42. 王家の晩餐
その後レオンとイグルスは合流して学園を後にした。
ひっそりと来ていたが、話を聞きつけた学園長が挨拶に来たので、もう帰るから、と言い置いて速やかに立ち去った。
イグルスはもっとミラと遊びたかった、と言っていたが、四月からは毎日会えるからだろう、そこまで渋らなかった。
王城に帰って晩餐の席。
ジブリールの方から学園祭について切り出された。
「——イグルス、今日はどうだったの?」
「ミラ、元気そうだったよ」
「ミラじゃねえだろ。お前、一年遅れてどこに入るか決めたのか」
ランセルフが呆れたように言う。
「騎士科見たか?」
「うん」
「どうだった?俺も試合見に行きたかったのに」
去年卒業したところだから、後輩もたくさん出場する。
イグルスが行くというからついて行こうとしたら、レオンに公務を押し付けられたのだ。日頃からよく代わってもらっているから、たまにレオンから頼まれると断りづらい。
「騒々しかった」
「……………」
「……………」
「——は、それだけ?」
「だって僕、剣術に興味ないもん。あ、第一の副団長来てたよ。楽しそうだった」
「いいよ。副団長に聞くよ」
ランセルフは諦めて食事を再開した。
「それで?騎士科じゃないのなら、どこにしたの」
「農産科」
食卓に動揺が広がる前にイグルスは淡々と続けた。
「僕は、農作物を学問にして、王国を豊かにする」
「農作物……」
「うん。冷夏の年も、日照り続きの年も、変わらず黄金で埋め尽くされる大麦畑を、僕、きっと母上に見せてあげるね」
「まあ……」
ジブリールはカトラリーを置いた。
「どうしましょう」
声が掠れている。まじまじとイグルスを見つめるその目には、うっすらと涙が浮かんでいるようにも思う。
カザールがそっとジブリールの手を握った。
「立派になって……」
「え、なんで?俺が剣を極めて国を守るって言った時は、はいはいって感じだったのに」
ランセルフの台詞は無視されて、夫婦で頷き合っていた。
「農産科って、なにするの?」
聞いたのは、それまで黙って聞いていた第四王子であるケネスだ。まだ少し音を立てながらフォークを動かしている。今は九つ。初等教育をしている所である。
「作物が効率的に育つ方法とか。僕が今まで育ててきた薬草の使い道も考えたいな」
「ふうん。いいなあ。僕も、早く学園に行きたいなー」
「あら、ケネスは何科に行きたいのかしら」
「お前は官吏科に行けよ」
すかさずランセルフに言われ、ケネスが首を傾げる。
「なんで?」
「バランスが悪いだろ。四人いるのに、一人も官吏科に行かないなんて」
「官吏科って、どの教科?」
「そうだなあ、政治、経済、法律……あと、帝王学もかな」
レオンが今習っている科目の中から代表的なものを挙げた。
「うえ。それの何が面白いの」
「ほら、カルニコス卿の——宰相府で働いている人達が学ぶところだから。政治の基本だからさ」
「王太子が本当は行くとこなんだよ。なのに魔術科にいくから」
「言ったでしょ。私は魔術科に行った方が、貢献できるって」
レオンの解明した魔術式は、魔術師の中では世紀の大発見ともいえるものだったのだが。その歴史的発明が一般化されるまでにはまだ膨大な年月がかかる。だから目に見えて何かわからないので、ランセルフにはその価値もよくわからない。
「僕、あんまり政治のお話好きじゃない」
「いいわよ。ゆっくり考えていけば」
「何かどんどん緩くなってないか?そのうち、ケネスはメイド科って言っても許可するんじゃねえの」
「ランセルフ。そんなわけないでしょう。——だいたい、何なのその言葉遣いは。貴方騎士団に入り浸るようになって、ちょっと目に余るわね」
「まあまあ。男の子ってのはそんなもんさ」
「同じ騎士団でもノアのような近衛はそんなことないわよ」
ランセルフは第一騎士団に所属している。もちろん能力的にも申し分ないし、第一騎士団で経験を積んでいた方が、将来軍部に勤めるのなら必要なことだ。それにしても、配分が問題だとジブリールは思っていた。ランセルフはほとんど騎士団にしかいない。王族としての公務よりそっちが多いから、もうほとんど騎士だ。
