48. 謝罪
「話が違うだろう。やられる前にやるしかねえ!」
男は取り乱したままだった。
ローガンの腹に蹴りを入れようとして、ローガンが避けた拍子にミラの手も放される。
単身になって、すかさずミラに剣を振り下ろされそうになったところを、横からまたローガンが男を突き飛ばした。
ミラを殺そうとする男と、それを邪魔するローガンでしばし戦闘が繰り広げられる。
ミラは被害を被らないようにずりずりと後ろに下がって木の陰に隠れた。
見た感じでは、ローガンの方が優勢のようだった。意外と強いみたいだ、ローガン。伊達に王立学園の教師をやってるわけじゃなかったんだなと思う。
しかし、ローガンと男は知り合いなんだろう。ローガンの方は剣を抜く様子がない。そのために徐々に圧され始めた。
ミラは少し考えて、周囲を見渡した。
魔力があっても、元々は魔力がなかったので、攻撃魔法は使ったことがない。付け焼刃の魔法ではうまくいくかわからない。
ここはやはり慣れ親しんだ生活魔法でなんとか敵を拘束してしまいたいところだ。
土壁に閉じこめた髯の男も、音を拾えば無事のようだし。つるつるの壁が登れなくて苦労している。
戦っている二人に触れることはできないから、直接触れなくても動きを止められるように・・・。
ミラはブローチから魔力を吸い取る。
——やっぱり、これくらいしか思いつかない。
ミラは生活魔法の灯りを、最大出力で放った。辺りは眩しい閃光に包まれ、目も開けていられない。
咄嗟に二人は距離を取った。目が見えない状態で剣を振り回してもお互いに危険だ。
ミラも目を閉じていたが、動きは探索の魔法で手に取るように見えていた。
男が口汚く悪態をつきながら目を細め、必死で何かを見ようとしている。
「あ、目を開けたらだめですよ。失明しちゃいます」
ミラが思った以上の閃光になってしまった。
男が剣を振り回しているので近づくことはできない。
ミラは地面に手を当てて、この男も土壁で覆った。
一瞬で片がついた。
閃光を解除してもローガンはしばらく目を開けられずにいたが、目が見えるようになって辺りを見て、増えた土壁に戦意を喪失したようだった。
その場に座ってしまった。
「——こんな高くて精巧な土牢、見たことない」
「土牢というか、何と言うか」
「上級捕縛魔法だろ?あんた、魔術師にもなれるほどの実力の持ち主だったんだな」
否定しようかとも思ったが、ここでただの弱い女ですというのも、ちょっと身の危険を考えたので、ミラは黙っていた。
ローガンは深く長い溜め息をついて。ゆっくりと地面に両手をついた。
「俺は、何もわかってなかった」
頭を地面につくほど下げる。
「謝って許されることじゃないが。俺が間違っていた。すまない」
ミラはしばらく返事ができなかった。
沈黙が流れたが、ローガンから話す気はないようだった。ミラはローガンの前に座った。
「——ローガンさん。顔を上げてください」
ローガンは顔を上げなかった。
「ローガンさんが謝罪をしたのは、私が強かったからですか?」
だとしたらその謝罪は受け取れない。
「私に魔術師の実力があったから謝る、と言うのなら、それは違います。これは魔力を借りているだけなので、いつもできるわけじゃないです。私は以前も申し上げた通り、何の力もない、平民の、元メイドです」
ローガンの顔が上がった。ミラがどうしてそんなことを言うのかわからないと言った様子だ。
少しはミラの話に耳を傾ける気になったのだろうか。
「——私の母は、王城の下級メイドでした。私を産んで、私が八つの時に病気で亡くなりました。尊敬する母です。私を育てるために、きっと、ずっと無理をしていた。その母からいつも言われてました。たくさんの方々に支えられて生き延びたから、そのご恩情に報いるように、人の役に立たないといけないって」
「………………」
