1-18 伊邪那美命
交差羽です。『中二病スキルで全てを救う』を18話を投稿させて頂きました、中二病と無双と困難に立ち向かう主人公が大好きな作者です。女神さまも好きです、黒いビームも好きです、素足も好きです。
エプタの宣言と同時、魔方陣から吹き上がっていた激しい魔力が祭壇を、いや、美桜を中心に収束していく。
赤黒い魔力はさらに密度を上げると美桜を球状に包み込んだ。その色は血が濁り、闇と混ざったような色をしている。
「「「「「ぎええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」」」
スィスィアもどき、いや亡者達が両手を上げ歓声を上げるように叫んでいる。
俺は壁に寄りかかりながら、その球体を睨みつける。
その球体は何とも禍々しい。ドクンドクンと心臓が脈を刻むように鳴動している。周りのスィスィアもどきも併せて邪神でも崇めているようだ。
しかし、実際その通りか。
恐らくあの中には伊邪那美命が居る。それも美桜を依り代にするような形で。
俺は間に合わなかったのか。
そう絶望が心を占めそうになるが、胸の奥で叫ぶ声がする。
『まだだ、まだ終わっていない。救え、救え、救え』
と。その声に急かされる様に一歩踏み出し、自分の心に活を入れる。
「そうだ、まだ終わってはいない。我が闇をもって、美桜を救う。」
その瞬間、
ピキピキピキピキ
美桜を包んでいた球体の一部に罅が入り、そこから血と闇を煮詰めたようなドロドロした泥が溢れる。
罅が徐々に広がっていき、球体の全体に罅が広がったところで、
バリーーーーーーーーーン
球体がはじけ、中から一人の美しい少女が顕現する。
「「「「「ぎええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」」」
スィスィアもどき達はもはや頭を垂れ、その場に蹲っている。
それを少女は冷めた瞳で睥睨する。
足が震える、絶対的な死が目の前に突きつけられている感覚に陥る。
顔のベースや髪型は美桜と変わらない。しかし、その唇には薄っすらと紅が引かれ、両目の周囲には影のような化粧がされている。
そこに少女らしい愛らしさはなく、ただただ抗いがたい色気と全てを圧倒するような気品が漂っている。
服も白の薄絹ではない。夜の闇を閉じ込めた様な漆黒で、幾重にも重ねられた衣裳は光沢を放っている。
領巾も漆黒だがその中には星の瞬き。
頭には金の意匠が凝らされた豪奢な櫛、手首や耳には翡翠で出来た管玉の装飾。
翡翠の勾玉を中心に様々な宝石で出来た首飾りは見事で、少し覗く雪のように白く美しい足先は妙な色気を放っている。
そして、何より違うのはその瞳だ。
その瞳は黒曜石のように深い漆黒にも関わらず、光の加減で虹色にも見える。
本来であればただただ美しい瞳、だが、今は激しい憤怒と全てを滅ぼさんとする残虐さ、それにとても深い絶望が宿っているように見える。
伊邪那美命は自分の体があることを確認するように両手のグーパーを数度繰り返す。
俺は恐怖を塗り替えるべく自分に活を入れる。
「確かにかの姫、いや今は女王か。貴様は美しい。だが、だがな、」
そこで伊邪那美命が視線を上げ、俺と視線が交差する。
その瞳に吸い込まれそうな感覚がある。だが、俺は揺らがない。
「俺は美桜の笑顔の方が何万倍も好きなんだよーーー!!」
足の震えを意志の力で押さえつける。
全力で魔力を練り上げる。
全身が痛みで悲鳴を上げるがそんなものは無視だ。
身体から闇の魔力が溢れ出す。その魔力を身体強化に注ぎ込み体を無理やり動かす。
同時に二つの魔術を構築する。
一つは魔眼。魔力消費が多く、夜の街で相手が悪党かどうか迷った時にしか使ってこなかったが、これで伊邪那美命を見やる。
