50. 取り調べ
「私は反対だ」
その日の夜、ミラの元を訪れたレオンはきっぱりと言った。
部屋の中にいたミラとタリーラは思わず目を見合わせた。
「嫌な記憶を思い起こすことになるかもしれない」
ミラとタリーラは一緒にタオルをたたんでいた。洗濯物をどちらがやるかで取り合って、最後にここでできる分は一緒にやることで落ち着いて、今。久しぶりに和気あいあいと作業していた。
ミラとタリーラの向かいに座って、レオンは単刀直入に切り出した。
「その黒幕とやらのこと言ってくれれば、私がちゃんと誘拐犯に聞いてくるよ」
「でも、ローガンさんは私に謝ってくれたんです」
「口では何とでも言える。自分が劣勢になってからの謝罪になんて、何の意味もないよ」
「私は、あの謝罪は本心だったと思います。そもそも、誘拐も私に危害を加えるためじゃなくて、私に教師を辞めさせるために——」
「ミラ。危害を加えようかどうかなんて関係ないよ。君を無理矢理連れ去って、閉じ込めて、怖がらせて意のままにしようなんて、それだけで立派な犯罪だ」
正論だ。
レオンは眉を寄せたまま続けた。
「そもそも、学園でのそのローガンっていう男も。——アースとカッシュから聞いてるよ。騎士の風上にもおけない奴だ」
「でも……人一倍国への忠誠心のある方でした。私への攻撃はそのためのもので」
「どんな理由があろうと、誰かを貶めたり、その人の意思を捻じ曲げて押さえつけて、言う事を聞かせようだなんて。それも大の男が、自分より小さい女性を取り囲んで。騎士でなくてもありえないよ」
「……………結構細かくご存じなんですね」
ふと不思議に思ってミラは言った。
「学園で起きたことなのに」
「……………」
一呼吸の、沈黙。
「——今はその話じゃなくてさ」
「殿下」
珍しくタリーラが口を挟んだ。
「正直になるんじゃなかったんですか」
「あー……うん、はい。——ミラ、実は、学園の様子は度々知らせてもらってたんだ」
「え、誰からですか」
「それは、まあ……騎士とか。ジルビルとか、学園長とか……」
「学園長にも……?」
「まあ、昔の知り合いとか。そんなに頻繁にではないよ。元気でやってるかな、って思ってさ」
「そうだったんですね……」
メイドを辞めたら、それで関係が切れたような気になっていたから。ミラは意外だった。
学園祭で気さくに話しかけられたのも、そういう性格だと思っていたから。
まさか気にかけてくれていたなんて。
「気にかけて頂いてたんですね。……王太子殿下、そういう事してるから忙しいんじゃないですか?いちいち辞めた人間を気に掛けてたら、とんでもない仕事量ですよ」
「……あ、うん……そうだよね。私もそれは。しないよ」
視線を感じて横を見れば、タリーラが残念そうに眉を下げていた。
「——こりゃ手ごわい」
「え?」
レオンがそれで、と話を戻した。
「黒幕って言うのは、誰なの?」
「それは……ローガンさんに聞きたいんですが、ダメですか?今の所、証拠もない勝手な憶測なので」
「……ローガンだけでいいんだね。——じゃあ、私も同席する」
「いいんですか?」
「ミラは言っても納得できないもんね」
長い付き合いだから、とレオンは諦めたように笑った。——そう、レオンはいつも、ミラの無茶を許してくれていた。時折助長するように、一緒に楽しんでくれる時さえあった。
それにしてもわざわざレオンが出て来なくてもと思ったが、レオンは譲りそうになかった。
「今回の捜査権は私がもぎ取ったから。当然同行させてもらうよ」
レオンは懐中時計を取り出した。
「——じゃあ、私はこの辺で失礼するね。夜に女性の部屋にいつまでも滞在するのは良くないから。メイド長、よろしく」
「はい。お任せください」
見送ろうかと思ったが手で制されて、タリーラがその役目を負った。
積もる話もあるだろうから、とタリーラと二人でゆっくりするように言ってくれる。タリーラを寄こしてくれたのも、レオンの配慮だろう。
客室は落ち着かなかったが、タリーラのおかげで思いのほかくつろぐことができた。
翌朝、ミラはタリーラと一緒に楽しく朝ごはんを食べた。
その後時間を指定され、レオンがローガンの元へ同行してくれた。
牢屋へ行くのかと思ったら、騎士棟にある事情聴取室だった。よく考えれば、王太子直々に取り調べるんだから、牢ということはないはずだ。
既にローガンはそこで待っているらしい。
「——どうだ?」
聴取室の前の騎士にレオンが尋ねる。ミラはずっと黙って従っていた。
「今の所三人とも黙秘です」
騎士が挨拶の後答える。
レオンは扉を開けるように指示した。
「ミラ、その位置より前に出ないでね」
「はい」
レオンの半歩後ろ。虜囚と面会するときの決まりか何かだろうか。
ミラは少し緊張しながらついて行った。
ローガンは手を縛られ、足と腰を椅子に括り付けられていた。
その背後に騎士が一人控えている。
離れたところに机と椅子があったのでそこに座るよう言われ、レオンに続いてミラも腰掛けた。
ローガンと目が合う。レオンに驚いたようだったが、すぐに恥じ入るように俯いた。
髭も生えて、髪もボサボサで疲れ切ったように見える。
それでもかつてのように、ミラに向ける目に敵意はなかった。
「黙秘しているんだって?」
レオンは早速切り出した。名乗らなくても誰かは分かっているだろうと踏んでいる。
学園時代、面識があったのかもしれない。
「……………」
ローガンは俯いたままで、動かなかった。
「罪を認めることもできない?元騎士だと聞いていたけれど」
「考えて、みたところ……」
ローガンがゆっくりと口を開いた。
「全て、私の思い違いが招いたことでした」
「その思い違いを扇動した者がいるんだろう?」
「いえ……その者は、私に、少し噂話をしただけです。それを鵜呑みにして、勝手に義憤に駆られ、私が、行動を起こしただけです」
だから黒幕の事は言わないつもりなのだろうか。
「だけ、ねえ……」
レオンの声は明らかに怒りを孕んでいた。
こん、と指先で机を鳴らす。
「お前がミラを攻撃していたのは、学園にいた時からだろう?その時から耳にしていたのか」
「……………はい」
レオンは腕を組んで、ため息を吐いた。苛立ちのような空気を感じる。
これがローガンの自供を引き出すための演技なら、すごいな、とミラは口を挟むタイミングを掴めず、ただその様子を眺めていた。
「つまり、そいつがまたありもしない噂話をして、ミラの身が危険に晒されることになるというのは、分かってるのか?」
レオンに言われ、ローガンははっと顔を上げた。
レオンは容赦なかった。
「誤った義憤の次は、自分さえ罪を被ればいいとかいう、自己陶酔じゃないのか。結局お前は、何も反省していないじゃないか」
ローガンは黙った。
黙るしかないだろう。敬愛する王家の、王太子殿下にそんな風に言われて。
なんだかローガンがものすごく小さく見えた。




