57. デート
ミラは学園に戻った。
幸い、休日を挟んでいたので学園自体は三日だけ休校になった。テスト明けの休みを設定する科も多いため、学園長がうまいように処理してくれていた。
レオンからの告白を受けて、その日のうちに、ミラは王城から帰って来た。
黒幕が捕まったから、もう大丈夫でしょうと言い置いて、あちこちにお礼を言いつつも、逃げるように帰って来た。
——だって、ありえない。
あのレオン様が、私の事が……好き?
好き、それも、愛してる方の、好き?
だってレオンは、王太子殿下で、ゆくゆくは国王陛下になる方だ。雲の上の人で、恋愛の相手として考えられる相手じゃない。
そもそも、今のミラには恋愛をする余裕はない。ようやく学園の教師として一年目を過ぎようとしたところだ。まだ一人の修了生も出していない。
正直、困る。
そんなミラに、レオンは別れ際、困らせてごめんね、とだけ言った。
ミラがどう思うかも、全部わかっている。だから、返事は急がないと言ってくれているけれど。
——本当にそれでいいのだろうか。だってレオンは王太子だから。そう遠くない時期に、結婚しないといけないはずだ。
然るべき貴族のお嬢様とか、隣国の王女とかと。その次期王妃の席を、ミラが返事をしないままに置いておいていいのだろうか。
どうしたって、ずっとそのことを考えてしまう。
十九年生きてきたミラにとって、初めての告白だ。
同年代の普通の友人がいなかったミラは、恋愛方面には特に弱かった。異性を意識することもなく仕事に打ち込んできた。
一体いつから……そう、レオンはいつからミラの事を、そういう風に思ってくれていたのだろうか。
戸惑ったまま数日を何とか過ごし、次の休みになった時。
ふらりとレオンがミラの家を訪れた。
普通にノックされたから、おかみさんかと思って開けたら、そこにレオンが立っていた。
ミラは目を丸くした。
「——レオン様!?な、なんで……」
「今日は休日でしょ?私もなんだ」
そう言ったレオンは街歩きのラフな格好だった。
「先触れを出したりした方が良かったかな?でも、却って気を遣わせるかと思って」
そりゃ、平民同士で会うのに先触れなんてしない。レオンが自分に合わせてくれているのだとわかった。
「デートのお誘いに来たんだ。なんだか、この前はあっという間に帰ってしまったから」
「で、デート……」
それは、恋人関係の男女が行うものじゃないだろうか。混乱して固まったままのミラに、レオンは困ったような笑みを浮かべた。
「あ、ごめんごめん。そんなに難しく考えないで。この前の事件の進捗とかも話したいし、私はただ、ミラと気軽に会いたいだけなんだ。用事があるなら断ってね」
用事はない。あったとしても、わざわざここまで来たレオンを追い返すようなことできる気がしない。
「これからは、ミラのお休みに合わせて休みを取ることにしたんだ。だから、できるだけ会いに来たいと思ってて。——ミラの顔をみると、それだけで元気が出るから」
「そ、それは……良かったです」
こういうことを言うのはいつもノアだったのに。レオンまでそういうことを言うと、慣れなくてむず痒いような。
「——どうかな」
「どちらに……?」
「生誕祭に向けて、市場ができてるでしょ?見に行かない?」
寒さが日に日に増してくると、それと同時に中央の広場に続々と露店が立ち並び始める。
冬は夜が長いが、生誕祭に向けて夜の街に灯が灯り、他国からの珍しい行商も多く立ち寄る。
ミラが街で生誕祭を迎えるのは、二度目だ。十八の時はまだ右も左もわからなくて、あまり見て回れなかった。
今年は絶対に行こうと思っていた。
「ミラの好きそうなお店が出るところ、知ってるんだけど」
レオンの誘いに、これまで色々思い悩んでいたのが嘘のように。ミラの目はキラキラと輝き始めた。
レオンはよく街を散策しているようだから、詳しいらしい。
「ちなみに、例えば……?」