「ずっと考えていました。どうすればご恩返しができるのか。とにかくがむしゃらに用事を聞いて回って、毎日限界まで働けばいいかと思いました。でも、それは違うと教えてもらって。初等教育も受けさせてもらって。メイドの仕事をもっと効率よく、質が高くできる魔法を考えたんです。——それが生活魔法です」
洗い物をする魔法、掃除をする魔法、乾燥させたり、温めたり冷やしたり。
説明するにも地味な魔法。わざわざ魔法を使うなんて考えのなかった魔法。実際に昨夜見てもらったのが初めてだっただろう。
「この生活魔法が広まってメイドに浸透し、ゆくゆくは家庭にも広がれば。母のように、身体を壊すまで無理をするような人はいなくなるかなって思っています。それが、私の夢です」
それにはかなり年数が必要だろうけど。
「ローガンさんが騎士道を私に言われて怒ったように、私もメイドの仕事に誇りをもって、自信をもってやってきました。だから、教師はやめたくありません」
伝えたいのは、以上だ。
ミラは立ち上がった。
このまま王都へ歩いて行っても、ローガンは止めないだろう。
出発しようかと思ったら、ローガンも立ち上がった。
「——俺は……俺は、あんたのことを、その真逆の人間だと思ってた」
「真逆」
「どうにか楽して、人に寄生して生きてく女だって。王立学園にもコネを使って入って……」
「寄生……」
「だから、許せなかった。学園を辞めさせられてもまだ、俺は、自分が正しいと思ってた。……何とか、あんたみたいな人間を粛正するのが、騎士を続けられなくなった俺にできる、せめてもの国への忠誠の示し方だって思って」
ローガンが忠誠心の高い人だというのは知っていた。それがどうしてミラへの攻撃に転換するんだろうと思っていたけど。
ローガンなりの正義があったんだろうか。
「あんたの仕事ぶり、初めて見たけど……本当にそうだ。この国に必要な仕事だ。あのままじゃ俺達、命さえ危うかったかもしれない。どっちの仕事が価値があるなんてことないのに、偏見で凝り固まった俺は……辞めさせられて当然だった」
ローガンはまた頭を下げた。
別人みたいだ。
「——ところでローガンさん、もしかして、その、私の事を誰かに——」
そこまで言って、尋常じゃない地響きにミラは止まった。
地響きというより、轟音がどんどん近づいてくる。
辺りを見渡せば、道の遠く向こうから、土煙を挙げた軍団が、こちらに向かってものすごい速度で近づいてくる。
「あれは……王国騎士団だ」
「ほんとですね。旗は赤色……第一騎士団でしょうか」
何かあったのだろうか。あんなに急いでいるという事は、各自強化魔法を使っている騎馬隊だ。戦争でも起きたのだろうかという急ぎぶりだ。
そう思っていたら、軍団はあっという間に近づいてきた。
先頭を駆けていたのが見覚えのある人物で、ミラは驚いて凝視した。
レオンだ。
通り過ぎるかと思ったらレオンはミラを見て、慌てた様子で馬を止め、飛び降りた。走り寄ってきて、ミラを抱きしめる。
「ミラ……!無事だった!」
「れ、レオン様……」
「何となくこっちだと思ってたけど、突然土がそびえ立って、閃光が生じたから」
「——私を探してくださってたんですか」
「ああ。だけど……」
レオンはミラからゆっくりと離れて、上から下まで、まじまじと見つめた。
「遅くなってごめん。けがは?」
「大丈夫です」
レオンはミラの両手を、そっと両手で包み込んだ。
「ああ、もう、本当に……良かった。無事で」
はあ、と静かに、心の底から安心したように息を吐く。そのレオンの手は少し震えているようだった。
いつも余裕綽綽なレオンと違う姿に、ミラの方もいつものように笑って答えることができなかった。
「あ、ごめんなさい……ご心配、を」
どう言っていいかわからず、混乱する。
レオンはそれを察してか、身に付けていたマントを外してミラに掛けた。
「あ、レオン様、その、私、お風呂に入っていなくてですね」
「ミラ。こんな時に何言ってるの」
ミラの台詞に、レオンはようやくいつもの口調に戻った。
「騎士のマントっていうのはね、このために着けてるんだよ。——まあ私は騎士じゃないけどね」




