読んで頂ければ幸いです。