ランセルフは黙って食べ続けた。
こうなると、黙ってやり過ごすのが一番いいと経験上学んでいる。急いで食べたところで、次の料理が運ばれてこないとこの晩餐は終わらないのだが。
父親の皿を見るとまだかかりそうだ。
「学園祭は楽しかったか」
カザールがそう言ったのは、一応助け船なのかもしれない。話題を振られてイグルスは頷いた。
「うん。四月から、通うのが楽しみ」
「いいね。私も行きたかった。ミラにも長らく会ってないからな」
「——あれ、渡したのか?あいつ断らなかったか?」
あれ、とは、誕生日プレゼントの事だ。王家の紋章を使うのだから、家族全員の許可は得ている。
「渡したよ。墓参りにおいでって言って」
「だったら、そのうちに会えるかな。門衛にミラが通ったら教えるよう言っておいてくれ」
カザールはそう言ってダイニングルームに控えている執事長に視線をやった。執事長は承知しました、と頭を下げる。
「ミラが帰ってくるたびに全員で会いに行くようなことはしないように」
ジブリールに釘を刺されて、男たちは顔を見合わせた。
カザールはコホン、と咳払いをした。
「——それで、レオン」
カトラリーを置いてレオンを見つめる。真剣な話かと思いレオンも手を止めた。
「はい」
「お前ももう二十三だ、わかっているよな」
「自分の年はわかってますよ」
「レオン」
念を押すような真剣な声音に、レオンは肩を竦めた。
「——はい、仰りたいことは、わかっています」
「このシュバインレア王国は、幸い、戦争、災厄と呼ぶほどの事もなく、気候も穏やかで長らく平和が続いている。王国内貴族の諸侯も良からぬことを考える者が少なく、今は非常に均衡が取れていると言えるだろう。我が国への侵略を考える周辺諸国も、今のところはいない」
「小さな国ですからね、うちは」
小さくて少し辺鄙なところにある王国。歴史はあるがこれといった名産もない、土地も人も穏やかな王国。
「だからと言って、いつまでも王太子が自由にできるというわけではない」
「——はい」
自由に、というのは、ずばり、婚姻の事だ。
最近はなんとなくそんな空気を出されていたが、面と向かって言われるのは初めてだった。
これまでも婚約話はずっとあった。それを断り続けていても何も言われなかったのだが。
「お前が何を望んでいるのかはわかっている。だから無理強いはしない。——が、待ってやれるのはあと三年だ」
レオンは少し意外だった。
だめだと言われるか、言われなくてももう明日にでも誰かと婚姻を、と言われると覚悟していたのに。
それに対抗する手段も一応用意していた。
しかしカザールはそれを見越したように、父親の顔で言った。
「お前もシュバインレアの血を濃く継いでいるからな。無理強いをすればどんなことになるか。——だが、その望みをかなえるのなら、周囲を納得させなさい。お前自身の手で」
「よろしいのですか」
「それを決めるのは私ではないな。諸侯を納得させ、軋轢を生まず円満に事が成るのなら、私は反対はしない」
それがどれほど困難な事か言うまでもないが。
「私の見たところ、そもそもそれ以前の問題ですけれどね」
ここで口を挟んできたジブリールの言う事は、実に的を射ていた。
レオンは胸がちくりと痛んだ。
わかっている。そもそも、レオンがどれほど望もうと。今現在、ミラにその気はない。
必死に周囲を牽制し、婚約話を断り続けているくせに、いつも一歩が踏み出せないまま。——いや、それなりにアプローチはしていたつもりだったけれど、ミラにはそれが一切通じていない。
周囲の納得以前の問題だ。
本人がレオンの事を、恋愛対象として見ていないのだから。
応援する気があるのかないのか、両親の表情からはわからなかった。
弟たちはカザールとジブリールの話が何のことかわかっているのかいないのか、口を挟んでは来なかった。
ランセルフは筋肉バカではあるのだけど、実は一番常識人(?)




