52. 墓参り
リックのパン屋には、一日置いて、翌日行くことになった。
行くにしても色々調べてから、とレオンに言われて、ミラは丸一日王城で待たなくてはいけなかった。
タリーラに仕事をさせてほしいと言ったが、やっぱりそれは断られた。
「——すまないねえ。あんたが、働いた方が落ち着くだろうってのはわかるんだけどね。やっぱり体を休めたほうがいいよ。あんなことがあった翌日から働かせるなんて、どんなだって話だろ?」
言う事はもっともだ。
「サビナ姉さんの墓参りに行ってきな」
「あ、うん……」
タリーラは忙しいので、そう言って出て行ってしまった。ついて行きたい気持ちを我慢して、ミラは目の前の紅茶を見つめた。
いい茶葉だ。王城のお客様用の紅茶。応接セットのソファに座ってそれを出されて、やっぱり落ち着かなくてそわそわしてしまう。
墓参りには行こうと思っていた。それをためらうのは、この……護衛のせいだ。
ミラは扉のところで直立した、近衛騎士のマントを身に付けているノアを見た。目が合うとにこりと笑われる。——いつもの優しいノアの顔だ。
レオンは、ミラに護衛をつけた。
全く必要性を感じないし、つけるにしても、近衛騎士団長が護衛に着くなんておかしすぎる。
と言ったが、レオンはノアを見てわざと残念そうに言った。
「どうする?ミラが、ノアは嫌だって言ってるよ」
「そんな……僕は、ミラと仲良しだと思っていたのに……」
「いえ、好き嫌いの話じゃないですよね。近衛騎士って、王族をお守りするためにいるじゃないですか」
「そんなことないよ。ノア、近衛騎士の職務についてミラに教えてあげて」
「近衛は王城内全ての保安に関する責務を負います。王族の護衛、王城の警備、客人の警護など」
「そうそう。この前なんて、塔のてっぺんに上った猫が降りれなくて、副団長が駆り出されたよね」
「はい」
「あの猫そういえばどうしたの?」
「総メイド長と第一騎士団長がどちらが飼うかで、まだ揉めてます」
「そんなことまでするんですか」
それは知らなかった。
「だから、気にしなくていいんだよ」
「なるほど……。って、いや、それにしても、騎士団長が来るのはやっぱりおかしくないですか」
「ノアは昔から良く遊んでた仲でしょ?気を遣わなくていいかなって」
「そりゃ、気は……」
一緒にいる分には、いい。でも公務として、騎士団長の時間を奪っていると思うとものすごく気を遣う。
ノアはいつもの、柔らかな笑顔でミラに笑いかけた。
「——そんなに難しく考えないでよ。僕も久しぶりに、肩肘張らない相手の護衛をゆっくりやりたいんだ。ご褒美だと思って来たのに、ミラに拒絶されると、悲しいな……」
「へー。ノアの肩肘張る護衛対象って誰?」
レオンが笑顔でノアの肩を叩く。
同じ笑顔なのに、レオンが笑うとどうしてこんなに圧を感じるのだろう。
「や、やだな。言葉のあやだよ」
「ノアが護衛するの一番多いの私だよね」
「あっ!レオン様、マルクがあそこに!」
——そんな風に、どこまで本気かわからない二人の掛け合いで最後はうやむやになって、結局ノアがそばにいることになった。
「ノア様、座りませんか?」
「いいの?」
声をかけると、ノアは嬉しそうに笑って、向かいのソファまで駆け寄ってきた。この毒気のないところは、昔から本当に変わっていない。
ミラはノアにお茶を淹れた。
「ノア様、お茶飲んだら、お墓参りに行ってもいいですか?」
「もちろん!ゆっくりお母さんに会えるの、久しぶりなんじゃない?——よかったらそのあと、騎士団にも顔出してやってくれないかな。みんな、ソワソワして待ってるんだ」
「はは、またまたぁ」
「本当だよ。ミラに会いたいからって、非番なのに出てきてるやつもいるくらいだよ。僕だってきっとそうしたよ。ミラに会えるなら」
またそう言う事をさらっと言う。
言われて嬉しくないわけじゃないし、ノアにまでそう言ってもらえて有難いと思う。
