46. 本領発揮
ローガンは黙って出て行った。
それからすぐに先ほどの見張りをしてきた男がお昼ご飯を届けに来た。朝と同じ、干し肉を入れた水と、硬いパンだ。
ミラは同じようにして食べた。
その後暇を持て余して、温かい布団で昼寝をして、それでもひたすらすることがなく閉じ込められたまま。ミラが天井のシミの数を五十個くらい数えた頃、夕食を届けに来たのはひげの男だった。
「何してんだ?」
「あの斑点が、カビなのかシミなのか考えてました」
ミラが指し示す天井には無数の黒い点々が。
「それがなんだってんだ」
「シミとカビでは対処法が変わってきますので……」
言いながら男の手元を見ると、また例のスープとパンだった。
「晩飯だ」
ミラが黙っていると男がムッとして続けた。
「不味くても食えよ。食わねえと凍死するからな」
ミラはこの男が、寒くてちっとも眠れない、とぼやきながら先ほど起きてきたのを知っている。
確かに食事をすれば体温は上がるだろう。しかし、冷たい干し肉を浸しただけの水である。これが料理と呼べるのかも怪しい。
「俺らだってもう限界だぜ。野営だってもう少しマシだ」
やれやれと言って部屋を出て行こうとするので、ミラは遠慮がちに声をかけた。
「このスープ、加熱すればもう少し美味しいと思うんですが」
野営の経験があるのなら木を拾って焚き火をすればいい。
「この辺には燃やせる木がねえんだよ」
ミラはチラリと木箱を見た。あれを使えばいいのに。
そう思ったミラの思いを読み取ったのか、男がまた答えた。
「この家の家具に火をつけてみたが、湿気がひどくてろくに燃えねえ。——ほら、文句言わずに食え」
「あの!」
ミラは立ち上がった。
もう我慢の限界だ。
この汚い小屋、粗末な食事とも言えない食材、寒さに震える大の男たち——。
「私に仕事をさせてください」
「は?」
「もう我慢できません。ひどすぎます。まずは温かい料理」
「いや、だから」
ミラは木箱に手を当てた。簡単な生活魔法で解体すると、バラバラと木片が散らばる。
「だから、バラしたところで湿気てんだって」
「乾燥させます」
この木の量、中まで乾燥魔法をかける程の魔力はミラにはない。男たちもそれで諦めたんだろう。
水魔法の応用で木片から水分を抜き取ればいい。
水は蒸発させて、カラカラになった木片を男の手に次々積み上げていく。
「お、おい、おい、ちょっ……ん?いい具合の木だな」
「でしょう?さあ、次はキッチンです」
ミラはひげの男の脇をすり抜け、自分の食事を持って階段を降りた。
ダイニングまで進んで——その惨状に唖然とする。
昨日から一度も洗われていない食器、散らばる空き瓶、ゴミ……。
穴の空いた床に転がっている何かわからない荷物達。
何より、悪臭が。
「ひど……」
「おい、なんだよ、なんで出てんだ?」
「この嬢ちゃんがあったかい飯を作ってくれるってよ」
「マジか!」
もう一人の男が、ひげの男の手元の木を見て喜んだ。ローガンが何か言うかと思ったが、こちらは黙って寝たふりをしている。
上に鍋を開けるタイプの暖炉がリビングの中心にある。ゴミの山をかき分けてそっちに行って開けてみると、中は煤だらけだった。
「このまま火をつけると火事になりますね」
「はあー?」
暖炉の掃除などしたくない、と言う様子だ。
もとより頼むつもりはない。
ミラは空いている布袋を開けて、風の生活魔法で埃の容量で暖炉の中を掃除した。きゅっと口を締める。応急処置としてはこれだけで十分だ。
「木をください」
言うと、ひげの男が木を渡してくる。それを交互に積んで、再び手をかざす。ぼっ、と音がして、すぐにぱちぱちと弾ける音と共に火がついた。
「っうわ、マジか!一瞬で!」
「うおおぉぉぉー!!火だ!火ダァ!」