「あんまり言っちゃうと、行ってからの楽しみがなくなるよ?」
「あ、そうですね。でも……」
「そうだなあ、例えば、他国からの書籍とか。ほら、昔そのうちの一つをプレゼントしたことがあったと思う」
覚えている。『汚れ別・洗剤の本』、ミラの愛読書だ。
「いろんな動物の毛の箒とかモップとか、他国の文化の装飾品とか」
一言話す度に、ミラはそわそわとし始めた。レオンがそれを察して、また楽しそうに笑う。
何しろ出店数が多いから、どのあたりに何があるか、ここは案内人がいたほうがいいのだろう。
レオンはすっと手を差し出した。
「どうかな?私と街歩き、行く?」
「行きます」
ミラはものの数秒で荷物を掴んで用意を済ませた。
レオンは王太子とは思えない慣れた足取りでミラを案内してくれた。
ミラの鞄はあっという間に荷物でいっぱいになり、結局、配達を依頼したほどだった。
「満喫できて、良かった」
「はい。こんなに楽しいの、生まれて初めてです……!」
大げさではなく、ミラは興奮しっぱなしだった。
今まで稼いだお金を、何に使ったらいいのかわからずほとんど手を付けていなかった。物欲もそれほどなかったし、ある程度溜まると孤児院へ寄付したりして、後は将来のために貯蓄に回していた。
それが、こんなにもどんどんお金を使うのが楽しいなんて。
——と言っても、ミラの感覚で買う物なので、大した額ではなかったが。
「私、街の事全然わかってなかったんだなって思いました」
レオンが連れて行ってくれる店は、露店だけではなかった。ミラが知らない店で、ミラの好きな物だらけの店を、レオンはいくつも知っていた。
「楽しんでもらえて、良かった」
レオンはミラが喜ぶと、本当に自分の事のように一緒に喜んでくれるのだった。
「——こんな感じで、また私と遊んでくれるかな」
帰り際、レオンがミラにそっと尋ねた。
——すっかり忘れていた。
レオンに好きだと言われたこと。これからどうしたらいいんだろうと思っていたこと。
自分はつくづく単純だなと思って、あ、とミラは目を泳がせた。
「ミラ。このままでいいんだよ。何かを変えないといけないかもしれないとか、思わないで。時々、こうやって私と楽しく遊んでくれたら、それだけでいいから」
「……でも、レオン様は、王太子殿下で」
「うん。だけど、幸い私には時間も余裕もあって、ミラに無理強いするつもりもないんだ。ミラは今まで通りの生活をしてほしい」
「それで許されるんでしょうか……」
王太子相手に、そんな勝手な態度で。
「無理を言っているのは私の方なんだから。ミラは気にしないで。でも……」
レオンはミラの手を取ってぎゅっと握った。
「少しでも、ほんの少しでも余裕ができたら、私への気持ちが、どんなか、考えてくれたら嬉しいな」
手を繋がれると、自分の手との違いを、ありありと感じる。
大きくて、骨ばっていて、温かくて。
途端にミラは落ち着かなくなった。
「また来週も、来るね。次はどこに行きたいか、考えておいて」
どうしようもなくいたたまれなくなる前に、レオンの手はすっと離れた。
そしてミラを部屋へ送り届けると、来た時と同じように音もなく去っていくのだった。
この日から、ミラは毎週このレオンとの「デート」を繰り返すようになった。
初めは気負っていたり、本当にいいのだろうかと思ったりもしたけれど。レオンと過ごす時間は、そんな心配や遠慮を徐々に忘れるほど、ミラにとってはただただ、楽しい時間になった。
——唯一、忘れた頃に時折レオンが、熱い眼差しを向けたり、少しだけ手を握ったり、そして、去り際にはいつも、愛を囁いて帰っていく。
それだけは何度されても慣れるということはなかった。
でも、嫌なわけではない。
どうしていいかわからないのに、そうされるたびに胸がドキドキして、顔が赤くなって——それは初めての経験だったけれど、全然、全く、嫌ではなかった。