平民同士だと絶対言わないこういう台詞は、やっぱりノアだから言えるんだろうな、とミラは改めてノアの顔を見た。
貴族の象徴みたいな顔面だ。レオンと同じようにいつもいい匂いがするし、白金の髪も薄紫の瞳も、どこにいても目立つ。
「ノア様は、変わらないですね」
「そう?そうだね……最近筋肉がなかなか増えなくて」
歳かな、とノアが呟く。
「いえ、筋肉量の話ではなく」
騎士団所属の人はみんなそうなんだろうか。ランセルフも筋肉量がどうとか、ずっと言っていた。
「ノア様は、会うたびに荷物を持ってくれたり、支えてくれたり。それに、私を大切な女性のように扱ってくれます。そういう優しさが、十年前からずっと変わらないなと思って」
「僕がミラを手伝っていたのは、ミラはいつも頑張り屋だから。つい手伝いたくなるんだ」
そう言って紅茶を飲むノアの所作は、やっぱり美しかった。
「実はね。ここに戻ってきてほしい、また一緒に働きたいって思っていたけど……ミラ、学園の先生の仕事本当に楽しそうだから。もう誘えないなって思ってる」
「はは。光栄です」
「いつも、全力で頑張るミラが眩しくて、僕も元気をもらっていたんだ。人の役に立ちたいって気持ちも、それを本当に実践できるのも、簡単にできることじゃないから。僕もミラを見習って、頑張ろうと思える」
「いえ、私が人の役に立ちたいと思ってるのは、ただ、母さんの遺言で……」
だから、本当は。——本当は、そんなことない、人間なんです……。
ミラは言葉と一緒に紅茶を飲み干した。
お茶を飲んでから、ミラとノアはお墓参りにやって来た。
塔の片隅に有って陰になっているけれど、庭師の腕がいいのか、陰鬱な雰囲気はない。
岩と苔とがバランスよく敷かれていて、日陰に咲く花も植えられている。
ミラが手を合わせている間、ノアも少し後ろで、ずっと待ってくれていた。
サビナのお墓は、数か月ぶりだというのに綺麗だった。草木だけじゃなく墓石まで、ちゃんと誰かが磨いてくれているようだった。
ミラはその石をそっと撫でた。
「——母さん。しばらくぶりで、ごめんね。誰かが綺麗にしてくれてるんだね」
忙しくしていて、思い出す回数が減って。
そうすると母の事が薄れていくような気がしたけれど。心残りに思ったまま、忙しさに身を任せていた。
王城に来れば、母との思い出でいっぱいだった。
「お母さんの匂い、お母さんの声……私、忘れてなかった」
そのことに力をもらったような気がした。心の底から安堵する。
よし、とミラは立ち上がった。
「お待たせしました、ノア様」
「もういいの?」
「はい……あ」
ミラはノアの肩越しに、こちらへ歩いてくる執事長の姿を見つけた。
久しぶりに見る執事長は、約一年前ここを去った時と変わらず、しっかりと整った衣服で姿勢良く歩いてきている。
「——来ていたんだね、ミラ」
執事長だ。
「お久しぶりです!」
ミラは嬉しくなって勢いよく挨拶をして。はたと気付いて止まった。
「どうしました?」
「あ、私……執事長にお手紙を頂いていたのに、お返事をまだしていませんでした。申し訳ありません」
執事長は目尻の皺を深くして笑った。
「そんなことですか。元気な姿を見せてくれる方が、ずっと嬉しいです」
胸が詰まったようで、ミラはすぐには何も言えなかった。
そんなミラを執事長はわかっているとでも言うように優しい沈黙の後、穏やかに尋ねた。
「元気でやっていましたか」
「はい」
サビナの墓を綺麗にしてくれていたのは、執事長だった。
久しぶりに会って、執事長はミラの事を色々と聞いてくれた。ミラはお墓の事のお礼を言って、何と感謝を伝えればいいか困っているミラに、執事長は相変わらず優しい笑みを向けてくれた。
「気にしなくていいから、もっと頻繁に顔を見せなさい。それで十分ですから」
ミラは胸がいっぱいになった。