すごい興奮具合である。
三人の男達が暖炉の前で手をかざし、しばし沈黙した。
なんだろう……三匹のクマが日向ぼっこしてるみたい。
ミラとしては少しほっこりする絵面になっていた。
それを置いておいて、ミラは窓を開けた。
「——っおい」
ローガンがハッとして声を上げたが、まったりしていてそれも遅かった。
「あ、埃を出すので、じっとしていてください。息止めて」
ミラは手をかざして風を起こした。部屋は広いが、できない大きさではない。部屋全体の埃を窓の外に送り出して、窓を閉めた。
そうすると余計床が抜けているところやソファの穴、散らばるゴミが気になる。
ミラは袋にゴミを集め、隅に積み上げた。
ミラの手にかかれば、ここまで約十五分。
「……おい、ドアに鍵かけてるよな」
「お前見に行けよ」
「やあだね、もう俺、ここから動けねえ」
そんな事を小声で相談している。
どうせ逃げてもすぐ捕まえられると思っているだろう。
もう外は暗くなっている。普通に駆け出しても、そりゃあ捕まるだろう。
次にミラはキッチンに立って、洗浄魔法で洗い物を済ませた。食材のこびりついた鍋も、洗浄魔法の応用でしっかりと綺麗にする。
その鍋を暖炉の火にかけた。手をつけていなかったスープを、皿から鍋に戻す。
しばらくぐつぐつと煮込めば、辺りには良い香りが漂い始めた。
「おおー、干し肉だけなのにいい匂いがしてくるぞ」
「あっ!火がないから諦めてたこれ」
そう言ってひげの男がごそごそと何かを取り出した。ミラに渡してくる。ジャガイモだ。
「入れてくれ!」
「芋を入れるタイミングは終わりました」
加熱前から入れないと。しかも、今から皮を剥くとなると時間がかかる。
「そう言わず入れてくれよ。やっと芋が食べられると思ったのに!」
そこまで悔しがられたら仕方ない。
ミラは芋を暖炉の火のほうに放り込んだ。木片の場所をずらして調整する。
鍋には、その辺に転がっていたお酒を入れた。
「っおい、それ俺の酒!」
ものすごくいい匂いがしてくる。
「できました。パンをスープに浸しながら食べたらいいと思います」
食器に三人分盛り付けて提供する。
芋もいい具合に、ホクホクと焼き上がった。
気に入ったらしく、ミラが食べ終わってもまだおかわりしていた。それぞれ三杯くらい食べている。
「俺、今までの中で一番うまいかもこれ」
そう言われると作った甲斐があると言うものだ。
ミラは三人がまだ食べている間に、ソファの穴を繕い、クッションを広げた。
ミラのところにあった布も追加で持ってきて、合計三人分の寝床ができる。保温魔法のサービス付きだ。
「入ってみてください」
言うと、男が布団に足を入れる。
「う、うわぁぁ、なんだこれ。あったけえー!ここに天国がある!」
大袈裟だが、喜んでもらえて何よりだ。
「では、私も寝ますので——」
そう言って踵を返した途端、膝に力が入らなくてその場にへたり込む。
「っおい!?」
「あ、大丈夫です、魔力切れです。私、魔力少ないので……」
「お、おまえ、ひどい顔色だぞ」
「そ、ですか?」
「真っ白じゃねえか」
「だいじょぶです。よく、あるんです……」
生活魔法を開発してる時期は本当によくあった。
このぐるぐる頭が回る感じは馴染みがある。血が足りないのと同じで、目が回る様な。
なんとか立ち上がり、もつれる足でふらふらと歩く。
階段に足をかけたところでぐるりと天井が回った。
「っうわぁ」
倒れる、と思ったが、衝撃はなかった。
その代わりさらに目が回る。
ローガンが荷物のようにミラを抱えて階段を登っていた。
木箱のベッドの上に下ろされたと思ったら、ローガンはそのまま出て行った。鍵を閉める音を遠くに聞きながら、ミラはぎゅっと目を閉じた。




