41. 19歳の誕生日
イグルスがもう少しだけ菜園を見て回りたいというので、少しの間別行動をすることにした。
イグルスが見たいと言った第二庭園は遠いので、それに付き合うともう学園祭が終わってしまう。
「——王太子殿下は、他に見たい場所はないですか?」
案内はいらないかもしれないが一応聞いてみる。
二人で廊下を歩く。もう学園祭も終盤に近く、人通りが減って来た。
レオンはプログラムもさほど見ず、ミラの行きたいところならどこでも、と言う。
特に見たいものがないと言うことかと思い、ミラはメイド科のティーラウンジへ向かった。
「本当はね、最後のダンスパーティーに行きたかったんだけど」
「へえ……」
お偉方というのは本当にダンスやパーティーが好きだなあ、とミラは思った。
「行っても大丈夫じゃないですか?生徒だけでなく招待者も参加資格はありますから」
「いや、さすがに私がそういう所に行くのはね」
騒ぎになる。ただでさえ、近頃は普通のパーティーでも婚約がどうとかという話で構われてたまらないのに。
「——って、そうじゃなくて。ミラと参加したかったんだ」
「私は……ダンスできないので」
メイド科の生徒達も、ダンスが踊れるのは半分くらい。それでも皆参加すると言っていた。
ダンスが踊れない子も含め、メイド科の生徒らはドレスを持っていた。さすがいいところのお嬢様方だ。
ミラはドレスを着たこともない。
「ミラ、もうすぐ十九歳の誕生日でしょ」
レオンが立ち止まったから、ミラも止まる。
「そうですね」
一念発起して学校の先生になりたいと侍従長に申し出たのが、ちょうど一年前。
あの時には王立学園で教えられるなんて思ってもみなかったけど、今、こんなに思っていたことが実現するだなんて。
感慨深いなあ、と思い返す。
「本当はドレスを送って一緒にダンスを楽しみたかったんだけど。それだと誰のためのプレゼントってなっちゃうから。——はい、これ」
そう言って差し出されたプレゼントの箱は、レオンの掌に乗るサイズだった。
白い箱に、青いリボンが結ばれている。
「私にですか」
「そうだよ。毎年恒例の」
そう、王城にいた時は、誕生日のプレゼントを毎年もらっていた。
筆記用具だったり、生活魔法のヒントになるものだったり。
他にもいろいろな人から誕生日を祝ってもらっていた。国王のカザールからはよくお菓子やケーキをもらい、タリーラと食べていた。ジブリールからはセンスのいい服を。それも、ミラが気を遣わないでいいように高すぎない品々だった。
「ありがとうございます」
ミラはありがたく受け取った。
開けてみると、小さなブローチだった。
「これ……」
どことなく見覚えのあるデザインだ。
中心にはエメラルドの宝石が埋め込まれている。見慣れたメイドバッジのデザインを少しアレンジしたような形だった。
「そう、メイドの胸章デザインをもとにして作ったんだ」
王城のメイドは全員メイドバッジをつけている。所属の宮によって色が変わっている。そして、このバッジの中心宝石がついているという事は下級メイドではなく、宮の所属があるということだ。そうやって所属も階級も分かるようになっている。
とはいえ、ミラはこのバッジを付けたことがなかった。見習いだからだ。メイドとして正式に雇われて初めて、このバッジを渡される。密かに憧れながらも、正式なメイドになる前に辞めたから、結局付けることの叶わなかったメイドバッジだ。
ミラは思わず息をのんだ。
見る人が見れば、王城メイドのバッジに少しデザインは似ているような気がする。けれど華やかなデザインがメイドという感でもなく、それでいて洗練されたデザインで普段使いもできそうな。
「こんな……素敵なブローチ」
「受け取れませんとか、言わないでよ。ミラのために作ってもらったから、返品がきかないんだ」
ミラはますます驚いた。
オーダーメイドだなんて。今までになく高価なんじゃないか。
「そんな、わざわざ。恐れ多いです」
「裏見て」
ブローチをを裏返すと、王家の紋章が刻まれている。ミラはきっちり五秒くらい、止まった。
「え……こ、これ」
「それを見せれば、いつでも王城に帰ってこれるよ」
「い、いえいえいえ……」
「本当は、もっと早くに作って渡したかったんだけど、急だったから。結局一年もかかっちゃった……お母さんのお墓があるのに、ごめんね」
「そ、んな……」
王城に母の墓があるのも、王家の温情があったからだ。それなのに、更にこんな貴重なものを。
「これを見せれば、いつでも事前申請せず王城に入れるから。——まあ、ミラなら顔パスみたいなところあるけど、一応ね」
「こんな……してもらってばかりで、私。困ります」
ふと、レオンの誕生日が過ぎていることに気づく。
メイドから主人にプレゼントを渡すなんて畏れ多いが、レオンからはよく頼まれて用意していた。レオンはハンドメイドが好きらしく、要望に応じてただ単に絵を描いた紙とか、刺繍したハンカチとかだったが。
レオンは夏生まれだから。この夏、ミラは正直、それどころではなかった。
自分の事に必死で、もらってばかりで情けない。
「負担に感じさせたくないんだけど。喜んでほしいのに——弱ったね」
「う、嬉しいです。でも、同じくらい、恐れ多いというか。——私、王太子殿下に何も……」
「あ、じゃあ、それ」
レオンは屈託のない笑いを浮かべた。
「王太子殿下って言うの。他人行儀で寂しいから、名前で呼んでくれない?」
「いえ、でも」
「今はもうメイドじゃないんだしさ。……だめかな」
「それのどこがプレゼントなのか……」
「イグルスの事は愛称で呼んでるしょ?ノアだって」
いいかな、と断って、レオンはミラの手からブローチを受け取った。
慣れた手つきでブローチをミラの左胸に付ける。
「——ふ、息、してね」
レオンがおかしそうに、柔らかな声で言った。
だってこんなに近くで。なんかいいにおいするし。レオンの手が、自分の手と全然違って、大人の男の人の手だから。
変に緊張してしまった。
「はい、着いた。良く似合ってるよ。ミラは黒い服が多いから」
言われて胸に着いたブローチに触れてみる。軽くて、繊細な細工で。さりげなく光る、ミラが持つ初めての装飾品だ。
「それに、この色はミラの瞳とよく合ってる」
「それで、エメラルド……」
宝石に触れてみて、慣れた感覚にあれ、と思う。
「——この宝石」
「あ、気づいた?そう、ちょっと加工して、魔力を込めてるんだ。私の魔力」
宝石に魔力を込めると、魔石となる。もちろんただ込めればいいというわけではなく、それなりに技術もいるし難しいのだけど。レオンならば難なくやってしまうのだろう。
魔石は、それ自体に魔法陣を刻んで魔道具として使うこともあれば、ただ魔力を温存しておくのに使うこともある。
これは後者だ。それも、純度の高い魔力がたくさん入っている。
「ほら、ミラは生活魔法が生業なのに、そんなに魔力が多くないでしょう?魔力が尽きた時のために、使って。空になったらまた込めるから持ってきてね」
今までと違う、本当にちょっと重たいプレゼントだ。ミラにとっては。
でも、ちらりとレオンを見れば、ミラに拒絶されるのを怖れるかのように、窺うようにこちらを見て来るから。
ミラはそっとそのブローチに触れた。
「ありがとうございます。大切にします。——レオン様」
レオンがそれを聞いて、嬉しそうに笑った。