この魔眼は本質を見抜く。本気でやれば、見た相手の状態を詳細に読み解くことも可能だ。
右眼の青い光が輝きを増す。
抵抗が強い、右眼が焼けるように熱くなり血の涙が零れる。
それでも俺は伊邪那美命を見る。
まだ美桜は生きているのか、二人がどのような状態になっているのか。
伊邪那美命は見られていることに気付いているはずだが、妨害はしてこない。まるで羽虫など相手にする価値も無いとでも言うかのように。
俺は必死に魔眼で解析を行い、理解する。
あの体の中には美桜の魂と伊邪那美命の魂が同居している。伊邪那美命の魂が美桜の魂を覆っている感じだ。
「魂を取り込もうとしているのか?」
まだ、美桜の魂をはっきりと感じ取れるが、もしかしたら時間の問題かもしれない。焦燥が胸を焦がす。
そしてもう一つの魔術、
「闇よ、深き闇よ、形為せ。ダークマテリアライズ:モードソード!!」と叫ぶ。
まだ伊邪那美命と美桜の魂を切り離す方法は思い浮かばない。けれど、まずは目の前のスィスィアもどきを片付けないと美桜の元にもたどり着けない。
刃渡り80㎝程の闇で作った刀が右手の中に現れる。今回は切れ味と頑丈さに重きを置いて形成した。
俺はそれをビュッと斜めに切り落とし刀の感触を確かめる。
そして伊邪那美命に、その中に美桜に届けとばかりに声高く宣言する。
「救われる覚悟は出来ているか?さあ、深き闇の時間だ!」
俺は伊邪那美命に向かって全速力で駆けだした。
駆ける、駆ける、駆ける。
スィスィアもどき達は流石に女王を狙う輩を許せないのか、伊邪那美命を崇める体勢から立ち上がり、次々に俺に襲い掛かってくる。
その爪で、その牙で、獣のような体躯を生かし突進してくる。
その速度は先ほどの比ではない。伊邪那美命に対する忠誠心か、はたまた伊邪那美命が顕現したことでこの空間が黄泉に近付いたからなのか。理由は不明だが、奴らは絶対の意思をもって俺の前に立ちふさがってくる。
しかし、譲れないものがあるのは俺も同じだ。
迫りくるスィスィアもどき達の爪を弾き、牙を折り、数体まとめて切り倒す。
その波は留まることを知らないが、俺も止まらない。迸る魔力に任せて、スィスィアもどき達をねじ伏せる。
幸い再生能力持ちの奴は居ない様だが、この空間が黄泉と同様ならこいつ等には死の概念すらも無いかもしれない。
俺はさらにスピードを上げ、伊邪那美命のものとへ向かう。
伊邪那美命はこちらを見ない。
既に視線は別の方、このドームの出入口の方を向いている。
そして、それに合わせスィスィアもどき達が左右に分かれ、祭壇と出入口の間に道が出来る。
まるでモーゼの海割りの様だ。
その道を伊邪那美命が悠然と歩く。
俺は何とかその進路上に向かおうとするが、スィスィアもどき達の抵抗が激しくなる。
数体まとめての体当たりに押し負けそうになるが、気合ではじき返す。返す刀で、三日月状の闇の刃を空中に描き、それを射出する。
前方、出入口の方向に無理やり道を作り、何とか伊邪那美命が到着する前に出入口との間に立ちふさがる。
既に体は満身創痍、肩で息をし、体から立ち上る魔力も儚く揺らいでいる。
スィスィアもどき達は俺に襲い掛かかりたいようだが、伊邪那美命の道を塞ぐことを躊躇っているのか、幸いこちらに襲い掛かることはしてこなかった。
伊邪那美命がやっとこちらを見る。
やはりその顔はとても美しく、そして、その瞳には燃えるような憎悪が宿っていた。
「頭が高い。」
一言。そのたった一言でまるで瀑布に打たれたかのような、立っていられないほどの圧力が全身に圧しかかる。
思わず片膝を着く、忠誠を誓う様な姿勢だ。
何とか刀を地面に突き刺し、震える足で立ち上がる。
「邪魔だ。」
俺はそのまま出入口横まで吹き飛ばされる。大の字に壁が沈み込み周囲には亀裂が入り、刀が折れる。
「がふっ。」
