2-23 領域の展開だと!?
その後、カフェに向かう道すがら、俺は高峰さんに小型インカムを渡された。
高峰さん曰く、
「これがあれば朔月市全体ぐらいの範囲であれば通信出来るわ。特別対策室とも繋がっているから、そちらの指示に従ったり、判断を仰ぐことも出来るわ。それに、発信機機能もあるからもし万が一のことがあっても対応可能なの。」
とのことだ。頼もしい限りである。
そこで高峰さんが、
「そう言えば拓斗君。私の事ずっと高峰さんって呼んでるわよね。」
と言ってきた。
いえ、ネコ耳ネコ尻尾の時はネコ峰さんと呼んでますよ! と応えようとしたが、寸でのところで何とか飲み込む。
少し目が泳いだが恐らく気付かれなかっただろう。
朱莉さんの前でネコ峰さんなんて呼んだら、ネコ耳状態で目からビームを放たれる可能性だってある。
なので俺は、誤魔化すように当たり障りない返事を返す。
「そうですね。高峰さんは年上ですし、礼儀として苗字で読んだ方がいいのかなって。」
「でも、いつまでもそのままじゃ不自然だわ。だから、朱莉さんでいいわよ。」
「そこは“さん”付けなんですね。」
高峰さん、いや朱莉さんらしくて少し苦笑する。
この人はなんだかんだお姉さんぶって威厳を出そうとする。
「そりゃーね、私は拓斗君より年上のお姉さんですからね。」
そして大きな胸を反らす。
(そういうところは子供っぽいんですけどね。)
俺はほっこりした気分で朱莉さんの隣を歩く。
本当に日差しが柔らかくお散歩日和だ。
こうして街を歩く限りは、「平和だなー」と言いたくなるぐらいの陽気である。
そうして、朱莉さんと何気ない会話、最近の学校はどうだったかや、フードコートで一緒に居た美桜やツグミの話、室長や東雲さんの普段の様子など、本当に何気ない、だけど穏やかな会話をしながら俺達は件のカフェに着いた。
だが、平和な時間はここまでだった。
カフェを視界に納めた俺達は絶句する。
おしゃれなオープンテラスのカフェ。
店先にはいくつもの丸テーブル。周りには置かれた観葉植物はインテリアとしても品が良く目に優しい。
長時間いられる配慮だろうか、店先にはオーニングがかけられ初夏の日差しを柔らかく受け止めている。
だが、俺達は気付いてしまった。
観葉植物の影。道路側からは程よく見えにくくなっているその陰に、まさかの存在達が居ることに。
確かにこのような場所であれば大量に居ることを予想すべきだった存在達。
失念していた自分を殴りたくなる。
何が居たか?
そう、そこには大量のカップルが居たのだ!
それぞれが、身を寄せ合ったり、食事をシェアしていたり、大胸筋をピクピクさせているが、いずれも周囲にはハートマークが幻視できる。
その甘さに思わず膝を着きそうになる。
まさか、これは領域の展開か!?絶対必中、その中に入り込んだ非モテ男子は悉く殲滅され、心を病んで帰ってくるというあの伝説の無限カップル領域!
カップル以外存在が許されないというあの魔境!!
俺の背筋に一筋の汗が流れる。
先ほどの穏やかな雰囲気など既に夢の彼方である。
(まさかここで相まみえるようとは・・・。)
だがしかし、このような修羅場、彼女いない歴=年齢の俺が想定していないとお思いだろうか。いや、そんなことはあるまい。
俺は唱える。
「我は漆黒。闇よりもなお深き闇。この身は理不尽に抗うためにある。さあ、非モテ男子の心を暴虐の限り踏み荒らす不埒どもよ。汝らに屈する者はもう居ない。ここからは深き闇の時間だ!!」
そして覚悟を決める。
それでもまだ足はガクガクするし、顔は真っ青だろう。
だがしかし、今の俺には朱莉さんが居る。一人ではない!
俺は一縷の望みをかけて隣の朱莉さんを見やる。
だがしかし、朱莉さんは顔を真っ赤にしながら、両手で顔を隠し、その指の間からカップル達を眺めている。そして、カップルたちがキャッキャウフフする度に、
「あわわわわ。」とか、
「え、そんなことまで。」とか、
「うわーうわー。」
とか言っている。うん、こういう場ではこの人役に立たんわ。
その様子を見ていると逆に冷静になってくる。
そう言えば今日は仕事だった。っていうか、そっちがメインだし。
冷静な思考が戻ってくる。
俺は「はぁーー。」と一つため息をつくと、朱莉さんに手を差し出し手を繋ぐと、
「それじゃ、行きましょうか。」
その手を引いてお店の扉をくぐるのだった。
まずはこの話を読んでいただいた読者の方にお礼申し上げます。ついに朱莉さん呼びが解禁されました。今後も徐々に距離が詰まっていきます。果たして初デートの行方は? 気になる方は続きを読んで頂ければ幸いです。