口から血が溢れる。しかし、体は解放されず、さらに壁に押し付けられる。
「「「「「ぎええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」」」
周囲のスィスィアもどき達から歓声にも似た絶叫が聞こえる。
「くそが。」
毒づくが拘束が緩む気配はない。全身の骨と筋肉がミシミシ音を立てる。このままでは挽肉一直線だろう。後でスィスィアもどき達に美味しく頂かれました、なんて展開になってたまるか。
「舐めるなよ、女王。例え汝が神の中の神、国生みの女王なのだとしても我が闇に勝る闇などない!知るがいい、黄泉の闇よりもなお深き闇の力を!!」
そう叫び、俺は最大出力の魔術を詠唱する。
「闇よ踊れ空に向かい、月よ歌え闇の調べと共に、我は紡ぐ、我は祈る。」
最後とばかりに体内の魔力を絞り出す。
「其は漆黒の片割れ。其は誇り高き黒。」
これが通じなければ正直打つ手がない。
うまく美桜と伊邪那岐命の魂を分離できるよう願いながら魔術に改編を加える。
「其は魂を穿つもの、其は儚き魂を救うもの。」
魔術が最終章に入る。
神社の時と違って、伊邪那美命からもスィスィアもどき達からも妨害の様子はない。
「汝、我と共にありて真なるものよ。我が敵の全てを滅せよ。来たれ、終焉の闇、spiritus tenebrarum!!!!」
直後俺の頭上に闇が収束し、全身漆黒の女性が出現する。
すべての光を飲み込む闇色。
それが祈るように胸の前で手を組み、次にその両手を前に差し出す。
その上には漆黒の球体が形成されており、
「AAAaaaaaaaaーーーーーーー。」
女性が歌うような声を響かせると、その漆黒の球体は一度収束した後、極大のビームのような漆黒の光を射出した。
その漆黒の光が伊邪那美命に直撃し飲み込む。
中の様子は分からない。
膨大な力の本流、内部の人間、いや今は神か、が無事であるとは思えない絶対の暴力。
漆黒の光が徐々に落ち着き、周囲に着弾地点には土煙が上がる。
場は静寂に包まれ、スィスィアもどき達でさえも声を失っている。
俺も圧力から解放され、地面に片膝を着いて崩れ落ちる。
「やったか!?」
思わずフラグを立ててしまう。
そん中、
ピタピタピタ
やけに軽い音が響く。それは水音が弾けるような、素足で地面を歩くような音だった。
やがて、土煙が晴れたそこに、無傷の伊邪那美命が立っていた。煩わしそうに、服に付いたわずかな土埃を払いながら。
「余興は終わりか?ならば疾く妾の前から去るが良い。沈め、黄泉の抱擁。」
その途端、周囲のスィスィアもどき達が俺に群がり、赤黒い泥になって溶けていく。
それと共に俺の体が徐々に地面に飲み込まれていく。抵抗できない。
必死に手を伸ばすが体が泥に拘束されて全く抜け出すことが出来ない。
「妾の足を止めたせめてもの褒美じゃ。そのまま泥に飲まれて黄泉に沈むが良い。黄泉には汝が経験したことが無いような凄惨で残虐なもてなしが待っておるよ。」
そう言うと、伊邪那美命はもう用はないと言わんばかりに俺の横をすり抜け、地上への道を悠然と進む。
ふざけるな、怒りに身を任せて抵抗するが、それすらも新たな泥に絡みつかれ封じ込められる。
そうして、数分。
ドームの中の全てのスィスィアもどき達が泥になる頃には俺の全身は完全に泥に沈み込み、ドーム内から消えていた。
後には、壁際にある壊れかけた機械と、その陰に立ちケタケタと笑う白衣の男のみが残された。
まずは18話を読んでいただいた読者の方にお礼申し上げます。女神さまが大暴れです。拓斗君がまるで虫の様です。バ〇スと言うと空の城の代わりに黄泉のドームが崩壊するかもしれません。泥に沈んでしまった拓斗君がどうなるのか。気になる人は続きを読んでいただければ幸いです。




